【現金の特殊性による変則的な占有・所有権の扱い】
1 現金の特殊性による変則的な占有・所有権の扱い
2 現金の『物』該当性と一般的な所有・占有権の扱い
3 現金の特徴(一般的な動産と異なる点)
4 現金の特殊性による変則的な『物』・占有・所有権の扱い
5 占有イコール所有権理論(概要)
6 個別事情による現金の純粋な動産扱い(概要)
1 現金の特殊性による変則的な占有・所有権の扱い
現金(金銭・貨幣)には,一般的な財産とは大きく違う特徴があります。
そのため,多くの法解釈で特殊な扱いを受けます。
詳しくはこちら|現金(金銭・貨幣)の特殊性による法的性質や解釈の全体像
本記事では,現金の法的扱いのうち,占有・所有権に関する解釈を説明します。
2 現金の『物』該当性と一般的な所有・占有権の扱い
まず,現金は民法上の『物』に該当するという見解が一般的です。
そして,『物』の一般論としては,占有権・所有権が成立して,民法上の占有・所有権に関する規定が適用されることになります。
<現金の『物』該当性と一般的な所有・占有権の扱い>
あ 動産(『物』)への該当性
現金(銀行券・貨幣)は有体物である
→民法上の『物』(の中の動産)である
※民法85条,86条2項
い 一般的な『物』の性質
所有権(う)と占有権(え)が成立するはずである
詳しくはこちら|所有権の客体の適格性(要件)の基本的な内容
う 所有権の実質
支配しうるという法的可能を内容とする(民法206条)
え 占有権の実質
現実の支配そのものに伴って認められる(民法180条)
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p265,266
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p124,125
3 現金の特徴(一般的な動産と異なる点)
ところで現金は,他の一般的な財産(動産)とは大きく異なる特徴があります。
高度の代替性があり,個々の現金には個性がありません。そして転々と流通するため,特定の持主が持ち続けるということは(一般論としては)想定されません。
これらは一般的な財産(動産)を想定してみると,現金だけ大きく違うことが分かるでしょう。
これらの特徴が法解釈に影響を与えます(後記)。
<現金の特徴(一般的な動産と異なる点・※1)>
あ 高度の代替性
強制通用力が国家により保障されている
高度の代替性を有する
個性がない=個々の現金への追及が問題とならない
物の交換手段ないし支払手段である
=徹底的に抽象化・観念化された交換価値そのもの(媒体)である
=現金は具体的な権利を券面上に表章しているのではない
債務者はその選択に従い各種の通貨をもって弁済できる(民法402条)
い 消費物・消費財としての性格
本質的に消費物or消費財としての典型的な性格を有する
交換社会における交換流通の手段として常に流動してやまない
『currency』の語源は走る性質である
現金は,1回限りの使用によって,その主体にとっての職能を果たす
もはや再びその手元には戻ってこない
現金が一定の主体の手元に停滞してそのまま貯蔵されていることは,現金本来の任務に反する
転々して所有者を換えて移りゆくところにその目的に適った存在理由を見出している
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p265
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p124
※林良平ほか編『新版注釈民法(2)総則(2)』有斐閣1991年p630
4 現金の特殊性による変則的な『物』・占有・所有権の扱い
前記のような現金の特殊性(特徴)から,現金の占有・所有権の扱い(解釈)は通常とは大きく異なってきます。
大雑把にいうと,所有権に関する規定は適用されないものが多く,一方,占有権については適用される傾向があります。
<現金の特殊性による変則的な『物』・占有・所有権の扱い>
あ 『物』・所有権・占有権の扱い(まとめ)
現金は動産ではあるが特殊性を持っている(前記※1)
『い〜え』の民法上の規定は直接には適用されないとする説が多い
い 『物』に関する規定(85〜89条)
う 所有権(209条)
所有権の承継取得や原始取得ないしは喪失に関する規定は妥当しない
え 占有権(180条)
占有権の取得及び喪失に関する規定が妥当する
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p268,269
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p124,125
お 外国の法的扱いの例(概要)
米国では現金を動産(物品)として扱わない
一方で破産手続において取戻権を認める扱いもある
詳しくはこちら|現金についての物権的返還請求権の原則的な扱い(否定)
5 占有イコール所有権理論(概要)
現金の占有・所有権の法的扱いの根幹的なものとして所有と占有の一致(占有イコール所有権理論(法理))があります。
一般的には定着している理論(解釈)といえます。
別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|現金についての占有イコール所有権理論(法理)の基本的内容
6 個別事情による現金の純粋な動産扱い(概要)
以上のように,現金は他の動産とは大きく異なるために,法的扱いも非常に特殊なものとなりました。
しかし,これには例外があります。
非常に限定的な状況では,現金であっても一般的な動産と違う特徴がないということもあります。典型例はケースに入れて丁寧に保管されている記念硬貨です。
このような特定性があるような状況では,一般的な動産と同じ法的扱いとなります。
詳しくはこちら|現金の即時取得(判例の流れ・不当利得との関係)
本記事では現金の特殊性による占有・所有権の扱い(法解釈)を説明しました。
これらの理論は,従来の現金や仮想通貨に関する実際の広範な問題の解決をする時に,ベースとして使うことがあります。
実際に現金や仮想通貨の法解釈に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。