【婚約成立のためには『婚姻の実質的成立要件』は必要ではないが例外もある】
1 婚約には婚姻の実質的要件が必要かどうか
2 婚約における『婚姻の実質的要件』の必要性
3 婚姻の実質的要件を欠く婚約の効力
4 重婚的婚約の成立(有効性)の判断基準
5 内縁者の婚約が認められることもある
6 既婚者との男女交際に関する慰謝料請求
1 婚約には婚姻の実質的要件が必要かどうか
婚約が成立した後に、不当に破棄をすると慰謝料などの損害賠償責任が生じます。
実際には、婚約が成立したかどうかについて意見が対立するトラブルがよくあります。
詳しくはこちら|婚約は2人の意思だけで成立するが実務ではイベントが重要(婚約成立の基準)
婚約成立の判断の1つとして、婚姻の実質的(成立)要件が必要かどうかという問題があります。
本記事ではこの解釈や議論について説明します。
2 婚約における『婚姻の実質的要件』の必要性
婚約は婚姻する約束のことです。
とはいっても、現時点で婚姻するわけではありません。
そこで、婚約の時点では、年齢制限などの実質的要件が備わっている必要はありません。
<婚約における『婚姻の実質的要件』の必要性>
あ 婚姻の実質的要件
婚姻は婚姻届出(形式的要件)以外の要件(実質的要件)がある
実質的(成立)要件のうち主なものは婚姻意思(の合致)である
※最高裁昭和44年10月31日
詳しくはこちら|婚姻の実質的意思が婚姻届提出の時まで維持していないと無効になる
実質的要件には婚姻意思以外の要件もある
例=婚姻適齢・(未成年者の)父母の同意・再婚禁止期間・近親婚の禁止
い 婚約における『婚姻の実質的要件』の必要性
婚約は『婚姻そのもの』ではない
→将来の婚姻の時までに実質的要件(あ)が備われば足りる
→婚約の時点で婚姻の実質的要件を備えることは必要ではない
ただし、将来も備わることがない場合は婚約は無効となる(後記※1)
3 婚姻の実質的要件を欠く婚約の効力
婚約成立の時点では婚姻の実質的要件が欠けていた事例についての裁判例をまとめます。
基本的に婚約の成立を認めています。
ただし、近親婚の禁止という実質的要件は、後で解消されることはありません。
そこで婚約自体が無効(不成立)となります。
<婚姻の実質的要件を欠く婚約の効力>
あ 婚姻適齢違反
婚姻適齢に違反する婚約について
→婚約は成立する(有効)
※大判大正8年4月23日
い 未成年者の父母の同意違反
未成年者が婚姻の約束(婚約)をした
未成年者の父母が婚姻に同意していない
→婚約は成立する(有効)
※大判大正8年6月11日
う 再婚禁止期間違反
再婚禁止期間に違反する婚約について
詳しくはこちら|女性は6か月の『再婚禁止期間』がある
→婚約は成立する(有効)
※大判昭和6年11月27日
え 近親婚禁止違反(※1)
近親婚禁止規定に違反する婚約について
→時の経過で変わり(治癒されること)はない
→婚約は成立しない(無効)
※梶村太市ほか編『夫婦の法律相談 新・法律相談シリーズ』有斐閣2004年p17
4 重婚的婚約の成立(有効性)の判断基準
婚姻の実質的要件の1つに重婚ではない=独身であるというものがあります。
要するに重婚禁止のルールのことです。
既婚者が婚約をすることは、配偶者を裏切り、社会的にも非常識なものです。
そこで、原則として無効となります。
ただし、結婚が形だけになっているという事情があれば、婚約は有効となります。
<重婚的婚約の成立(有効性)の判断基準>
あ 原則=不成立
法律上の配偶者がいる者による婚約について
公序良俗違反である
→婚約は成立しない(無効である)
※大判大正9年5月28日
い 特殊事情による例外=成立
法律上の配偶者のいる者との婚姻予約は、法律上の配偶者との婚姻生活が破綻し、形骸化している等、その婚姻予約が社会的に許容され得る特段の事情がない限り、公序良俗に反し無効とすべきである・・・
※東京地判平成17年10月31日
う 特段の事情(特殊事情)の具体例
ア (法律婚が)事実上の離婚状態にあるイ (法律婚の夫婦の)別居が長期化している ※梶村太市ほか編『夫婦の法律相談 新・法律相談シリーズ』有斐閣2004年p18
5 内縁者の婚約が認められることもある
内縁の関係は、基本的に婚姻と同じように扱われます。
詳しくはこちら|内縁|基本|婚姻に準じた扱い・内縁認定基準|パートナーシップ関係
そこで、内縁の妻(夫)を持つ者が婚約をすることは、前記の重婚的な婚約と同じように、原則的に認められません。
しかし、このようなケースで婚約が成立したことを前提にして、婚約破棄の慰謝料を認めた裁判例もあります。
<内縁者の婚約を認めた裁判例>
あ 婚約の申込
男性Aには内縁の妻がいた
Aは女性B(バーのホステス)を気に入った
Aは内縁関係を隠し、Bと同じ宗教の信者であると言って執拗に結婚を申し込んだ
Aは戸籍謄本や婚姻届出用紙まで持参して説得した
Bは婚約に応じることにした
い 妊娠と中絶
AとBは性的関係をもった
Bが妊娠した
Aの内縁関係が発覚した
Aは内縁の妻とは別れると説明した
Aは中絶することを要請した
Bは中絶した
う 資金の援助
その後Aは急激に冷淡になった
Aは婚約を破棄するに至った
え 婚約破棄の責任
Aは婚約の不履行による責任を負う
→慰謝料200万円を認めた
Aが事業資金としてBから借りていた貸金の返還請求も認めた
お 補足説明
判決では婚約の成立を前提としている
しかしAの欠席による擬制自白の扱いとされたものである
=完全に積極的な裁判所の判断とはいえない
※東京地裁昭和44年10月6日
6 既婚者との男女交際に関する慰謝料請求
既婚者が重婚的に婚約するという背景にはいろいろな事情があります。
要するに、既婚者が配偶者以外と男女交際(性的関係)をすることです。
いわゆる不倫(不貞)と呼ばれるものです。
通常は、不倫をした者は、慰謝料の賠償責任を負います。
しかし中には、既婚男性が独身であるとウソをついた(既婚を隠した)ケースが多いです。
この場合、交際した女性は被害者として慰謝料請求をする方になります。
詳しくはこちら|既婚を隠した交際・恋愛は慰謝料が認められやすい|恋愛市場の公正取引
また、既婚者であることが分かっていても、既婚男性が妻とは離婚するから交際しようと言って女性と関係を持とうとするケースもよくあります。
この場合に、妻からの不倫の慰謝料の請求と、交際した女性から既婚男性への貞操侵害の慰謝料請求の両方が主張されることが多いです。
このような問題については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|既婚と知って交際した者からの慰謝料請求は事情によって認められる
詳しくはこちら|既婚者と知って交際した者からの慰謝料請求の裁判例(肯定と否定の事例)
本記事では婚約の成立のためには婚姻の実質的(成立)要件が必要かどうかという解釈論について説明しました。
このことは、婚約成立の判断以外の別の問題ともつながっています(前記)。
実際に婚約の成立や婚約破棄の慰謝料の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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