【弁護士は相手方から利益を受領できない(汚職行為禁止の全体像)】
1 弁護士の汚職行為禁止(弁護士法26条)
2 弁護士の汚職行為禁止に関する規定
3 汚職行為の禁止の趣旨と抽象的危険犯
4 弁護士の汚職行為の各要件の解釈(概要)
5 依頼者の承諾の影響
6 相手方による弁護士報酬の負担の典型例
7 汚職行為禁止違反の弁護士の行為の効力
8 職務を行い得ない事件と汚職禁止の規定との関係
9 弁護士による不動産の売却交渉の両手と汚職行為(概要)
1 弁護士の汚職行為禁止(弁護士法26条)
弁護士は通常,熾烈な利害の対立がある当事者の一方の代理人として任務を行います。
つまり,敵対する当事者と接するという立場です。
一般論として,相手方から利益を得て,依頼者を害する行為をするリスクがあります。
要するに買収されるような状況です。
このようなリスクがあるので,このような不信を持たれるような行為を禁止する明確な法律上の規定があります。
本記事では,弁護士法の汚職行為禁止の規定の基本的な内容を説明します。
2 弁護士の汚職行為禁止に関する規定
弁護士の汚職行為禁止を規定する条文の内容と,違反へのペナルティをまとめます。
<弁護士の汚職行為禁止に関する規定>
あ 条文規定
弁護士は,受任している事件に関し相手方から利益を受け,又はこれを要求し,若しくは約束してはならない
※弁護士法26条
い 違反に対する罰則
ア 構成要件
弁護士法26条の規定に違反した
イ 法定刑
懲役3年以下
※弁護士法76条
う 懲戒事由
弁護士法26条に違反する行為について
→『弁護士法違反』として懲戒事由となる
※弁護士法56条1項,57条
詳しくはこちら|弁護士の懲戒制度の基本(懲戒事由・処分の種類・弁護士会の裁量)
え 同様の規定(参考)
弁護士法26条と同様の内容の規定がある
※弁護士職務基本規程53条
※(旧)弁護士倫理51条
3 汚職行為の禁止の趣旨と抽象的危険犯
汚職行為禁止の規定の趣旨は要するに不信感を持たれないようにする,つまり信頼を維持するというものです。
なお,判例の文言では『公正』という語が使われていますが,対立当事者のどちらにも偏らないという意味ではありません。依頼者からの信頼と理解するとよいでしょう。
そして,信頼が害された時点で違反は成立します。
<汚職行為の禁止の趣旨と抽象的危険犯>
あ 汚職行為の禁止の趣旨(保護法益)
基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の職責に鑑み
その職務執行の公正と誠実性を担保しようとするもの
い 抽象的危険犯
結果的な損害の発生の有無との関係について
現実に職務の公正が害されたという結果が生じることは必要ではない
※最高裁昭和36年12月20日
4 弁護士の汚職行為の各要件の解釈(概要)
実際には,この規定(構成要件)に該当するかどうかがはっきりしないというケースもあります。
条文は,細かい文言に分けて,それぞれについていろいろな解釈があります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|弁護士の汚職行為禁止規定の各要件(文言)の解釈
5 依頼者の承諾の影響
条文では,依頼者の承諾について何も記載がありません。
解釈としては,依頼者の承諾がある場合に汚職禁止の規定に該当するかしないかについて,両方の見解があります。
<依頼者の承諾の影響>
あ 承諾に関する一般的解釈
当該弁護士の依頼者が利益の授受を承諾したとしても
違反の成否には関係がない
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p219
い 承諾に関する他の見解(反対説)
依頼者が了解している場合
『依頼者の利益が損なわれるのではないか』という不信感が生じない
→弁護士法26条の保護法益(の侵害)はない
→違反にならない
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p51
う 弁護士報酬の負担に関する合意の扱い
弁護士報酬相当額を紛争の相手方の負担とする旨の合意について
→依頼者本人から報酬を受領したのと同視される
→違反にはならない
実務ではよく行われている(後記※1)
※旧弁護士倫理51条
※日弁連懲戒委員会昭和44年8月16日議決
6 相手方による弁護士報酬の負担の典型例
実務では,弁護士報酬を依頼した者ではなく,対立する当事者(相手方)が支払うということがよくあります。
<相手方による弁護士報酬の負担の典型例(※1)>
あ 損害賠償請求の損害の1項目
損害賠償請求訴訟で請求する損害の1つとして『弁護士費用』がある
主に不法行為責任である
債務不履行責任でも認められることがある
詳しくはこちら|損害賠償として弁護士費用を請求することの可否(責任の種類による分類)
い 一般的な交渉における条件の1項目
一般的な交渉・和解において
Aが依頼した弁護士の費用相当額をBの負担(支払)額に含めることがある
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p51
これらが適法となる,つまり汚職行為(禁止)に該当しないというロジックは,依頼者の承諾があるからと考えると簡単です。
一方,そうではなく,あくまでも依頼者本人から報酬を受領したのと同視するという考え方もあります(前記)。
7 汚職行為禁止違反の弁護士の行為の効力
弁護士の行為が汚職行為禁止の規定に違反した場合,弁護士が行った交渉や訴訟の効力がどうなるか,という問題もあります。
私法上や訴訟上の効力は維持される,つまり有効であるという見解が一般的です。
<汚職行為禁止違反の弁護士の行為の効力>
あ 私法上の効力
弁護士法26条に違反した弁護士の行為について
私法上は有効である
※日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法 第4版』弘文堂2007年p221
い 訴訟行為の効力
訴訟行為は有効である
※最高裁昭和31年11月15日
8 職務を行い得ない事件と汚職禁止の規定との関係
汚職行為禁止の規定は,職務を行い得ない事件(利益相反)という規定と似ているところが多いです。
間違えやすいのですが,この2つの規定は別個独立のものです。
利益相反に該当しても,汚職行為禁止には該当しないということはあり得ます。
実際には,利益相反に該当して,かつ,依頼者の同意で適法化された状態が典型例です。典型例の内容をまとめます。
<職務を行い得ない事件と汚職禁止の規定との関係>
あ 職務を行い得ない事件の具体例
『ア・イ』は職務を行い得ない事件(利益相反)に該当する
ア 受任済依頼者間の紛争
依頼者や顧問会社の間で紛争(A事件)が生じた
いずれか一方からの依頼によりA事件を受任すること
イ 相手方からの別件の新規受任
受任中のB事件の相手方から別のC事件を受任すること
C事件の相手方は過去に依頼・法律相談などで関係したことはない
い 依頼者の同意による禁止の解除
『あ』のいずれについても
既存の依頼者・顧問会社の同意があれば受任できる
※弁護士法25条3号
※弁護士職務基本規程27条3号,28条2号
詳しくはこちら|協議と賛助や依頼の承諾による弁護士の受任の利益相反
う 汚職行為禁止との関係
同意を得て受任した場合(い)
受任中の案件(A・B事件)の相手方から弁護士報酬を受領する状況が生じる
この報酬は『依頼者・顧問会社間の紛争事件(A・B事件)』に関するものではない
→弁護士報酬を受領することは汚職禁止の規定に違反しない
※旧弁護士倫理51条
※日本弁護士連合会弁護士倫理に関する委員会編『注釈弁護士倫理 補訂版』有斐閣1996年p194
9 弁護士による不動産の売却交渉の両手と汚職行為(概要)
弁護士の業務の一環として,依頼者の不動産を売却するというものがあります。
一般的な宅建業者による売買の媒介と同じような業務といえます。
そうすると,宅建業者のように,売主と買主の両方から報酬を得るという発想も出てきます。
これが弁護士の汚職行為禁止の規定に該当するかどうかは,具体的な状況によって決まります。
詳しくはこちら|弁護士による不動産の売却交渉と相手方からの仲介手数料受領の可否