【財産分与におけるオーバーローン不動産の扱い(全体で通算か清算対象からの除外)】
1 オーバーローンのマイホームの財産分与
住宅ローンが残っているマイホームは、離婚に伴う財産分与が複雑になりがちです。
詳しくはこちら|住宅ローンが残っている住宅の財産分与の全体像(分与方法の選択肢など)
住宅ローンがオーバーローンとなっている場合はさらに方法が複雑になります。
本記事では、オーバーローンの意味や、財産分与の方法について説明します。
なお、以下の説明は、住宅の所有名義や債務者が、夫婦の一方でも、夫婦の両方でも共通しています。
詳しくはこちら|マイホームの所有者や住宅ローンの債務者は夫婦の一方と両方(ペアローン)がある
2 アンダーローンとオーバーローン
オーバーローンとは、住宅ローンの残額が住宅の評価額(価値)よりも多いという状態です。
典型例は、最大限ローンを利用してマイホームを購入した直後の状況です。
逆にその後、返済が進んでローン残額が減ってくると、住宅の評価額よりも下がってきます。
この状態をアンダーローンと呼びます。
アンダーローンとオーバーローン
あ アンダーローン
住宅の価値 > 住宅ローンの残額
→売却すると、住宅ローン返済後の余りが出る
い オーバーローン
住宅の価値 < 住宅ローンの残額
→売却した代金では住宅ローンを返済しきれない
→資金を手出ししないと完済できない
3 オーバーローンのマイホームの財産分与における扱い
(1)実務の傾向(まとめ)
マイホームがオーバーローンとなっている場合、財産分与でどのように扱うかについて、2とおりの方法があります。
1つは、基本どおりに、2人のプラス財産・マイナス財産を単純に全部集計する、つまり通算する、というものです。こちらの方が実務では原則的な扱いです。
もう1つは、不動産単位で計算します。オーバーローンであればマイナス財産となります。そこで、不動産は清算対象から除外する、という方法です。具体的には、不動産も、住宅ローンもカウントしない(ないものとして扱う)というものです。個別的な事情によっては、例外的にこちらが採用されることもあります。
(2)離婚調停・離婚訴訟→通算が一般的
簡単にまとめると前述のとおりですが、これについてはいろいろな見解、裁判例があります。主要なものを以下紹介します。
「離婚調停・離婚訴訟」は、通算するのが一般的であり、例外的に物件単位で清算対象から除外する扱いもある、と説明しています。物件単位で扱うと、債務の分担がアンバランスになるので、例外に位置づける、という説明です。
離婚調停・離婚訴訟→通算が一般的
あ 全体財産の通算→一般的
ア 結論
さらに、オーバーローンの場合をどうするかという問題もあるので、一般的には、双方の全体財産を比較する中で、債務を控除して比較するという方法が一般的である。
イ 思考回路→プラス財産と同じ扱い
財産分与については、一般的には、離婚当事者双方の財産を形式的な名義ごとに振り分けて、全体の財産を算出し、申立人側の寄与度に応じて、財産分与額を決めるという方法が採られていることは前述のとおりであるが、債務についても、各当事者の純資産額を算定するときに各当事者の積極財産から考慮すべき消極財産を控除してされるというのが一般的である。
い 物件単位で除外する方法
ア 裁量による採用
ところで、住宅ローンによって購入資金を調達して取得した不動産(住宅ローン債務を被担保債務とする抵当権が設定されたもの)について、当該住宅ローン残額が不動産の時価を上回っている場合(オーバーローン物件)について、これを財産分与の計算から除外して、当該物件を不動産の名義人(ローン債務の名義人でもある。)が取得することを認めるという考え方がある。
オーバーローン物件である住宅の名義人が住み慣れた住宅に居住を継続することを希望する場合、時価を超える主観的価値があるものとみることも可能であり、オーバーローン額がその主観的価値に見合う程度のものであり、不動産名義人において十分なローン返済能力を持っているような場合などにおいては、当事者間の衡平その他一切の事情を考慮して、そのような分割方法を認めることも裁判官の裁量の範囲であるといえよう。
イ 不合理性→不動産名義人(債務者)に不利
しかし、そうした個別の事情を考慮しないで、一律にオーバーローン物件を除外すると、単純にいえば、オーバーローン分の半額分だけ、他の財産の配分において不動産の名義人に不利になり、特に住宅ローンを返済できずに不動産を売却せざるを得なくなった場合に酷な事態が顕在化することになるので、相当とは思われない。
ウ 例外という位置づけ
原則的には、オーバーローン物件を除外しないで、総資産と総負債を通算して財産分与額を算定するのが当事者間の衡平に合致するものと考える。
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 第4版』青林書院2023年p187
(3)新注釈民法(犬伏由子氏見解)→通算が一般的
「新注釈民法」も同じように、通算する方法が一般的であり、個別事情によっては、負担のアンバランスが生じてでも物件単位で扱う、という判断はあり得る、と説明します。
新注釈民法(犬伏由子氏見解)→通算が一般的
あ 全体財産の通算→一般的
本条は、財産分与に関する債務の扱いについて明示していないが、清算的財産分与が夫婦共同財産の公平な清算にあるのであれば、夫婦の協力により取得した積極財産だけではなく、消極財産(債務)も考慮する必要がある。
そこで、婚姻中に各自が負担した債務の中で、共同の利益のために負担した債務、積極財産(住宅など)の形成に関連する債務(住宅ローン)や、婚姻生活維持のための債務(教育ローンなど)等については、積極財産から控除する必要がある(大津・前掲書120頁、右近健男「財産分与論の再出発にあたって」名城法学別冊本城還暦[1989]6頁、二宮=榊原124頁)。
近時の裁判例も、夫婦共同財産に積極財産と債務が存在する場合には、積極財産総額から、債務総額を控除した額を清算的財産分与額とするのが一般的である(松谷佳樹「財産分与と債務」松原=道垣内編Ⅰ105頁。裁判例として、東京高判平10・2・26家月50巻7号84頁、名古屋家審平10・6・26判タ1009号241頁、東京地判平12・9・26判タ1053号215頁。
い 物件単位で除外する方法→例外
個別事情に応じて、オーバーローンの不動産につき、当該不動産の価値をゼロとして清算対象財産から除外する処理をした例外事案がある(東京高決平10・3・13家月50巻11号81頁、名古屋高決平18・5・31家月59巻2号134頁〕)。
う 全体財産の通算の方法のメリット→負担平等
このように、債務を積極財産から控除する算定方法は債務についても夫婦が平等に責任を負うことになる(東京地判平5・2・26判タ849号235頁は、妻の債務は個人的な投資の失敗によるものが大半であるとして、3分の1のみを控除対象とした)。
※犬伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p414、415
(4)離婚判例ガイド→物件単位で除外が一般的
「離婚判例ガイド」は、物件単位で清算対象から除外する方法が一般的である、と説明しています。
離婚判例ガイド→物件単位で除外が一般的
あ 物件単位で除外する方法→一般的
(g)ローン残が時価を上回る場合(オーバーローンの場合)
不動産価格が購入時よりも下落し、時価よりローン残の方が大きい場合も少なくない。
こうしたオーバーローンの不動産については、「〔当該不動産の〕価値は零であって、右返済の結果は積極財産として存在していない……清算すべき資産がないのであるから、返済した住宅ローンの一部を財産分与の対象とすることはできない」とし(東京高決平10・3・13家月50巻11号81頁)、清算的財産分与の対象とはしないのが一般的である。
他に資産があれば、存在する積極資産についてのみ、分与が行われることが多い。
い その後の処理→共有物分割
オーバーローンの不動産が共有不動産の場合、話合いによる解決ができないれば、別途、共有物分割請求(民256条)によるほかなく、夫婦のいずれも、償金を支払う資力がなければ、最後は競売を命ずる判決(民258条2項)によらざるを得ない。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p106
(5)山本拓氏見解→物件単位で除外が一般的
山本拓氏も、後述の平成10年東京高決を前提として、物件単位で清算対象から除外する方法を説明しています。
山本拓氏見解→物件単位で除外が一般的
※山本拓稿『清算的財産分与に関する実務上の諸問題』/『家庭裁判月報62巻3号』最高裁判所事務総局2010年p18
(6)瀬木比呂志氏見解→物権単位で除外
瀬木氏も、別のテーマの説明の中で、物権単位で清算対象から除外する方法を指摘しています。
瀬木比呂志氏見解→物権単位で除外
むしろ、本件における利益状況は、Rを被告側の人間と考えるならば、被告主張のとおり、離婚財産分与の場合に近いのであり、その場合には、通常、不動産の時価から債務額を控除した残額が財産分与に当たって考慮されるにとどまり、オーバーローンの場合、ことに本件のように不動産を取得する側が債務をも全面的に負担する場合には、オーバーローンに係る不動産は財産分与に当たって考慮の対象とされないことを考えるべきであろう。
※瀬木比呂志稿『ケースブック民事訴訟活動・事実認定と判断』/『判例タイムズ1307号』2009年12月p8
(7)平成10年東京高決→物件単位で除外
オーバーローンの不動産を扱った裁判例は多くありますが、オーバーローン不動産を清算対象から除外したものを紹介します。
平成10年東京高決→物件単位で除外
※東京高決平成10年3月13日
(8)事後的な共有の解消→共有物分割(参考)
前述のように、例外的に、不動産を財産分与の清算対象から除外する扱いが採用されることもあります。オーバーローン以外の要因でこの扱いが採用されることもあります。
いずれにしても、財産分与の対象とならなかった場合、夫の単独所有であっても、夫婦の共有であっても、そのままの状態が維持されます。共有であった場合には、その後通常、この共有を解消することが必要になります。話し合いで解決しない場合、共有物分割訴訟によって解決することになります。
事後的な共有の解消→共有物分割(参考)
※森公任ほか編著『2分の1ルールだけでは解決できない 財産分与算定・処理事例集』新日本法規出版2018年p217
離婚成立後の元夫婦が共有物分割訴訟を行うケースでは、当該不動産(マイホーム)はどちらの所有なのか、共有持分割合はどの程度か、ということが不明確であり、ここから裁判所が判断することになるケースもあります(東京地判平成24年12月27日など)。
※東京地判平成24年12月27日
詳しくはこちら|共有であるかどうか・持分割合の認定(民法250条の推定・裁判例)
4 財産価値はゼロだが残るローン返済の問題がある
例えば妻(と子供)がオーバーローンのマイホームを引き取ったとしても、その代わりに他の財産を夫に渡す必要はないということになります。
仮に住宅ローンの債務者が夫となっている場合でも、財産分与で所有者が妻になっても、債務者は夫のままです。
しかし、妻の所有物となった住宅のローンを離婚後に夫が払っていくというのは不公平です。
そこで、通常、住宅ローンの残りは妻が返済することになります。
ただし、財産分与としては、正式に債務者を変更することはできません。
裁判(審判や判決)で、裁判所が債務者の変更を命じることはできないのです。
一方、和解であれば債務者変更や履行引受という方法もとれます。
その場合は金融機関(銀行)が協力してくれることが前提となります。
詳しくはこちら|マイホームの財産分与の方法(選択肢)は裁判(審判・訴訟)と和解で異なる
5 過去の住宅ローン返済金の分与対象財産への算入(否定)
残った住宅ローンの返済とは別に、過去に払ったローンについても問題となります。
常識的には、それまでに払ってきた住宅ローンの金額分が住宅の価値として残っていて欲しいと思います。
しかし、オーバーローンの場合は住宅の価値はゼロとなります(前記)。
そこで、例えば住宅ローンを返済し続けた夫が過去に払った返済金の分を妻からもらいたいという発想もあります。
気持ちとしては分かります。しかし理論的には、価値として残っていないので、がんばって返済したことも評価はゼロとなります。
過去の住宅ローン返済金の分与対象財産への算入(否定)
積極財産として存在しない
→返済額を分与対象財産に算入することはしない
(分与を求めることはできない)
※東京高裁平成10年3月13日
※山本拓稿『清算的財産分与に関する実務上の諸問題』/『家庭裁判月報62巻3号』最高裁判所事務総局2010年p18
本記事では、オーバーローンのマイホームの財産分与の方法について説明しました。
前記のように、個別的な事情によって違ってきますし、また、裁判と和解でも結論が変わることもあります。
実際にオーバーローンのマイホームの財産分与の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださいますようお勧めします。
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