【弁護士による不動産の売却交渉と相手方からの仲介手数料受領の可否】
1 不動産売却交渉の両手数料と弁護士の汚職行為
2 不動産の売却の依頼の受任の具体例
3 不動産売却交渉と『事件・相手方』の該当性
4 仲介業者の取引当事者両方に対する報酬請求権(参考)
5 弁護士業務と不動産仲介業との関係
6 売買終了後の仲介料の授受と汚職禁止への該当性
7 依頼者の了解による影響
1 不動産売却交渉の両手数料と弁護士の汚職行為
弁護士の業務の一環として,依頼者の不動産を売却するというものがあります。
一般的な宅建業者による売買の媒介と同じような業務といえます。
そうすると,宅建業者のように,売主と買主の両方から報酬を得る(両手)という発想もありえます。
詳しくはこちら|仲介業者の不正|全体|片手と両手・両手の誘惑・ダブル両手
これは,弁護士の汚職行為禁止の規定に該当するようにも思えます。
詳しくはこちら|弁護士は相手方から利益を受領できない(汚職行為禁止の全体像)
本記事では,不動産の売却交渉の両手が弁護士の汚職行為に該当するかどうかについて説明します。
2 不動産の売却の依頼の受任の具体例
まず,弁護士が不動産の売却の依頼を受ける具体的状況と,汚職行為の規定内容をまとめておきます。
<不動産の売却の依頼の受任の具体例>
あ 事案
Aは,債務の弁済資金を作る必要がある
Aは,所有する不動産を売却することを弁護士Xに依頼した
弁護士X自身が奔走して買主Cをみつけた
売主Bは弁護士Xに報酬を支払った
買主Cが弁護士Xに仲介料を支払った
い 問題となる汚職行為禁止の規定
『弁護士が,受任している事件に関し相手方から利益を受けること』は禁止されている
※弁護士法26条
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p49参照
3 不動産売却交渉と『事件・相手方』の該当性
弁護士の汚職行為の典型例は,訴訟の原告・被告のような敵対する当事者(相手方)から利益を得ることです。
不動産の売却交渉は,訴訟のような敵対関係と同じではありません。
汚職行為の規定の解釈では,結局,実質的な利害の対立があるかどうかで判断します。
不動産の売却交渉について,実質的な利害の対立があるかどうかの判断については公的な見解が見当たりません。
本記事で紹介する(参考にしている)文献では,利害の対立を肯定する見解が示されています。
<不動産売却交渉と『事件・相手方』の該当性>
あ 判断の枠組み
汚職行為禁止の『事件・相手方』該当性の解釈としては
→実質的な利害の対立の有無で判断する
詳しくはこちら|弁護士の汚職行為禁止規定の各要件(文言)の解釈
い 不動産売却交渉の該当性
不動産の売却交渉における買主(候補者)との関係について
→実質的な利害の対立があるといえると思う
利害対立の内容=代金額を含めた経済的な条件
→『事件・相手方』に該当する
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p49
4 仲介業者の取引当事者両方に対する報酬請求権(参考)
ところで,一般的な不動産の仲介業者(宅建業者)は,取引の当事者の両方から手数料を受け取ることが蔓延しています。
参考として,この両手の理論的な面を整理しておきます。
<仲介業者の取引当事者両方に対する報酬請求権(参考)>
あ 民事仲立人の扱い
宅建業者が行う『媒介』業務(宅建業法2条2号)について
民事仲立人である
商法上の『仲立人』ではない
い 取引当事者両方への請求
商法上の仲立人の規定が類推適用される
→結果的に両方に報酬の請求ができる
※商法550条2項,543条
※最高裁昭和44年6月26日
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p49,50
詳しくはこちら|宅建業者から依頼者以外への報酬請求の基本(民事仲立人・商人の性質)
5 弁護士業務と不動産仲介業との関係
弁護士業務としての不動産の売却は,一般的な不動産の仲介業(前記)とは本質が異なります。
そこで,前記の仲介業(宅建業)の扱いはそのまま弁護士業務に当てはまることにはなりません。
<弁護士業務と不動産仲介業との関係>
あ 弁護士業務と無関係の宅建業
弁護士が宅建業者の資格を持つケースにおいて
『弁護士としての業務とは無関係に』宅建業を行った場合
→一般の宅建業者としての扱いとなる
→取引当事者の両方から報酬を得ることは適法である
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p50
い 弁護士業務としての仲介的業無
弁護士業務として不動産の仲介と類似する業務を行ったケースにおいて
媒介行為の本質的要素は,両方のために働くというものである
→弁護士の業務にはあてはまらない
→商人の報酬請求権の規定(商法512条)の適用はないと思う
=委託がない限り報酬請求権は生じない
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p50
6 売買終了後の仲介料の授受と汚職禁止への該当性
仲介手数料を受け取るタイミングについて考えてみます。
弁護士の汚職行為に該当する(違反となる)利益の受領のタイミングは受任中に限定する見解が一般的です。
業務完了後であれば該当しません。
<売買終了後の仲介料の授受と汚職禁止への該当性>
あ 事件の前後の範囲
弁護士法26条の適用範囲は
受任している事件が対象である
詳しくはこちら|弁護士の汚職行為禁止規定の各要件(文言)の解釈
い 不動産売買契約締結業務の終了時点
受任している事件から除外される時点について
→売買契約の締結後,『ア・イ』などのすべての履行手続が完了した時点である
ア 代金支払・移転登記イ 公租公課・水道光熱費の日割清算など
う 仲介料授受が適法となるタイミング
『い』の時点以降に弁護士が買主から仲介料を受領することは
→弁護士法26条違反にならない
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p51
ただし,仮に受任業務の完了前に後から手数料をもらうことを約束していた場合は,この行為自体が汚職行為に該当します。
7 依頼者の了解による影響
依頼者自身が了解していれば,弁護士が相手方から利益を受け取っても信頼が害されることはありません。
実務でも,弁護士費用相当額を(依頼者に敵対する)相手方に請求することはよくあります。
そこで汚職行為の規定は,依頼者の了解があると成立しないという見解があります。
これを前提にすると,不動産の売却交渉の手数料を相手方から受領することについても,依頼者が了解していれば適法になります。
<依頼者の了解による影響>
あ 依頼者の了解による適法化
依頼者が了解している場合
依頼者の利益に関する不信感が生じない
→弁護士法26条に違反しない
※古曳正夫『不動産売買の仲介料と弁護士法26条の収賄罪』/『NBL488号』1992年1月p51
い 異なる見解(反対説)
『あ』とは異なる見解もある
詳しくはこちら|弁護士は相手方から利益を受領できない(汚職行為禁止の全体像)