【他人(借主)が所持している自分の所有物でも窃盗・強盗が成立する】
1 自己所有物の窃盗や強盗
2 他人の占有に係る自己の財物の窃盗・強盗の規定
3 保護法益と正当な権限の関係
4 自己所有物の窃盗が成立した具体例
5 権利実行と犯罪成立の関係
1 自己所有物の窃盗や強盗
通常は,自分の所有物を盗むということはありません。
しかし,自分の所有物でも他者に貸しているケースでは,借主に無断で取り戻すと,窃盗罪が成立することがあります。
実際に,いろいろな財産の貸し借りをしたり,所有者が不明確なケースで,自己所有物の窃盗(強盗)であると主張する(される)ことがあります。
本記事では,自己所有物についての窃盗や強盗について説明します。
2 他人の占有に係る自己の財物の窃盗・強盗の規定
自己の所有物の窃盗や強盗を規定する刑法の条文をまとめておきます。
<他人の占有に係る自己の財物の窃盗・強盗の規定>
あ 条文規定
(他人の占有等に係る自己の財物)
自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
※刑法242条
い 対象となる罪
窃盗・強盗
3 保護法益と正当な権限の関係
自己の所有物でも窃盗が成立するという背景には,所持自体を保護するという考え方があります。
所有者であっても無断で取り戻すことや脅して取り戻すことが一律に許されるということはないのです。
ただし,個別的な事情によっては権利の行使として許されることもあります。
<保護法益と正当な権限の関係>
あ 保護法益
物の所持という事実上の状態それ自体が独立の法益として保護される
い 法律上の権限との関係
所持者が法律上正当にこれを所持する権限を有するかどうかを問わない
※最高裁昭和38年8月28日
※最高裁昭和35年4月26日
う 取戻行為と正当化
事実上の占有も他人の占有として認める(あ)
ただし,状況によって違法阻却を認めることもある(後記※1)
※前田雅英著『刑法各論講義 第6版』東京大学出版会p152
4 自己所有物の窃盗が成立した具体例
自己所有物を取り戻したことで窃盗罪の成立が認められた判例があります。
貸した自動車を借主に無断で取り戻したという事案でした。
<自己所有物の窃盗が成立した具体例>
あ 事案
自動車の貸主が借主から占有を取り戻した
い 窃盗罪の成否(成立)
被告人の引揚行為は他人の占有に属する物を窃取したものである
※最高裁平成元年7月7日
5 権利実行と犯罪成立の関係
民事的な権利の実行(行使)という側面も刑法の判断に反映します。
具体的には,権利を行使する具体的状況が常識的な範囲であれば正当化される(犯罪は成立しない)のです。
<権利実行と犯罪成立の関係(※1)>
権利を実行することについて
権利の範囲内であり,かつ,その方法が社会通念上一般に許容すべきものと認められる程度を逸脱してはならない
※最高裁昭和30年10月14日
※最高裁昭和62年1月21日;ユーザーユニオン事件
詳しくはこちら|権利行使と脅迫罪・恐喝罪との区別(ユーザーユニオン事件)
本記事では,自己所有物について窃盗や強盗が成立することについて説明しました。
実際には,民事的な財産の返還請求に伴って,自己所有物の窃盗(強盗)が主張されるという実例がよくあります。
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