【弁護士法の『法律事務所』の意味と複数事務所設置禁止の解釈】
1 法律事務所の意味と設置に関するルール
2 『法律事務所』の意味
3 『法律事務所』と所属弁護士会の地域に関する裁判例
4 複数事務所の禁止の規定と趣旨
5 複数事務所の判断基準
6 法律事務所の判断の実質的側面
7 法律事務所の判断の形式的側面
8 法律事務所の個数が問題となる典型例
9 法律事務所の個数の判断基準
10 法律事務所の単一性の実質的側面
11 法律事務所の単一性の形式的側面
1 法律事務所の意味と設置に関するルール
弁護士が設置する事務所のことを法律事務所と呼びます。
法律事務所の設置については,弁護士法にいくつかのルールがあります。
資格や許認可で規制されている業種については同様のルールがあります。
詳しくはこちら|宅建業法の『事務所』の概念(定義・解釈)
しかし,業種(業法)によって規定や解釈に違いがあります。
逆に,共通する部分もあるので,相互に解釈の参考として役立ちます。
2 『法律事務所』の意味
『法律事務所』の意味は,法律事務所設置に関するルールの解釈や適用の全体に関わります。
法律事務所とは,弁護士の活動の本拠という実質的な意味です。
<『法律事務所』の意味と設置義務>
あ 法律事務所の形式的な意味
『法律事務所』とは『弁護士の事務所』のことである
※弁護士法20条1項
い 法律事務所の実質的な意味
弁護士がその業務を反復・継続して行う場所として設定した活動の本拠である
弁護士の職務上の住所というべき意味も有している
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p144,145,147
3 『法律事務所』と所属弁護士会の地域に関する裁判例
法律事務所に関するルールの1つは所属弁護士会の地域内に設置するというものです。
この地域外に法律事務所を設置したといえるかどうかが問題となるケースもあります。
この判断では,前記のような実質的な意味を前提とします。
<『法律事務所』と所属弁護士会の地域に関する裁判例(※1)>
あ 法律事務所の設置義務の規定
法律事務所は,その弁護士の所属弁護士会の地域内に設けなければならない。
※弁護士法20条2項
い 共通する解釈
自宅での執務が主である場合も
『所属弁護士会の地域内の設置義務』違反に該当する
※弁護士法20条2項
う 自宅でのみ職務遂行
所属弁護士会の地域内に法律事務所を設置していなかった
地域外にある自宅で職務を行っていた
→『所属弁護士会の地域内の設置義務』違反に該当する
※東京高裁昭和32年2月12日
え 自宅で主に職務遂行
所属弁護士会の地域内に法律事務所を設置していた
地域外にある自宅での執務が主であった
→『所属弁護士会の地域内の設置義務』違反に該当する
※東京高裁昭和38年2月25日
※東京高裁昭和50年1月30日
4 複数事務所の禁止の規定と趣旨
法律事務所に関するもう1つのルールは,複数事務所の禁止です。
趣旨は3つ指摘されていますが,主要なものは非弁護士の違法な活動の抑制です。
<複数事務所の禁止の規定と趣旨>
あ 条文規定
弁護士は,いかなる名義をもつてしても,二箇以上の法律事務所を設けることができない。
※弁護士法20条3項本文
い 趣旨
ア 過当競争防止
弁護士間の過当競争を防止する
弁護士の品位を保持する
ただし,現在では弁護士法人が存在する
→この趣旨は薄れている
イ 非弁抑制
非弁護士の温床となることや非弁提携を防止する
※東京高裁昭和50年1月30日
詳しくはこちら|非弁護士の法律事務の取扱禁止(非弁行為)の基本(弁護士法72条)
ウ 監督権確保
弁護士会の指導・連絡・監督権を確保する
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p146
現在では,弁護士法人としては複数の事務所を設置できるようになっています。
そこで過当競争防止の趣旨は薄くなっています。
ただし,今でも弁護士法人以外では一般的に,複数事務所の設置が禁止されています。
5 複数事務所の判断基準
法律事務所が複数といえるかどうかが問題となるケースもあります。
この判断の根本的な枠組みは,実質と形式の両方で判断するということです。
一方でも該当すると法律事務所と判断されます。
6 法律事務所の判断の実質的側面
法律事務所といえるかどうかの判断基準の1つは実質によって判断するものです。
対象となる施設の機能や実態で判断します。
<法律事務所の判断の実質的側面(※2)>
あ 実質的側面の基本
法律事務を行うべき場所としての実体を有する場合
→法律事務所(複数事務所)に該当する
い 機能による判断
弁護士の職務活動の本拠とはいえなくても
依頼者が出入りし,その場所のみで法律事務処理を行う機能を有している施設
→複数事務所(の設置)に該当する
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p147
う 実態による判断
弁護士の職務活動が主として行われている場合
→法律事務所たり得る
施設自体の本来の用途や外観からは法律事務所とは判断できない場所でも同様である
例=弁護士の自宅(前記※1)
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p148
7 法律事務所の判断の形式的側面
実質面からは法律事務所とはいえない場合でも,形式面で法律事務所といえる場合は,結論として法律事務所に該当します。
形式とは外部への表示です。
<法律事務所の判断の形式的側面(※3)>
あ 外観の単一性の要請(前提)
法律事務所は職務関係の連絡先に特定されている
→外観からも単一でなければならない
い 外観・形式による判断
外観から判断して法律事務所とみられる場合
外観の例=看板,名刺,封筒などの表示
非弁護士活動の拠点として利用されるおそれがある
→複数事務所の禁止の趣旨が妥当する
→法律事務所に該当する
法律事務を行うべき場所としての実体が存しなくても同様である
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p148
※高中正彦著『弁護士法概説 第4版』三省堂2012年p105
う 懲戒事例
一般人の目に,弁護士が法律事務を取り扱うものと思料されるような表札を一定の場所にかかげておくような行為は
それ自体において弁護士法にいう『法律事務所を設ける』行為に該当する
※日弁連懲戒委員会昭和38年10月26日議決
8 法律事務所の個数が問題となる典型例
法律事務所のような施設が1つのグループとなっているケースもあります。
まず,典型的な具体例を紹介します。
<法律事務所の個数が問題となる典型例>
あ 追加施設の設置の例
届け出た事務所と別の場所に
弁護士の職務活動の一部を行う場所Aが設けられた
い 追加施設の典型例
Aの名目の例=分室,執務室,会議室
Aの場所の例=届出済の事務所と同じビルの別のフロア
9 法律事務所の個数の判断基準
前記のようなケースでは,全体として1個の法律事務所なのか,複数個の法律事務所であるのかが問題となります。
当然,複数個となると複数事務所の禁止に違反してしまいます。
判断基準のベースは,前記の複数事務所と同じです。
実質面と形式面で付随的といえるかどうかを判断します。
<法律事務所の個数の判断基準>
あ 付帯・付随という性質による判断
新たな施設が届出済の事務所の『付帯・付随』である場合
→全体として1つの法律事務所となる
=複数事務所の禁止に違反しない
い 要件全体の関係
実質と形式の両方が『付帯・付随』であって初めて
付帯・付随という判断になる
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p150
う 実質的側面(後記※4)
え 形式的側面(後記※5)
10 法律事務所の単一性の実質的側面
1グループの施設が実質的に1個の法律事務所といえるかどうかで個数が判断されます。
要するにメイン施設(法律事務所)の付随的な位置づけといえるかどうかです。
<法律事務所の単一性の実質的側面(※4)>
あ 判断基準(機能的単一説)
本来の法律事務所に付帯ないし付属するものとして施設Aが設けられた
それによって全体として1個の法律事務所としての機能をまっとうできる場合
→施設Aをも含めて全体として1個の法律事務所である
い 付帯的・付属的なものの例
書庫室・起案室・会議室などを設けた
→この施設だけでは法律事務所としての機能を有しない
→付帯的・付随的なものである
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p149
う 付帯的・付属的ではないものの例
依頼者が出入りする
その場所のみで法律事務処理が受けられる
→独立した法律事務所である
=付帯的・付随的なものではない
11 法律事務所の単一性の形式的側面
1グループの施設全体が1つの法律事務所といえるかどうかは,形式面でも判断されます。
外部への表示を元に判断するということです。
<法律事務所の単一性の形式的側面(※5)>
あ 判断基準
追加して設置した施設Aについて
外形的な外観から,別の法律事務所を設置したと認められる場合
→独立した法律事務所である
=付帯的・付随的なものではない
施設Aが法律事務所の実質的内容を伴わなくても同様である
い 外観の例
看板,表札,封筒などの表示
例=『◯◯法律事務所』を表示する
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p150
※高中正彦著『弁護士法概説 第4版』三省堂2012年p105,106