【共有物分割訴訟における保全処分の可否(処分禁止の仮処分など)】
1 共有物分割訴訟における保全処分の可否(処分禁止の仮処分など)
共有物分割請求を実際に行った後に、敵対する共有者(被告)が、いろいろな妨害工作をしてくることもあります。共有持分を第三者に譲渡する、共有持分に抵当権を設定する、物理的に占有する、第三者に占有させる、物理的に毀損する、など、いろいろなケースがあります。
一般論としては、訴訟の前に、妨害行為を予防するために保全処分を活用します。ここで、共有物分割では保全処分ができるかどうかについて、いろいろな解釈があります。本記事ではこれについて説明します。
2 登記請求権保全の処分禁止の仮処分(条文・前提)
共有物分割訴訟を申し立てる際に行う保全といえば、主なものは共有持分の登記を動かさないようにするもの(処分禁止の仮処分)です。これ以外の保全処分もあり得るのですが、それは後述することにして、まずは、登記についての処分禁止の仮処分を説明します。説明に入る前に、条文を押さえておきます。
条文上、登記請求権を保全する場合にだけ使えることになっています。
登記請求権保全の処分禁止の仮処分(条文・前提)
※民事保全法53条1項
3 プラクティス民事保全法→見解の整理
共有物分割訴訟の際の、登記についての処分禁止の仮処分ができるかどうか、という解釈についてはいろいろな見解がありますが、一言でいえば、否定する見解と肯定する見解の両方があります。
プラクティス民事保全法→見解の整理
否定説は、このような類型の仮処分は、本案訴訟の当事者恒定をまさに目的とするもので訴訟承継制度と衝突し仮処分制度のもつ執行保全の目的を逸脱するもので許されないとする。
これに対し、肯定説は、共有物を分割する結果、他の共有者の共有持分が自己に帰属する可能性があり、この場合においても当事者を恒定する必要性があるときもあるので、その部分についての所有権移転登記請求権を被保全権利として相手方の持分全部について処分禁止の仮処分を行うことができるとする。
さらに、原則としては難しいが、共有物分割の結果、債権者が特定の不動産を取得する可能性が高い場合は、実質的に登記請求権に係る請求と同一視することができるとして、例外的に認める余地があるとする見解がある。
もっとも、実務上はかかる申立ては、ほとんどみられないようである。
※堀田隆稿/梶村太市ほか編『プラクティス 民事保全法』青林書院2014年p303
4 瀬木氏見解→原則不可・例外可能方向
この点、瀬木氏は、原則として否定される、という前置きをした上で、離婚の財産分与では登記についての処分禁止の仮処分が認められていることと、共有物分割訴訟の判決の中に登記請求(登記の給付命令)が入ることあることを理由に、認める余地があるという見解を示しています。
なお、共有物分割訴訟の判決の中の給付命令は、以前から実際に行われていて、令和3年の民法改正で条文になっています。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における給付命令の条文化(令和3年改正民法258条4項)
瀬木氏見解→原則不可・例外可能方向
やはり、登記請求に係るものではないから、原則としては難しいといえよう。
ただ、性格的には形式的形成訴訟であるものの、(1)の場合(注・離婚に基づく財産分与では登記についての処分禁止の仮処分が実際に行われている)とのバランスを考えると、共有物分割の結果債権者が特定の不動産の所有権を取得する可能性が高い場合には、実質的に登記請求権に係る請求と同一視することができるとみて、例外的に認める余地があろうか(判決主文に登記に関するものが盛り込まれることが期待できる場合。奈良次郎「共有物分割訴訟と全面的価格賠償について」判夕953号41頁の注9参照。もっとも、現実の申立てはほとんどない)。
なお、旧法時代には全面的肯定説もあった(西山340頁)。
※瀬木比呂志著『民事保全法 新訂第2版』日本評論社2020年p502、503
5 平成10年最判・河合裁判官補足意見→肯定
平成10年の最高裁判決の中の補足意見として、共有物分割訴訟の提起前に登記について保全(処分禁止の仮処分)ができるという説明が登場しています。別のテーマの議論の中で登場したに過ぎませんが、参考になります。
平成10年最判・河合裁判官補足意見→肯定
※最判平成10年2月27日・河合裁判官補足意見
(全面的価格賠償の履行保全措置(持分移転登記手続の給付判決)の検討におけるコメントであり、積極的に保全処分の可否を検討しているわけではない)
詳しくはこちら|全面的価格賠償における現物取得者保護の履行確保措置(移転登記・引渡)
6 令和3年の民法改正における議論→肯定方向
令和3年の民法改正の議論の中で、共有物分割を行うまでの間の裁判所による暫定的な処分を条文化することが検討されていました。結果的に採用されませんでしたが、その議論の中で、登記についての処分禁止の仮処分を認める余地があるという指摘がされています。
令和3年の民法改正における議論→肯定方向
もっとも、この議論は、共有物分割訴訟は形式的形成訴訟であり、登記移転請求権の有無そのものについて判断されるものではないため、共有物分割請求を本案としては、登記移転請求を保全するための処分禁止の仮処分は認められないのではないかとの問題意識を踏まえたものであり、共有物分割請求を本案とする保全処分全般について議論するものではない。
この問題は、共有物分割請求の内容として登記移転請求をすることができるのか、それとも共有物分割請求の内容として登記移転請求をすることはできず、登記移転請求は所有権に基づくものと理解する(共有物分割の際に登記移転についても判断しているのは、共有物分割訴訟に登記移転請求訴訟が併合されているとみる。)のかによって結論が異なり得るが、後者の見解によっても、所有権に基づく登記移転請求権を本案とする処分禁止の仮処分は認められる余地がある。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料30』p29
7 遺産分割に関する審判前の保全処分(参考)
なお、もうひとつの分割手続である遺産分割については、保全処分として登記についての処分禁止の仮処分は認められており、実際に実務で行われてます。
遺産分割に関する審判前の保全処分(参考)
詳しくはこちら|遺産分割に関する審判前の保全処分(仮差押・仮処分・仮払い・仮分割)
8 共有物分割訴訟における登記以外の保全(仮処分)
以上の説明は、登記についての保全だけでした。共有物分割訴訟に関する、登記以外の保全処分については、以前は議論(発想)がほとんどありませんでした。これについて、令和3年の民法改正の議論の中では、理論的に否定されていないということに着目して、実は、個別的な事案によっていろいろな保全処分が行える、という指摘がされています。
パブコメの中には、認められる保全処分の具体的内容として、財産管理人選任・財産封印・処分禁止・占有移転禁止が出ていました。
なお、前述のとおり、令和3年改正で、裁判所によるいろいろな暫定措置を条文にする、というアイデアは出ていましたが実現しませんでした。
共有物分割訴訟における登記以外の保全(仮処分)
あ 令和3年改正・中間試案・補足説明
ア 問題点=規定がない+不明確
民事保全法上の保全処分としては、係争物に関する仮処分や仮の地位を定める仮処分といったものがあるが、共有物分割請求権を被保全権利とする係争物に関する仮処分の可否や、被保全権利がなくとも権利関係に争いがあり、著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする場合であれば認められる仮の地位を定める仮処分についても、どのような必要性があれば、どのような内容の仮処分が認められるのか、例えば、共有物の管理者を選任することができるか(少なくとも、現在の民事保全法には、管理者の選任を前提とする規定はなく、公刊物上、管理者の選任を認めた事例は見当たらない。なお、法人の代表者の職務代行者については、法人の代表者が登記されていることもあり、登記嘱託の規定がある。)といった問題もある。
イ 結論=提案(条文案)に含めない
そこで、試案第1の1(7)(注)では、共有物分割を行うまでの間に共有者間に共有物の利用に関し意見の対立があり共有物を維持・管理することができないときは、裁判所は、共有物の管理に関し必要な処分を命ずることができるものとすることについては、私的自治との関係を踏まえながら、共有者間に意見の対立がある中で、裁判所が介入することが正当化されるかという観点、共有物分割請求を本案とする民事保全としてどのようなことが可能かを踏まえながら、民事保全とは別に制度を設ける必要性の有無の観点等から、慎重に検討することとしている。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p25、26
い 令和3年改正・部会資料
ア 議論の不存在
共有持分に基づく妨害排除請求権を本案とするものではなく、共有物分割請求権を本案とする民事保全(仮処分)に関しては、後述の「登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分」については議論があるものの、そのほかのものについてはあまり議論がされていない。
イ 肯定方向の見解
もっとも、現行の民事保全法は、係争物に関する仮処分(同法第23条第1項)につき、処分禁止の仮処分など一定の類型についての規定を置いているが、そのほかの係争物に関する仮処分を排除するものではないと解されている。
また、現行法は、係争物に関する仮処分のほかに仮の地位に関する仮処分(同法第23条第2項)を認めているが、その具体的な内容は、最終的には裁判所の判断に委ねられている。
このように、現行法は、個別の事案における必要性に応じて、適宜の仮処分が認めることとしているのであって、共有物分割請求権を本案とする仮処分についても、事案ごとに適切な内容の仮処分を認めることは可能であると解される。
ウ 具体例→財産管理人選任・財産封印・処分禁止・占有移転禁止
パブリック・コメントにおいては、共有物分割請求を本案とする保全処分として、財産管理人の選任、財産の封印、換価その他処分の禁止、占有移転禁止などは認められるとの指摘があった。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料30』p29
9 共有物分割訴訟提起後の持分処分への対応(参考)
(1)訴訟中の持分譲渡→訴訟引受
以上で説明した登記に関する保全(処分禁止の仮処分)は、共有物分割請求(訴訟提起)をした後に、共有者(被告)が共有持分を処分(譲渡など)した場合に困るので、これを防ぐという手段です。
この『困る』の内容ですが、共有持分処分の内容とその時期によって違います。
まず、訴訟中(口頭弁論終結前)の持分譲渡があった場合は、義務承継者の訴訟引受をすることで足ります。この制度ができる前には、形式的に新たに訴訟を提起し、従前の訴訟(審理)と併合するという、さらに手間のかかる方法をとる必要がありました。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の当事者(共同訴訟形態・持分移転の際の手続)
(2)口頭弁論終結後の持分譲渡→承継執行文の取得など
次に、訴訟後(口頭弁論終結後)は、判決の効力が共有持分の譲受人(新たな共有者)に及ばないリスクを心配しますが、従来の解釈論を元にすると、そのようなことはないはずです。執行力は持分の譲受人に及びますし、持分の譲受人に固有の抗弁によって執行力が否定されることもないと思います。
執行の手続としては、判決の内容(分割類型)によって、承継執行文を取得が必要となる場合と、それすら不要である場合があります。
詳しくはこちら|共有物分割の結果と抵触する処分(妨害行為)の効力
(3)抵当権設定→負担を否定できない
最後に、訴訟中や訴訟後に共有者が自身の共有持分に抵当権設定をして登記もした場合は、他の共有者は抵当権の存在を否定できなくなると思われます。妨害行為が機能してしまう状況です。
詳しくはこちら|共有物分割の結果と抵触する処分(妨害行為)の効力
このようなことがあり得るので、事前の処分禁止の仮処分を認める必要性があると思います。
本記事では、共有物分割訴訟における処分処分について説明しました。
実際には、具体的な状況によって、法的扱いや最適なアクションは違ってきます。
実際に共有物(不動産)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。