【借地権譲渡許可の裁判と借地条件変更や増改築許可の裁判の併合申立】

1 借地権譲渡許可の裁判と借地条件変更や増改築許可の裁判の併合申立

借地権譲渡や増改築などについて地主が承諾しない場合は、裁判所の許可の手続(借地非訟手続)を活用する方法があります。
詳しくはこちら|4種類の借地非訟(裁判所の許可)手続(新旧法全体)
ところで実際の借地権の譲渡の際には、その後、建物を増改築するとか、再築(建替え)することを予定していることがとても多いです。
そうすると、複数の裁判(借地非訟手続)が必要となります。
実務では、法的な理論を少し緩和して、複数の裁判を併合して申し立てることが認められています。
本記事では、このような理論と実務的扱いについて説明します。

2 本来的(理論的)な複数の裁判の申立→別個の申立

まず、純粋に法律上の理論を当てはめると、借地権譲渡建物の増改築や条件変更は別の手続なので、それぞれを別個に申し立てることになります。具体的には、借地権譲渡が許可(認容)された後に実際に借地権譲渡(売買)の取引を終えて、その後に新たな借地人が増改築や条件変更の裁判の申立をするということです。

本来的(理論的)な複数の裁判の申立→別個の申立(※1)

あ 典型的状況

建物(+借地権)の譲渡後に建物の増改築や再築を予定している

い 本来的な借地非訟の裁判

本来ならば次のような順序で裁判の申立を行う
ア 借地権譲渡許可の申立 現借地人が借地権譲渡許可の申立をする
→借地権譲渡が許可(認容)された
→借地権の譲渡がなされた
イ 借地条件変更・増改築許可の申立 譲受人(新借地人)が、借地条件変更または増改築許可の申立を行う
※塩崎勤ほか編『新・裁判実務大系 借地借家訴訟法』青林書院2000年p331、332

3 借地権譲受予定者による条件付の申立→否定

また、新借地人となる予定の段階で、新借地人予定者が増改築許可や条件変更の申立をするという発想もあります。
しかし、条件付きで裁判所が判断(裁判)するということは認められていません。

借地権譲受予定者による条件付の申立→否定

あ 譲受予定者による譲渡許可の申立(否定)

借地権の譲受予定者は、借地権者ではない
借地権譲渡許可の裁判の当事者ではない
詳しくはこちら|借地権譲渡許可の裁判の申立人と申立時期

い 譲受予定者による条件変更or増改築許可の申立(否定)

借地権譲受予定者が譲受許可を条件として借地条件変更or増改築許可の申立をする
→申立はできない
※澤野順彦編『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p257
※塩崎勤ほか編『新・裁判実務大系 借地借家訴訟法』青林書院2000年p331、332

4 譲渡許可と条件変更・増改築許可の併合の可否→可能

(1)併合の可否に関する学説・裁判例

理論的には、前記のように、複数の裁判を別個に申し立てることになります。しかし2つの裁判は実質的に重複しているところが多いです。律儀に別個に申立をすると非常に不合理です。
そこで、実務では、実情を重視して、2つの裁判(非訟手続)を併合して申し立てることを認めています。
増改築許可や条件変更の手続も旧(現)借地人が申し立てることができるのです。もちろん、裁判所が許可(認容)した時には、その効果は、借地権を取得した新借地人が承継することになります。

併合の可否に関する学説・裁判例

あ 本来的方法の不合理性

本来的な複数の裁判の申立(前記※1)は
時間的にも訴訟経済的にも不経済である

い 実務的な併合申立

現借地人が、借地権譲渡許可の申立をするに際し、併合して借地条件変更または増改築許可の申立をすることができる
※横浜地決昭和44年8月22日(譲渡許可+条件変更)(後記※4
※東京地決昭和45年5月28日(譲渡許可+条件変更)(後記※2
※東京地決昭和48年3月6日(譲渡許可+条件変更)
※東京地決昭和48年3月12日(譲渡許可+増改築許可)(後記※3
※千葉地松戸支決平成2年5月21日(譲渡許可+増改築許可)(後記※5
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p475
※塩崎勤ほか編『新・裁判実務大系 借地借家訴訟法』青林書院2000年p331、332
※澤野順彦編『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p257
※市川太志稿『借地非訟事件の処理について』/『判例タイムズ967号』1998年5月p57、58

(2)昭和45年東京地決の引用(譲渡許可+条件変更)

借地権譲渡許可と借地条件変更の2つの非訟事件を併合した実例として、昭和45年東京地決を紹介します。

昭和45年東京地決の引用(譲渡許可+条件変更)(※2)

あ 経緯(計画内容)

本件土地は、着工中の環状八号線に面し、同線が完成すると、多量の交通量による振動、排気ガスを防ぐために本件建物を鉄筋に改築する必要があり、現に、最近本件土地附近においても鉄筋建物が建築されつつあるので、申立人の長男であり本件建物で歯科医を営む主文掲記のTおよびその妻Nに本件建物および本件土地賃借権を譲渡し、Tをして本件土地上に堅固建物を建築せしめたい計画であるが、賃貸人である相手方の承諾が得られないので、本件各申立に及んだ。

い 決定理由

本件の資料によれば、申立の要旨として掲げた前記1の事実のほか、本件土地は、環状八号線予定線から僅々一〇米の位置にあり、すでに同線の工事は開始されており、同線が完成すれば、本件土地が騒音、震動、排気ガス等の影響を大きく受けることが当然予想され、本件土地は、すでに準防火地域に指定され、本件土地附近においても環状八号線予定線を中心として鉄筋建物が建築されつつあることが認められるので、建物の構造に関する借地条件変更の申立は、鑑定委員会の意見と同様これを認容するのが相当であり、また、本件の資料によれば、Tは、申立人の長男にして、本件建物において歯科医を営み、Nは同人の妻であり、申立人が本件土地賃借権を右両名に譲渡しても、相手方の不利になるおそれはないと認められるので、土地賃借権譲渡許可の申立も、これを認容すべきである。
※東京地決昭和45年5月28日

(3)昭和48年3月東京地決の引用(譲渡許可+増改築許可)

借地権譲渡許可と増改築許可の2つの非訟事件を併合した実例として、昭和48年3月東京地決を紹介します。

昭和48年3月東京地決の引用(譲渡許可+増改築許可)(※3)

そして、借地権の譲渡予定者において、譲受後に建物改築を予定し、その具体的計画が定まつている場合には、現賃借人において、譲渡許可と増改築許可の各申立を同時になし得、裁判所はこれを併合して審理、裁判することができると解するのが相当である。けだし、増改築の許可の裁判は具体的な増改築の計画について、増改築を制限する旨の特約を一時的に排除する機能を有するもので、増改築をする主体が問題ではなく、具体的増改築計画が土地の利用上相当であるか否かが問題となるのであり、譲渡許可と増改築許可の申立を同時に裁判しても賃貸人に不利益を与えることはなく、手続の経済上便利、有利であるからである。(譲渡許可後に譲受人において増改築許可の申立をしなければならないとすることは両当事者にとつて煩瑣である。)
※東京地決昭和48年3月12日

5 譲渡許可と条件変更(増改築許可)の関係→不可分一体

(1)新版注釈民法→不可分一体

借地権譲渡許可と条件変更(または増改築許可)の2つの関係が問題になることがあります。それは、一方が棄却となったら他方だけ認容しても実益がないので、だったら両方とも棄却にした方が実情に整合する、という判断です。このようにセットが前提という考え方が実務では優勢です。

新版注釈民法→不可分一体

(譲渡許可と条件変更の併合のケースついて)
一方の申立が要件を具備しないときは、双方の申立は相互に条件をなしているとみられるのが通常だから、原則として双方の申立が棄却されるべきであろう(横浜地決昭44・8・22下民集20・7=8・594。反対:内田・前掲論文336)。
※鈴木禄弥・生熊長幸稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p475

(2)昭和44年横浜地決→不可分一体

前述の、セットが前提という考え方が示された裁判例を紹介します。ただ、この裁判例ではセットが前提の理屈が使われてるのは、介入権の判断の前提部分です。

昭和44年横浜地決→不可分一体(※4)

あ 併合→可能(前提)

一 本件借地条件変更許可申立事件に伴う本件賃借権譲渡許可申立事件(以上第二二号事件)において土地賃貸人(地主)Kから別紙目録記載の本件各建物及び借地権の優先譲受の適法な申立がされ(第三七号事件)、本件審問に顕われた一切の資料を綜合してこの申立を排斥すべき事情が認められず

い 条件変更と譲渡許可の関係→不可分一体(セットで棄却)

(本件土地賃貸権譲渡の許可を求める理由は借地人らがその先代亡石川権蔵の死亡〔昭和四二年一二月一二日〕に因る相続に伴う相続税の納付及び菓子製造販売の家業経営関係の借財の弁済に充てるため先づ借地法第八条ノ二第一項に則り本件土地の借地条件を非堅固建物所有の目的から堅固建物所有の目的に変更の許可を得た上その借地権をマンション建築業者S株式会社に譲渡するというもので、右各許可申立はいわゆる申立の客観的併合の関係にあるが、当裁判所は本件資料と鑑定委員会の意見とを綜合し検討した上本件借地については未だ同法条項に定める条件変更の相当性を認められないからこの申立は理由なきものとして棄却すべきであり、従つてこれを前提としこれと不可分の一体の関係にある右賃借権譲渡の許可申立もその目的を失つて棄却さるべきものとの結論に達したが、

う 介入権→譲渡許可の棄却でも生きている

しかしこのことは同法第九条ノ二第四項所定の同条第一項の申立(建物及び借地権譲渡許可申立)が不適法として却下された場合には該当しないから、なお地主の優先買受の申立は有効に存しこれにつき判断すべきである。)、却つて相当の対価を定めて右申立を認容することが具体的に妥当であると考えられるので、借地法第九条ノ二第三項に則り、この申立を認容する
※横浜地決昭和44年8月22日

6 譲渡許可と条件変更・増改築許可の併合における決定主文

では、借地権譲渡許可と借地条件変更(または増改築許可)の2つが併合されたケースでは決定主文はどうなるのでしょうか。借地条件変更や増改築の承諾料(許可の条件)を実際に支払うのは実際には譲受人(候補者)のはずです。ただ、譲受人は非訟手続の当事者ではありません。そこで、決定主文としては単に申立人が支払う、という記述になります。言い回しには多少のバリエーションがあります。
もちろん実際には借地権の譲受人が、(新たな)借地人として承諾料を支払うことになります。

譲渡許可と条件変更・増改築許可の併合における決定主文(※5)

あ 譲渡許可+増改築許可

ア 決定主文 一 申立人(現借地権者)が、本裁判確定の日から三か月以内に相手方に対し金四五〇万円を支払うことを条件として、別紙物件目録一記載の土地上に存する同目録記載の建物を取り壊して、別紙改築目録記載のとおりの建物を築造することを許可する。
二 申立人が、この裁判確定の日から三か月以内に、相手方に対し、七八八万円を支払うことを条件として、申立人が別紙物権目録一記載の土地についての賃借権を東京都千代田区霞が関一丁目一番四号有限会社裁判所に譲渡することを許可する。
イ 「申立人」の記載の注記 (増改築を行うのが、申立人ではなく譲受予定者である場合でも、増改築許可の主文には、「申立人」という表示をしているのが実務の扱いである。
譲受予定者は当事者ではないから、このような記載方法をとらざるを得ない)
※市川太志稿『借地非訟事件の処理について』/『判例タイムズ967号』1998年5月p58

い 譲渡許可+増改築許可

ア 平成2年千葉地松戸支決 主文
一 この裁判確定の日から六か月以内に、申立人らが、相手方に対し、いわゆる借地権譲渡承諾料として合計金一五三三万円、いわゆる増改築承諾料として合計金七九〇万円を支払うときは、申立人らが、左記1記載の内容の借地権譲渡及び同2記載の内容の増改築をすることを許可する。
(注・以下略)
※千葉地松戸支決平成2年5月21日
イ 平成元年東京地決 主文
一 申立人が、相手方に対し、この裁判確定の日から三か月以内に金六八二万五〇〇〇円を支払うことを条件として、申立人が別紙物件目録記載一の土地上に存する同目録記載二の建物を取り壊して同目録記載三の建物を築造することを許可する。
二 申立人が、相手方に対し、この裁判確定の日から三か月以内に金一五九〇万円を支払うことを条件として、申立人が別紙物件目録記載一の土地について有する賃借権を東京都世田谷・・・号Sに譲渡することを許可する。
三 申立人と相手方との間の別紙物件目録記載一の土地についての賃貸借契約の賃料を、前二項の許可の効力が生じた日の属する月の翌月一日以降月額金二万七〇〇〇円に改定する。
※東京地決平成元年4月7日

7 条件変更・増改築許可の認容決定の効果の承継→肯定

借地借家法57条では「最終の審問期日の後裁判の確定前の承継人」には決定の効力が及ぶと規定されています。
詳しくはこちら|借地非訟の裁判の効力が及ぶ者の範囲(借地借家法57条・借地法14条の10)
これだけを考えると、決定後の承継人には決定の効力(効果)は及ばないように思えます。
しかし、適法な借地権譲渡が行われた場合、実体上、譲受人(新たな借地人)が、従前の契約上の地位を承継します。
詳しくはこちら|賃貸人の承諾を得た賃借権譲渡の効果(契約上の地位の移転)
結論として、借地借家法57条とは関係なく、譲渡以前の「地主の承諾」やそれに代わる「裁判所の許可」(を得た状態)は承継されます(財産上の給付の債務名義としての効力は及びません)。

条件変更・増改築許可の認容決定の効果の承継→肯定

申立人たる土地賃借人は、譲渡等許可申立てと併合して条件変更又は増改築許可申立てをすることができる(・・・なお、賃借人が条件変更等の裁判を受けたときは、その効果は、許可にかかる賃借権譲受人に承継される)。
※澤野順彦編『実務解説 借地借家法 改訂版』青林書院2013年p257

本記事では、借地権譲渡許可増改築許可や借地条件変更を併合して申し立てることについて説明しました。
この方法も含めて、借地非訟手続は理論と実務をしっかりと把握して進めないと思わぬ不利益を受けることにつながります。
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