【管理規約の設定決議における『特別の影響』・承諾の要否の具体例】
1 管理規約の設定決議における『特別の影響』・承諾の要否の具体例
2 管理費の負担割合変更→承諾必要・最小限度なら不要
3 法人と個人の費用負担の差→無効
4 割安な管理費の回復→承諾不要
5 使用頻度による費用負担の増額→承諾必要
6 非居住者と居住者の費用負担の差→承諾不要
7 無償の専用使用権の有償化→承諾必要
8 駐車場と他の部分の管理費の差→承諾不要
9 駐車場の料金増額→承諾不要
10 住居専用規定の新設→承諾必要
11 住居専用規定の廃止→承諾必要
12 ペット禁止の確認的な新設→承諾不要
13 経過措置付のペット禁止→有効
1 管理規約の設定決議における『特別の影響』・承諾の要否の具体例
分譲マンション(区分所有建物)の総会(集会)の決議では,一定の区分所有者に特別の影響を及ぼす規約を作るには,区分所有者全体の利益との比較によって,その区分所有者の承諾を得ることが必要になります。
詳しくはこちら|管理規約の設定・変更の基本(手続・有効性・承諾の要否)
実際に決議しようとしている内容が,特別の影響を及ぼすといえるかどうかをはっきりと判断できないこともあります。これについては,過去の実例・具体例が参考になります。
本記事では,特別の影響(承諾の要否)についての判断の具体例を説明します。
2 管理費の負担割合変更→承諾必要・最小限度なら不要
管理費や修繕積立金の負担は,区分所有者全員が負担するとともに,メリットも受けます。そこで平等であることが求められます。
そこで,負担割合を変更することは原則的に特別の影響を及ぼすといえます。しかし,手間を省略するという合理的な目的で最小限度の調整をする程度であれば特別の影響を及ぼすことが否定されることもあります。
<管理費の負担割合変更→承諾必要・最小限度なら不要>
あ 頭数均等方式
規約で,管理費や修繕積立金の負担割合について,専有部分の床面積や共用部分の共有持分の大小を問わずに,区分所有者間で同一である旨を定める
→一部の区分所有者に過度の負担を課すことになる
→『特別の影響を及ぼす』といえる
=承諾が必要である
い 一定の調整による簡略化
管理費や修繕積立金の負担割合について,専有部分の床面積に従うことによる計算の複雑化を避けるために,規約で単に最小限度の調整をした
→『特別の影響を及ぼす』ものではない
=承諾は不要である
※稻本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p201
3 法人と個人の費用負担の差→無効
管理費・修繕積立金の負担について,法人と個人で1.7倍の差を設けるという規約の変更について,裁判所は合理性がないために無効であると判断しました。
<法人と個人の費用負担の差→無効>
あ 規約の内容
管理費などの負担割合について
法人である区分所有者と個人である区分所有者で差を設ける
い 決議の内容
これに基づいて,集会で,法人の負担を個人の負担の1.7倍とする決議をした
う 裁判所の判断
『あ・い』は『特別の影響を及ぼす』にあたる
→区分所有法31条1項後段の趣旨や民法90条に反する
→無効である
※東京地裁平成2年7月24日
4 割安な管理費の回復→承諾不要
管理費・修繕積立金は特に平等な扱いが要請されます。そこで変更することは不合理であると判断される傾向があります(前記)。
この点,従前の費用設定自体が不合理であったケースで,費用負担の変更は適正な内容に戻すものであるとして,裁判所は有効(合理的)であると判断しました。
<割安な管理費の回復→承諾不要>
あ 従前の状況
特定の区分所有者の管理費などを長期間,合理的な理由もなく低額に定めていた
い 管理費の回復
規約変更により『あ』の管理費を増額した
う 裁判所の判断
『特別の影響を及ぼす』にはあたらない
=承諾は不要である
→集会決議は有効である
※東京地裁平成23年6月30日
5 使用頻度による費用負担の増額→承諾必要
リゾートマンションでは,各戸のオーナーによって使用頻度が大きく異なる傾向があります。
そこで,使用頻度によって管理費などの負担に差を設ける規約変更がなされたケースがあります。裁判所は,合理性がないと判断し,負担が増える区分所有者の承諾がない限りは規約変更を無効としました。
<使用頻度による費用負担の増額→承諾必要>
あ 規約の内容
リゾートマンションにおいて
各居室を不定期に保養施設として使用する範囲を超えて使用することを原則として禁止する
そのような使用者に通常より高額の管理費などの支払義務を課す
い 裁判所の判断
居室所有者の区分所有権に『特別の影響を及ぼす』にあたる
=承諾が必要である
→(承諾がなかったため)無効である
※東京高裁平成21年9月24日
6 非居住者と居住者の費用負担の差→承諾不要
区分所有者全体で行う住民活動について,居住者の方が非居住者よりも大きな負担をしていることもあります。
そのような理由で,非居住者だけ住民活動協力費として一定額を負担するという規約変更について,裁判所は合理的であると判断しました。つまり,特別の影響を及ぼすとはいえないという判断です。
<非居住者と居住者の費用負担の差→承諾不要>
あ 規約変更の内容
非居住区分所有者は,居住区分所有者の管理費に加えて月額2500円の住民活動協力費を負担する
い 裁判所の判断
非居住区分所有者は管理組合の役員になる義務を免れる
一方で,他の区分所有者の貢献によって維持される利益を享受している
→この規約の変更は『特別の影響を及ぼす』にはあたらない
=承諾は不要である
※最高裁平成22年1月26日
7 無償の専用使用権の有償化→承諾必要
特定の区分所有者が屋上・敷地などの特定部分について専用使用権を有するケースもあります。
専用使用(権)の対価が無償であったものを有償に変更したことについて,裁判所は合理性がないと判断し,不利益を受ける区分所有者の承諾がない限り無効としました。
<無償の専用使用権の有償化→承諾必要>
あ 従前の状況
地下鉄駅前の至近距離にある住居・店舗併用型マンションにおいて
店舗部分の区分所有者が,屋上・外壁の一部・敷地について無償の専用使用権を有していた
い 規約変更の内容
『あ』の専用使用権を有償にする規約の変更をした
う 裁判所の判断
当該区分所有者の権利に『特別の影響を及ぼす』といえる
→承諾なく行った規約変更は無効である
※東京高裁平成8年2月20日
8 駐車場と他の部分の管理費の差→承諾不要
管理費によって管理する対象部分にはいろいろなものがあります。立体駐車場もその1つです。
立体駐車場の管理・維持の費用が大きいために,他の部分よりも高い管理費の設定に変更(増額)したことについて,裁判所は合理性があると判断し,特定の区分所有者の承諾がなくても有効としました。
<駐車場と他の部分の管理費の差→承諾不要>
あ 規約の内容
立体駐車場の部分の管理費を,その他の部分の管理費とは別異に取り扱って高くする
い 裁判所の判断
正当な理由がある
『特別の影響を及ぼす』にはあたらない
=承諾は不要である
立体駐車場の区分所有者はその規約に服さなければならない
※東京高裁昭和63年3月30日
9 駐車場の料金増額→承諾不要
マンションの駐車場については,管理組合が料金を設定しているはずです。駐車場の料金の増額について,裁判所は実質的な増額の理由を考慮し,合理性がある(受忍限度内)と判断し,特定の区分所有者の承諾を得ていない規約変更を有効としました。
<駐車場の料金増額→承諾不要>
あ 規約変更の内容
駐車場の料金を増額する
い 裁判所の判断
規約変更(増額)の必要性・合理性がある
変更内容(増額幅)が社会通念上相当な範囲である
→受忍限度を超えない
→『特別の影響を及ぼす』とはいえない
→承諾なく行った規約変更は有効である
※最高裁平成10年10月30日
10 住居専用規定の新設→承諾必要
主に居住用のマンションでは,管理規約に住居専用規定が設定されていることが多いです。
詳しくはこちら|標準管理規約|住居専用規定・貸与規定|基本|解釈論
新築当時から住居用のマンションであれば問題ありません。しかし,既に商業用として使用している現状がある場合に住居専用規定を新設するという場合は,商業利用をしている区分所有者は想定外のダメージを受けます。
そこで,商業利用をしている区分所有者に特別の影響を及ぼすものとして,この区分所有者の承諾がない限り規約変更は無効となります。
<住居専用規定の新設→承諾必要>
あ 従前の事情
規約に住居専用規定はなかった
既に住居以外の形態で使用している区分所有者がいる
い 規約変更の内容
住居専用規定を新たに設定する
う 解釈
既に非居住用途として使用している区分所有者の権利に『特別の影響を及ぼす』といえる
→当該区分所有者の承諾が必要である
※稲本洋之助ほか編著『コンメンタール マンション標準管理規約』日本評論社2012年p54
11 住居専用規定の廃止→承諾必要
前記の逆に,既に住居専用規定があるケースで,これを廃止するという規約の変更も問題となります。
既に住居専用という前提で居住している区分所有者にとっては特別の影響を及ぼすといえます。この区分所有者の承諾が必要となります。
<住居専用規定の廃止→承諾必要>
あ 従前の事情
規約に住居専用規定があった
既に住宅用途として使用している区分所有者がいる
い 規約の廃止
住居専用規定の廃止(変更)をする
う 解釈
既に住宅用途として使用している区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすといえる
→当該区分所有者の承諾が必要である
※稲本洋之助ほか編著『コンメンタール マンション標準管理規約』日本評論社2012年p54
12 ペット禁止の確認的な新設→承諾不要
従来はペット禁止のルール(規約)がなく,実際に一部の区分所有者がペットを飼っているマンションもあります。
ここで,ペット禁止の規約を新設すると,当然,ペットを既に飼っている区分所有者は想定外の不利益を受けます。しかし,このような規約変更について,ペットを飼っている区分所有者の承諾は必要ないと判断した裁判例があります。
これは,ペットを飼育することは軽視される(保護されない)という単純な判断ではありません。実は,当初から,規約(ルール)として文面化されていなかっただけで,分譲時の入居案内などのアナウンスにより,区分所有者全体でペット禁止ということは十分に認識されていた,という特殊事情があったのです。
裏を返せば,もともとペット禁止ルールがないのにある日ペット飼育を禁止することは不合理であり,既にペットを飼っている者の承諾が必要となる可能性が高いです。
<ペット禁止の確認的な新設→承諾不要>
あ 当初の状況
分譲時の入居案内により従前から区分所有者間にペットの飼育は禁止されているとの共通認識があった
※横浜地裁平成3年12月12日;『う』の原審
い 規約の内容
規約中にペットの飼育を禁止する規約を新たに設けた
う 裁判所の判断
現に犬を飼っていた区分所有者が受ける不利益は受忍限度を超えない
規約変更について当該区分所有者の承諾は不要である
※東京高裁平成6年8月4日
※東京地裁平成6年3月31日;同趣旨
13 経過措置付のペット禁止→有効
前記と同じように,ペット禁止の規約変更が問題となったケースを紹介します。
当初から(小鳥・魚類以外の)ペットを禁止する規約がありました。
これに違反して犬を飼っている区分所有者がいました。そこで管理組合は一代限り(今いる犬を手放さなくてよいが,その犬が亡くなったらもう別の犬を飼うことはしない)という譲歩した策を提案しました。しかし,犬を飼育していた者はこれも受け入れず新たな犬を飼い始めました。
裁判所は,管理組合の譲歩と飼い主の行動の不合理性から,ペット飼育を中止する決議は有効であると判断しました。
<経過措置付のペット禁止→有効>
あ 規約の内容
『小鳥・魚類以外の動物の飼育』を禁止する規約が当初よりあった
い 違反者への対応
区分所有者Aが『あ』に違反していた
管理組合が集会において『元に犬猫を飼育している者でペットクラブを創設し,一代限りの飼育を認める』決議をした
Aはこれに従わず,新たに犬の飼育を始めた
管理組合はAに飼育の中止を求めた
う 裁判所の判断
規約は明確で公平である
→規約,決議は許容できる
※最高裁平成10年3月26日
本記事では,管理規約を設定する総会決議の特別の影響(承諾の要否)の具体例について説明しました。
説明した具体例の内容からもお分かりのとおり,多くの事情を総合的に考えて,特別の影響があるといえるかどうかを判断しています。簡単に判断できないことが多いです。
実際に総会の決議に関するトラブルに直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。