【養育費や婚姻費用分担金の増減額の始期(いつまでさかのぼるか)】
1 養育費や婚姻費用の増減額の始期(基準時点)
2 変更する始期の判断に関する基本的検討事項
3 変更の始期に関する見解の種類
4 事情変更時・請求時とする見解の問題点
5 他の事項による調整との関係
6 個別的事情による始期の選択の傾向
1 養育費や婚姻費用の増減額の始期(基準時点)
養育費や婚姻費用分担金がいったん決まった後に,状況が変化した場合,増額や減額が認められることがあります。
詳しくはこちら|養育費や婚姻費用の増減額請求が認められる『事情の変更』の判断基準
増減額が認められる場合には,過去のどの時点の分から新たな金額で計算されるのか,という問題があります。
金額変更の始期といいます。
本記事では,養育費や婚姻費用の増減額の始期について説明します。
2 変更する始期の判断に関する基本的検討事項
まず,養育費や婚姻費用の変更の始期を定めている条文などはありません。
詳しくはこちら|養育費や婚姻費用の増減額請求の基礎的理論(法的根拠)
つまり,変更の始期の判断(選択)については,裁判所の裁量が大きいのです。
考慮する事情として大まかなものを示した裁判例を紹介します。
<変更する始期の判断に関する基本的検討事項>
あ 扶養料変更における考察
扶養料の変更の審判における変更の効力(始期)について
『い』の事項を念頭においた考察を必要とする
い 主要な考察する事項
ア 過去の扶養料の請求・求償の可否イ 扶養料支払の始期の問題との整合性 ※札幌家裁小樽支部昭和46年11月11日
始期の問題は,変更(増減額)だけではなく,最初に養育費や婚姻費用を決める審判でも問題となります。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用分担金請求の支払の始期(いつまでさかのぼるか)
最初の金額決定の際と,金額の変更の際で,同じような考え方がされるのです。
3 変更の始期に関する見解の種類
養育費や婚姻費用の変更の始期については,いくつかの選択肢があります。
<変更の始期に関する見解の種類>
あ 事情変更時とする見解
事情が変更した時から変更される
客観的な経済的状況と負担金額を整合させる趣旨である
多数説として捉えるものもある
※札幌家裁小樽支部昭和46年11月11日
※東京高裁平成16年9月7日
い 請求時とする見解
(裁判外の)請求時から変更される
請求を受けた者が生活水準を調整できる時点という趣旨である
通説・有力説として捉えるものもある
※冨永忠祐編『改訂版 子の監護をめぐる法律実務』新日本法規出版2014年p173
※大阪高裁管内家事審判官有志協議会昭和58年7月15日
※大阪高裁昭和32年12月27日
う 調停(審判)申立時とする見解
『い』よりも増減額の請求の意図が明確化した時点という趣旨である
※仙台高裁昭和31年2月29日
え 変更意思顕在時とする見解
変更・取消の意思が客観的に明確になった時から変更される
お 変更意思受領時とする見解
相手方が事情変更を知った時or知りうべきであった時から変更される
か 審判の第1回期日
期日において,増減額の主張がより具体化するという趣旨である
現在ではこの見解がとられることはほとんどない
※福岡高裁昭和29年7月5日
※東京高裁昭和32年10月14日
※東京家庭裁判所身分法研究会『事情変更による扶養料増減の時点(2)』/『ジュリスト402号』1968年
※於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(25)親族(5)改訂版』有斐閣2006年p809,810
4 事情変更時・請求時とする見解の問題点
変更の始期の選択肢のうち,最も過去にさかのぼるものは事情変更時です。その次は請求時です。
これらは実務で選択される傾向が強いです(前記)。
一方,事情変更や請求から長期間が経ってから調停・審判が申し立てられたケースでは,問題が生じます。
<事情変更時・請求時とする見解の問題点>
あ さかのぼる期間が長いケース
事情変更・請求の時点から既に長期間が経過している場合
→『い』のような問題が生じる
い 生じる問題の内容
ア 扶養料の総額が高額になるイ 事情変更の状況が把握しにくくなる ※於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(25)親族(5)改訂版』有斐閣2006年p809
5 他の事項による調整との関係
ところで,裁判所が養育費などの金額を変更する場合,始期以外のことも決めます。
つまり,多くの決定事項があり,トータル(全体)で妥当な内容にするということです。
<他の事項による調整との関係>
あ 基準時点以外の判断事項の存在
変更の基準時点に関する見解とは別に
『一切の事情』として他の事項を考慮(反映)することができる
い 他の判断事項の具体例
月額・一時金・終期・臨時出費の負担
う まとめ
採用する基準時点(見解)による具体的結果の差異はそれほどない
※於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(25)親族(5)改訂版』有斐閣2006年p810
6 個別的事情による始期の選択の傾向
前記のように,養育費などの増減額の始期は,個別的事情によって判断(選択)されることもあります。
典型的な判断の傾向をまとめます。
<個別的事情による始期の選択の傾向>
あ 前提事情
夫が妻に養育費(婚姻費用分担金)を支払っている
夫(義務者)の収入が下がった
状況によって『い〜え』のような始期が選択される傾向がある
い 夫の収入減少の幅が非常に大きい
→減額をより広く認めないと夫が不当に害される
→変更時点は遡る方向
う 夫が収入減少を敢えて隠していた
→変更時点を遡らせると妻への不意打ちになる
→変更時点は遡らない方向
え 夫の収入減少を妻が熟知していた
→変更時点を遡らせても妻への不意打ちにはならない
→変更時点は遡る方向
本記事では,養育費や婚姻費用分担金の増減額における始期を説明しました。
しかし実務では始期が単独で問題となるわけではありません。
例えば,始期では有利な判断を得られても,月額で大幅に不利であれば,トータルで不利といえるでしょう。
主張の組み立てや証拠の選択の段階で,全体として有利な結果を得られるような戦略が必要なのです。
実際に,養育費や婚姻費用分担金の増減額の問題に直面している方は,弁護士の法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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