【現金(金銭・貨幣)の特殊性による法的性質や解釈の全体像】
1 現金の特殊性による法的性質や解釈の全体像
2 現金の法的扱いの解釈において考慮する利害関係
3 現金の法的扱い・解釈の項目(論点)
4 現金についての『物』・占有・所有権の規定の適用(概要)
5 現金の占有イコール所有権理論(概要)
6 占有イコール所有権理論を元にした他の解釈
7 現金への民法の基本的規定の適用の有無
8 刑事手続における被害者還付
1 現金の特殊性による法的性質や解釈の全体像
現金(金銭・貨幣)は,一般的な財産と比べて,非常に変わっている特徴を持ちます。そのため,法律的な扱い(解釈)としても,通常とは異なる扱いを受けます。
現金の法的扱いの内容にはとても多くのものがあります。
本記事では,現金の法的扱いのうち基本的なもの(全体像)を説明します。
2 現金の法的扱いの解釈において考慮する利害関係
現金についての多くの法的扱いの解釈において共通することは,実際の利害のバランスをとるということです。
典型例として,現金が盗まれた後に犯人が第三者にその現金を支払ったようなケースを想定すると分かりやすいです。
元の所持者(原所有者)としては現金を戻して欲しいですし,一方,支払を受けた第三者が現金を戻さなくてはならないとしたら,一般論として安心して現金を受取ることができなくなります。
このような複数の立場の者の利害関係が,現金に関する法律的解釈全体のベースとなっています。
<現金の法的扱いの解釈において考慮する利害関係>
あ 原所有者の保護
現金の原所有者の保護
い 流通・取引の保護
ア 金銭の流通性イ 取引の安全ウ 他の債権者への影響を回避する ※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p103
3 現金の法的扱い・解釈の項目(論点)
現金の法的扱い(解釈)の内容にはとても多くのものがあります。
大きく分類すると,物権と(債権的な)返還請求権に分けられます。消滅時効という問題もありますが,債権ではないので一般的に消滅時効の適用は否定されています。
<現金の法的扱い・解釈の項目(論点)>
あ 物権(追及効・即時取得)
取引の安全の観点から現金の追及効を制限するか
即時取得の制度を現金にも適用するか
現金についてはどこまで動産法の法理を適用するか
い 返還請求権の優劣
現金の原所有者の返還請求権に優先的効力を認めるかどうか
具体例=原所有者に取戻権や第三者異議を認めるか
う 消滅時効
現金の原所有者の権利が消滅時効にかかるか
※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p104
4 現金についての『物』・占有・所有権の規定の適用(概要)
前記の解釈の項目のうち,物権に関するものの内容は,さらにいくつかに分けられます。
まず,一般的な見解では,現金は民法上の『物』に該当することで共通しています。
そして,一般論としては『物』については,民法上の占有・所有権の規定が適用されます。しかし,現金は特殊性を持つので,解釈上,占有・所有権の規定の大部分が適用されません。
詳しくはこちら|現金の特殊性による変則的な占有・所有権の扱い
このように,現金は,基礎的な民法の規定の適用が解釈で排除されているのです。この点,実は,以前から,将来登場するペーパーレス現金について,解釈の範囲を超えるので立法(法整備)で対応すべきである,という指摘がなされています。
詳しくはこちら|ペーパーレス現金の所有権(排他的権利)の立法論・株券との比較
5 現金の占有イコール所有権理論(概要)
現金についての占有・所有権の扱いは,通常の財産とは大きく違います(前記)。
具体的には,占有と所有が一致するという理論がほぼ確立しています(判例・通説)。
詳しくはこちら|現金についての占有イコール所有権理論(法理)の基本的内容
しかし,あまりにも単純化しすぎるために,そのまま適用すると個別的な利害にアンバランスが生じるという批判もあります。
詳しくはこちら|現金の占有イコール所有権理論への批判・外国の法令や解釈の例
6 占有イコール所有権理論を元にした他の解釈
前記のように,現金については占有者が所有権を持つという解釈が主流です。
これを前提とすると,多くの別の問題が解決します。
現実に現金を受け取った者は,その後に本来の所有者に対して返還する必要はなくなるということになるのです。むしろ,返還しなくて済むようにするための解釈が占有イコール所有権理論であるともいえます。
<占有イコール所有権理論を元にした他の解釈>
あ 物権的返還請求
物権的返還請求権は原則的に否定される
詳しくはこちら|現金についての物権的返還請求権の原則的な扱い(否定)
い 不当利得返還請求
不当利得返還請求は原則的に否定される
詳しくはこちら|現金の不正な取得と不当利得返還請求(主観・因果関係の判断)
う 即時取得
即時取得は適用されない(適用する必要がない)
詳しくはこちら|現金の即時取得(判例の流れ・不当利得との関係)
え 横領罪
現金の横領罪は原則的に成立しない
例外的に成立するケースは多い
詳しくはこちら|現金(金銭)についての横領罪(占有・所有の解釈・一時流用)
7 現金への民法の基本的規定の適用の有無
現金について占有イコール所有権理論を適用すると,さらに別の法的扱いでも,一般的な取引とは違う扱い(解釈)が出てきます。
まず,現金の交付には行為能力が不要となります。また,現金の交付の原因となった契約が無効となっても現金の所有権は戻らないということになります。
いずれも常識的には当然だと思いますが,法的には占有イコール所有権理論を使った結果なのです。
<現金への民法の基本的規定の適用の有無>
あ 行為能力の要否
一般的に占有の移転には行為能力は必要ない
現金の占有(=所有権)の移転もこれに該当する
原則的には制限行為能力者の交付・受領は取消の対象にはならない
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p268
ただし現在では被保佐人・成年被後見人が元本の受領をする場合には保佐人・後見人の同意が必要である
※民法13条1項1号
い 原因行為との分離
原因をなす行為(債権契約など)が取り消されることはある
この場合にも現金の所有権が現状に復するわけではない
単に取得した貨幣の数額に相当する数額の貨幣の返還or回復が問題となるにとどまる
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p268,269
8 刑事手続における被害者還付
以上は現金の法的扱いのうち民事的なものでした。
ところで,刑事手続でも現金の扱いが問題となることがあります。被害者還付の手続です。
とはいっても,民事的な返還請求権の有無に応じて被害者還付を行うことになります。純粋に刑事手続独自の問題というわけではありません。
<刑事手続における被害者還付>
A(犯人)が偽造小切手により銀行から現金を騙取した
この現金がAの住居で発見された
→捜査機関は被害者還付を銀行へなしうるかも一応問題となる
※川島武宣ほか編『新版注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p152
本記事では現金の特殊性による法解釈の基本的・全体的な内容を説明しました。
これらの理論は,従来の現金や仮想通貨に関する実際の広範な問題の解決をする時に,ベースとして使うことがあります。
実際に現金や仮想通貨の法解釈に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。