【口頭の提供の要件の『債務履行に要する債権者の行為(協力)』】
1 口頭の提供の要件の『債務履行に要する債権者の行為(協力)』
2 損害賠償債務(持参債務)の口頭の提供(否定)
3 取立債務における口頭の提供(肯定)
4 取立債務における口頭の提供(特殊事情により否定)
5 弁済場所の問い合わせを債権者の協力とした判例
6 建物修繕への協力拒否と口頭の提供(肯定)
7 保険金額の提示と口頭の提供(否定)
1 口頭の提供の要件の『債務履行に要する債権者の行為(協力)』
債務の弁済について,口頭の提供で足りる状況は2つあります。
その1つは債務の履行に債権者の行為を要するというものです。
詳しくはこちら|口頭の提供の基本(条文・口頭の提供が認められる要件と方法)
本記事では,この『債務の履行に要する債権者の行為(協力)』の内容について説明します。
2 損害賠償債務(持参債務)の口頭の提供(否定)
一般的に債務の履行場所は債権者の住所地となっています(持参債務)。
損害賠償債務もこれが当てはまります。そこで債権者の協力がなくても債務の弁済は可能です。他に特殊な事情がなければ口頭の提供で足りることにはなりません。
<損害賠償債務(持参債務)の口頭の提供(否定)>
あ 受領の催告(前提)
損害賠償債務の債務者が債権者に受領を催告(通知)した
い 債権者の協力の必要性(否定)
損害賠償債務は金銭債務である
債権者の住所地が弁済場所である(持参債務)
※民法484条
→債権者の協力を要する債務ではない
う 受領を拒絶する態度(否定)
債務者が金額を提示していなかった
債権者が受領を拒絶した事実はなかった
え 口頭の提供の有効性
口頭の提供としては無効である
※東京地判平成21年12月4日
3 取立債務における口頭の提供(肯定)
取立債務(履行場所が債務者の住所地)は,債権者が債務者を訪問しないと弁済ができません。
そこで,債権者が債務者を訪問しない場合には,債務者は口頭の提供をすることができます。
<取立債務における口頭の提供(肯定)>
債務の履行について要する債権者の行為の典型例とは
取立債務(弁済場所が債務者の住所地)において
債権者が債務者の住所に履行を受領するために赴く行為である
※大判大正9年11月4日
※大判昭和15年10月25日
4 取立債務における口頭の提供(特殊事情により否定)
取立債務については,通常,債務弁済のために債権者の協力が必要です。そこで口頭の提供が可能です(前記)。
しかし,対立的な状況において,賃貸人と賃借人の間のやりとりの中で賃料を(賃貸人に)持参することの要請があったために,口頭の提供に加えて賃料を取りに来るように伝えることも必要と判断されたケースがあります。
非常に特殊な事情が前提となっているので,あまり一般化はできません。
<取立債務における口頭の提供(特殊事情により否定)>
あ 取立債務の合意
賃貸借契約の賃料の支払について取立債務が合意されていた
い 賃料の持参の督促
賃料の増額紛争が生じた
賃貸人が賃借人に,適正な賃料額を請求して持参を促した
う 弁済提供の内容
賃借人は支払準備をしてその旨を通知することが必要である(口頭の提供)
さらに,債権者に取立を促すことも必要である
→一部が欠けると債務不履行に陥る
※東京高判昭和47年4月11日
※最判昭和43年8月2日
※最判昭和47年1月20日
5 弁済場所の問い合わせを債権者の協力とした判例
物品の売買で引渡場所が問題となったケースがあります。
前提として,売主が引渡場所を指定できる状況でした。ところが,売主が品物を準備した段階でこれを買主に伝えなかったところ,どちらも引渡場所の指定・要求をしない状態となってしまいました。
純粋に考えると,引渡場所を指定するのは売主なので,買主に落ち度はないといえます。しかし,裁判所は,買主としても最低限引渡場所を問い合わせる連絡をすればよかったと考えました。結局,買主(債権者)の協力が欠けるとして,口頭の提供が認められる状況とされました。
<弁済場所の問い合わせを債権者の協力とした判例>
あ 売主による引渡場所の指定
売主(債務者)が目的物の引渡(納品)場所を指定できる慣習があった
売主は買主(債権者)に引渡の準備が整ったことを通知した
具体的な引渡場所を指定していなかった
い 買主による問い合わせの欠如
一方,買主は,売主に対して引渡場所の問い合わせ・確認をしなかった
う 裁判所の判断
買主(債権者)の協力が欠けると判断された
※大判大正14年12月3日
6 建物修繕への協力拒否と口頭の提供(肯定)
建物を修繕するという義務の履行について,口頭の提供が問題となったケースです。
賃貸人が修繕をするためには物理的に賃借人の協力が必要になります。しかし賃借人は協力しませんでした。
裁判所は,賃借人(債権者)の協力が欠けるために口頭の提供で足りると判断しました。
<建物修繕への協力拒否と口頭の提供(肯定)>
あ 建物の賃貸人の修繕義務
建物賃貸借において,隣の建物が倒れかかって危険な状況にあった
隣の建物の修繕のために賃貸人が賃借人に修繕に必要な品物の移動の協力を求めた
い 賃借人の拒否
賃借人は,隣の建物の解体が必要であると主張して,その要請に応じなかった
う 裁判所の判断
賃借人(債権者)による債務履行の協力が欠ける
→賃貸人(債務者)による履行の提供があると認めた
※最判昭和45年10月13日
7 保険金額の提示と口頭の提供(否定)
少し変わったケースとして,自動車事故の保険金請求に関して口頭の提供が問題となった裁判例があります。
保険会社は,交渉途中の保険金額の提示(提案)が口頭の提供にあたると主張しました。これが認められれば遅延損害金が大幅にカットできるのです。
しかし,あくまでも交渉の一環としての提案なので実際に支払う準備とは遠いでしょう。裁判所は口頭の提供として認めませんでした。
<保険金額の提示と口頭の提供(否定)>
あ 交通事故の保険金の交渉
保険会社が交通事故の被害者に支払保険金額を提示した
その後,被害者が保険金請求を行った
被害者は遅延損害金を請求した
保険会社は当初の保険金額の提示を口頭の提供であると主張した
い 裁判所の判断
保険金額の提示は
単なる保険金請求に関する交渉中の資料としての提示にすぎない
→何らの法律効果を生ずるものではない
=弁済の提供として認めない
※大阪地判平成20年7月4日
本記事では,口頭の提供の要件の1つである債務履行に要する債権者の行為(協力)について説明しました。
実際には,債権者の行為が必要といえるのかという点が問題となりやすいです。
実際に債務の弁済(支払,納品)についての問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。