【電子計算機使用詐欺罪(刑法246条2項)新設(昭和62年改正)の経緯】
1 電子計算機使用詐欺罪新設の経緯
2 機械をだます行為の拡散・社会的問題化
3 機械をだます行為が犯罪とならない問題
4 電子計算機使用詐欺罪の新設と法的位置づけ
5 2018年コインチェックNEMクラック事件
1 電子計算機使用詐欺罪新設の経緯
機械をだますような行為は”電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)に該当します。
詳しくはこちら|電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)の条文と基本的解釈
枝番号(『の2』)となっているところから分かるように,この規定は後から付け加えたものです。
本記事では,新たに立法(法改正)として刑法246条の2の規定を作った経緯について説明します。
2 機械をだます行為の拡散・社会的問題化
近代の社会では,常にテクノロジーの進化が続いています。新たなテクノロジーが普及すると,便利な一方で,最先端の不正行為も登場します。
今になって振り返ると,忘れ去っていた懐かしい情景が思い出されます。
昭和50年代にさかのぼります。小中学生が駄菓子屋やゲームセンターのゲームをタダでプレーする方法が純粋な口コミで全国に拡がっていました。SNSはおろか,インターネットも存在しない世界でこれだけ拡散したのは驚きです。
時代は進み,昭和60年頃になると,緑色の公衆電話とテレホンカードがものすごく普及しました。携帯電話はおろか,PHS,ポケベルも存在しない状況でした。
そうすると,テレホンカードの残高情報の磁気情報を不正に書き換える手法が横行し,変造テレカが安く販売されることが拡がりました。
いずれも機械をだます行為といえます。
<機械をだます行為の拡散・社会的問題化>
あ 昭和50年代・ゲームタダプレー拡散(※1)
昭和50年代後半において
電子ライターの点火装置(圧電素子)で,アーケードゲームを不正に操作してゲームをプレーする行為が子供を中心に拡がっていた
コインの入金を知らせる電気信号と,圧電素子の発する電気が似ていて,機械が誤認するというメカニズムを悪用したものである
※中日新聞1981年2月15日
い 昭和60年頃・変造テレカ拡散
偽造・変造テレホンカードが社会的問題となっていた
3 機械をだます行為が犯罪とならない問題
前記の機械をだます行為ですが,従来の刑法では罰せない(犯罪にならない)という状況でした。
従来の刑法がこのようなテクノロジーを想定していなかったので,対応できなかったのです。
まず,窃盗罪を思いつきますが,行為者が財物を得ることが必要です。ゲームをすることや通話することで行為者は利益を得ていますが,財物”を得てはいません。
次に,だますという性格に着目すると詐欺罪が思いつきます。
しかし,法的にだます(あざむく)とは,特定の人間の判断を誤らせるというものです。公衆電話のような機械の判定(処理)が想定されないものになったとはいえますが,法的にだました(あざむいた)とはいえません。
結果的に刑事的な責任が発生しない状況だったのです。
<機械をだます行為が犯罪とならない問題>
あ 窃盗罪
前記※1,※2で行為者が得たのは財物ではない
詳しくはこちら|情報の財物性・財産上の利益の内容と情報化体物の財物性
財産上の利益に過ぎない
→窃盗罪は成立しない
い 詐欺罪
前記※1,※2の行為により特定の人間が判断を誤ったということはない(錯誤・処分は生じていない)
→詐欺罪は成立しない
4 電子計算機使用詐欺罪の新設と法的位置づけ
以上のように,機械をだます行為を罰する要請があるのに,従来の刑法では対応できなかったのです。
そこで,昭和62年の法改正で電子計算機使用詐欺罪が新たに作られたのです。
要するに機械をだまして経済的利益を不正に得る行為が犯罪として認められるようにしたのです。
<電子計算機使用詐欺罪の新設と法的位置づけ>
あ 電子計算機使用詐欺罪の新設
前記※2について刑事責任が発生しないことが問題となった
(前記※1は立法を促すほど規模の大きな社会的問題にはなっていない)
昭和62年刑法改正により
刑法に電子計算機使用詐欺罪(246条の2)が新設された
→前記※1,※2はいずれも電子計算機使用詐欺罪に該当することになった
い 法的位置づけ
電子計算機使用詐欺罪は
電磁記録の改変によって財産上の利益を得る罪である
利益詐欺の特別類型である
厳密には,詐欺罪に準じる利益罪を新設したものである
※前田雅英著『刑法各論講義 第6版』東京大学出版会2015年p251
5 2018年コインチェックNEMクラック事件
以上のような経緯で電子計算機使用詐欺罪が作られてから40年近くが経過しました。当然,テクノロジーはさらに飛躍的に発展しました。
2009年から仮想通貨のビットコインが登場し,2017年には多くの種類の仮想通貨が登場し,大きく普及しました。
2018年には,(みなし)仮想通貨交換業者のコインチェックが仮想通貨を盗まれる事件が発生しました。
立法当時には想定できませんでしたが,仮想通貨は価値のある情報ですので,まさに電子計算機使用詐欺罪に該当するのです(報道された情報を前提とします)。
<2018年コインチェックNEMクラック事件>
あ コインチェックNEMクラック事件の内容
2018年1月に(みなし)仮想通貨交換業者のコインチェックから多額の仮想通貨NEMがクラックにより失われた
※2018年2月4日時点の報道された情報による
い 電子計算機使用詐欺罪への該当性の発想
機械をだまして仮想通貨(価値のある情報)を不正に取得した
詳しくはこちら|仮想通貨を『価値記録』とする公的見解(答弁書・中間報告・WG報告)
→電子計算機使用詐欺罪に該当するという発想がある思われる
う 電子計算機使用詐欺罪の成否
ノードによる送金(送信)の承認システムでは,送金者が秘密鍵を持っているかどうかを判定する
送金者(秘密鍵の使用者)が誰かを判定することは目的となっていない
→秘密鍵を使用して送金する行為が虚偽の情報を電子計算機に与えた,とはいえない
→電子計算機使用詐欺罪は成立しないと思われる
え 刑法の場所的適用範囲
クラッカーの所在地(操作をした場所)が日本国外である場合,日本法(刑法)が適用されない可能性もある
(秘密鍵を保管していたサーバーの所在地にもよる)
詳しくはこちら|刑法の適用範囲|準拠法|条例の適用範囲→属地主義が原則
本記事では,電子計算機使用詐欺罪が刑法に設けられた経緯について説明しました。
実際の事案では,個別的な事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際には,電子計算機使用詐欺罪に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。