【MTGOX破産手続の民事再生への移行の実現可能性(民事再生手続開始申立)】

1 MTGOX破産手続の民事再生への移行の実現可能性
2 民事再生の申立による破産手続の中止と失効
3 民事再生による不当な評価レートの脱却
4 民事再生の手続開始原因(積極的要件)の検討
5 民事再生の手続開始の条件(消極的要件)の検討(全体)
6 清算型手続の優先の要件の検討
7 再生計画の見込みなしという要件の検討
8 不当目的(包括的棄却事由)の要件の検討

1 MTGOX破産手続の民事再生への移行の実現可能性

(平成29年12月時点の状況を前提にしています)
現在,MTGOX破産手続が進行(係属)しています。
今後想定される不合理な配当について,その回避策がいろいろと考えられます。
詳しくはこちら|MTGOX破産手続の不合理な配当を回避する方法(発想と実現可能性)
その中でも本命といえるのが民事再生への切替です。
実際に,債権者の一部が民事再生開始決定の申立を行っています。
そこで,裁判所が,民事再生への切替を認めるか,ということと,民事再生に切り替わると配当(弁済)がどのように変わってくるのか,ということに大きな関心が集まっています。
本記事では,民事再生に切り替わった場合の扱いと,裁判所が民事再生手続開始決定をする(切り替える)かどうか,について説明します。

2 民事再生の申立による破産手続の中止と失効

民事再生に切り替わって,手続がうまく最後(再生計画認可決定確定)まで進んだ場合,破産手続はなかったことになるのです。破産手続を回避することに成功するのです。

<民事再生の申立による破産手続の中止と失効>

あ 民事再生の申立

債務者or債権者は民事再生手続開始の申立をすることができる
※民事再生法21条

い 民事再生手続の開始による破産手続の中止

裁判所が民事再生の手続開始決定をした場合
→破産手続は中止となる
※民事再生法39条

う 再生計画認可決定確定による破産手続の失効

民事再生計画の認可決定が確定した場合
→破産手続の効力は失われる
※民事再生法184条

3 民事再生による不当な評価レートの脱却

民事再生への切替が成功すると破産手続を脱することができます(前記)。
そうすると債権者は,破産による不当な配当(上限額)から解放されることになります。

<民事再生による不当な評価レートの脱却>

あ 破産手続における不当な上限問題

破産債権の額は,破産手続開始決定時の日本円への換算レートを用いる
→ビットコインの評価が(現在の評価と比べて)異様に低いものとなる
→この(異様に低い)レートで日本円に換算したものが配当の上限となる
詳しくはこちら|MTGOX破産手続におけるビットコイン返還請求権(BTC建て債権)の評価と不合理な配当

い 民事再生手続による評価基準時の変化

民事再生手続における債権の評価の基準時は(民事再生の)手続開始決定時となる
→再生計画案の中の弁済額の上限は再生手続開始決定時の債権の評価額(日本円)となる

なお,一般論として,破産手続で破産債権の確定まで済んでしまうと,その後破産手続が終了しても破産債権の確定の効力は維持されたままとなるという見解(多数説)もあるので要注意です。
詳しくはこちら|破産債権の金銭化(日本円評価)の効力が及ぶ範囲(第三者や破産手続外)
ただ,これは一般論であって,民事再生手続開始決定によって破産手続の効力が失われた場合は,この破産手続の失効の方が優先になると思われます。

4 民事再生の手続開始原因(積極的要件)の検討

次に,裁判所が民事再生への切り替えを認めるかどうか,を検討してゆきます。法的には民事再生手続開始決定をするかどうかということです。
民事再生手続開始決定の要件は,法律上,積極的要件消極的要件の2つに分類できます。
まず,積極的要件をクリアするかどうかを考えてみます。
純粋に現状の債権と債務と考えると,MTGOX社は債務超過です。
そこで,民事再生の積極的要件はクリアできています。

<民事再生の手続開始原因(積極的要件)の検討>

あ 債務超過の状態

MTGOX社は預かったビットコインの全額を返還できない状態である
債務超過である
→これは破産手続開始原因(破産法16条)である

い 民事再生の手続開始原因

破産手続開始原因が生じるおそれがあるといえる
→民事再生の手続開始原因(民事再生法21条1項)が認められる
詳しくはこちら|民事再生手続開始決定の判断枠組みと手続開始原因(積極的要件)

5 民事再生の手続開始の条件(消極的要件)の検討(全体)

次に,民事再生の消極的要件をクリアするかどうかを考えます。
裁判所は,4つの消極的要件のすべてに該当しない場合は,開始決定を出さなくてはならないのです。
まずは4つの消極的要件の内容を整理します。

<民事再生の手続開始の条件(消極的要件)の検討(全体)>

あ 費用の予納

申立人は費用の予納をしているはずである
→『費用の予納がない』には該当しない(要件をクリアする)

い 清算型手続の優先

債権者全体にとって,破産手続を維持した方が有利ではないか(後記※1

う 再生計画の見込みなし

再生計画案の作成・可決・認可の見込みがあるか(ないことが明らかであるか)(後記※3

え 不当目的(包括的棄却事由)

民事再生の申立に不当な目的や誠実ではないところはないか(後記※4
詳しくはこちら|民事再生手続開始申立の棄却・却下の事由(手続開始の条件・消極的要件)

『あ』の費用の予納は形式的なものなのでクリアするはずです。
残る3つの要件をクリアするかどうか,については,以下,順に検討します。

6 清算型手続の優先の要件の検討

4つの消極的要件の中に清算的手続(破産手続)と民事再生との比較というものがあります。
要するに債権者全体にとって民事再生の方が有利であれば,裁判所は民事再生への移行を認めるということです。
ビットコイン返還請求権を持つ債権者にとっては民事再生の方が断然有利でしょう。
ここで問題になるのが,例えば日本円建ての債権を持つ債権者の存在です。
現在の破産手続が維持されると,100%の配当を受けることが想定されています。
一方,民事再生に移行すると弁済率は100%には達しません。
そこで,この要件をクリアするにはひと工夫が必要になります。
日本円建ての債権者には民事再生でも100%の弁済率を約束するというような対応です。

<清算型手続の優先の要件の検討(※1)

あ 破産手続維持と民事再生への移行の比較

債権者全体にとって,破産手続維持と民事再生手続への移行の有利・不利を比較する
債権者を『い・う』に分けて検討する

い ビットコインを預けていた債権者

ビットコイン返還請求権を持つ債権者について
→少なくとも現在の破産手続(不当に低い日本円の評価額での配当)よりは民事再生の方が有利である

う その他の債権者

仮想通貨以外建て(日本円など)の債権を持つ債権者について
現在の破産手続では債権額100%が配当される予定である
一方,民事再生手続に移行すると債務超過になる
→債権者全体を平等に扱うと弁済率は100%を下回る
現在の破産手続の方が有利といえる
→このままでは債権者全体としては破産手続の方が有利→民事再生は棄却となる傾向にある

え 民事再生への移行を実現する対応策(※2)

『民事再生では仮想通貨建て以外の債権(う)は100%の弁済率を適用した再生計画を作る』ということを前提にする
例=申立人を含めたビットコインを預けていた債権者の大部分が合意し書面に調印する
→こうすれば破産手続を維持した方が有利な債権者はいないという方向性になる
→民事再生への切替(開始決定)がなされる方向に働く

7 再生計画の見込みなしという要件の検討

民事再生の消極的要件の1つに再生計画の見込みなしというものがあります。
要するに,再生計画案が作成され,可決され,裁判所がこれを認可することが予想される場合には,裁判所は民事再生の手続開始決定をするということです。
ところで,常識的には,民事再生は,事業(サービス提供)を継続して,得られる収益から分割して弁済するという再生計画を作ります。
この点,MTGOX社はサービスを再開して収益を得るということのハードルが高いと思います。
しかし,事業を継続しないと民事再生はできないというルールはないはずです。
イレギュラーではありますが,事業再開をしない前提で(つまり弁済するだけという前提で)民事再生を利用することも可能だと思います。
ただ,再生計画が可決するためには仮想通貨建て以外の債権の弁済率を100%とするなどの工夫(前記)が好ましいでしょう。
もちろん,仮想通貨建て以外の債権の総額が再生債権全体に占める割合が小さければ,このような債権者の反対があっても再生計画案の可決は実現すると見込まれます。
いずれにしても,一定の工夫があれば再生計画が実現する見込みがある,といえるでしょう。

<再生計画の見込みなしという要件の検討(※3)

あ 事業による収益からの弁済

仮に事業(取引所のサービス)を再開する場合は仮想通貨交換業の登録が必要である
財産的基盤仮想通貨交換業を適正かつ確実に遂行する体制の整備をクリアするハードルが非常に高い
詳しくはこちら|仮想通貨交換所の規制(平成28年改正資金決済法)の全体像
→『事業により収益をあげて,収益から弁済する』ということができない

い 事業の再開をしない(弁済(配当)だけ)

民事再生法では事業の継続(再開)は必須ではない
→単に弁済(配当)する方法を再生計画として作ることが目的であることも否定されないだろう

う 再生計画案作成の見込み

例えばビットコインで弁済することを内容とする再生計画を作ることは法律上可能である

え 再生計画案可決の見込み

民事再生への移行を実現する対応策(前記※2)を済ませていれば
債権者全体として,破産手続による配当よりも民事再生の方が有利である
→債権者の大部分が賛成し,再生計画案は可決することが予想される

お 再生計画認可の見込み

ビットコインでの弁済を含む再生計画について
(民事再生手続内での)清算価値保障原則に反しないはずである
→再生計画が認可される見込みはある

8 不当目的(包括的棄却事由)の要件の検討

民事再生の消極的要件の最後の1つは不当な目的などの包括的な要件です。
要するに,民事再生の申立の目的が不当や不誠実でないならば裁判所は開始決定をするということです。
不当や不誠実は,価値観による評価そのものです。
分析的に考えるならば,いろいろな関係者が不利益を受けるかどうか,ということが重要な判断材料となるでしょう。
ビットコイン建ての債権者・その他の債権者・MTGOX社(カルプレス氏)のそれぞれについて利害を検討してみました。

<不当目的(包括的棄却事由)の要件の検討(※4)

あ 民事再生申立の目的

民事再生の申立の目的は要するに破産債権の額の評価時点をずらす(評価レートを債権者に有利な方向に変える)というものである
→破産や民事再生の手続が想定する制度の利用方法・目的ではない
では,『民事再生手続開始の申立が不当な目的でされた』とか『申立が誠実にされたものではない』といえるのか?
→以下,関係者の立場ごとに検討を続ける

い ビットコインを預けていた債権者

現在は,想定していない事情(BTC価値高騰)により,破産手続をそのまま適用すると不合理な結果となってしまう状態であるといえる
破産法の規定の不備が表面化したともいえる
破産法の不備を解消(正常化)するには民事再生の申立しかないといえる
→不当な目的・不誠実とはいえない

う その他の債権者

仮想通貨以外建て(日本円など)の債権を持つ債権者について
弁済率100%の再生計画が作られる前提(前記※2)であれば
→不利になることはない
→民事再生申立に一部の債権者を不利にする目的はない
→不当な目的・不誠実とはいえない

え 債務者(MTGOX社)やカルプレス氏

破産手続が維持されればMTGOX社(実質的にはカルプレス氏)が多額の金銭を受け取ることができる
民事再生手続に移行すると余る財産がなくなる
→MTGOX社(カルプレス氏)は財産を受け取ることができなくなる
もともと破産手続で財産が余る原因は破産法の債権の評価時点の規定にすぎない
BTC値上がり益がBTCを預けていたユーザーに帰属する方が本来の状態であるといえる
→MTGOX社・カルプレス氏が財産を受け取れないことは,実質的に不利益・不当な結果であるとはいえないだろう

お まとめ

民事再生への移行(開始決定申立)は,不当な目的・誠実ではないものではないと思われる

トータルで,民事再生手続開始の申立が不当な目的・不誠実とはいえないと思います。
結局,一部の債権者にとって破産手続維持の方が有利になるのではないかという点が大きなハードルになるでしょう。これについては工夫した対応(前記)がしっかりと行えれば,クリアできる可能性はあるでしょう。
逆に,破産手続が維持された場合には,常識に反する不合理な状況となってしまいます。民事再生への切り替え(手続開始決定)が実現することが好ましいと思います。

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