【現金の特徴のうち不特定性(識別できない)と特定される例外】

1 現金の特徴のうち不特定性(識別できない)と特定される例外
2 現金の不特定性の内容と特徴
3 現金以外の決済手段の不特定性
4 例外的な現金の特定(識別)
5 現金の特定・識別と物権的請求や即時取得(概要)
6 取引による現金の特定(識別)

1 現金の特徴のうち不特定性(識別できない)と特定される例外

現金(金銭・貨幣)の特徴には,匿名性・不特定性・代替性があります。
詳しくはこちら|現金の特徴(匿名性・不特定性・代替性)と入手の容易性
本記事では,その中の不特定性について説明します。

2 現金の不特定性の内容と特徴

現金の不特定性とは,文字どおり特定されないというものです。
現金は個性がない,つまり匿名性があるのです。そこで個々の紙幣や貨幣は特定されていないのです。
なお,不特定性現金だけが持つ特徴ではありません。
また,現金であっても特殊な事情があれば特定できることもあります。
さらに,一般的に現金の特定を認めるという見解もあります。

<現金の不特定性の内容と特徴>

あ 基本的内容

現金は匿名性を備えた価値表象物である
特定できない

い 特徴

ア 現金以外の決済手段にも不特定性がある(後記※1イ 例外的に現金が特定(識別)されることがある(後記※2ウ 特定(識別)を認める見解もある(後記※3

3 現金以外の決済手段の不特定性

現金は特定されないという特徴があります(前記)。
ところで,現金以外のいろいろな決済手段の中にも特定されないという特徴を持つものがあります。
例えば一定の有価証券は個性がないものもあり,これは民法上の種類物に分類されます。
このように,金銭種類物は個性がないという意味では同じです。しかし,これらが債権の目的となっている場合には,債務者の行為によって特定されるかどうかの点で違いが生じます。金銭は民法401条2項による特定は適用されないのです。

<現金以外の決済手段の不特定性(※1)

あ 種類物における不特定性

種類物(い)は不特定性を持っている
→不特定性は現金に限った特質ではない

い 種類物の内容

種類物とは,形状,品質などがまったく同じ種類に属する物である
→いったん同種類の物と混ざると区別不可能となる(ような物である)
具体例=同種の持参人払式の有価証券など

う 金銭と種類物の違い

金銭・種類物が債権の目的である場合
種類物特定できる(民法401条2項が適用される)
金銭特定できない(民法401条2項が適用されない)
詳しくはこちら|民法402条の『金銭債権・金銭・通貨』の意味(自由貨幣を含むか)
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p120

4 例外的な現金の特定(識別)

以上のように,現金には個性がないため,通常は特定(識別)されません。
しかし特殊な事情があると例外的に現金が特定(識別)されることもあります。
これに対して,現金の流通性を特に保護するために,特定(識別)したという扱いをしない(特定を許さない)という考え方もあります。現金の物権的請求権の解釈の中でこの考え方がよく使われます。

<例外的な現金の特定(識別・※2)>

あ 現金の特定の可否(原則)

原則として現金は特定できない
例外的に『い〜え』により現金の特定(識別)ができることがある

い 物理的な隔離による特定

封金にした・金庫に預けた

う 物理的特徴による特定

金属貨幣に刻み込まれた特徴(キズ)で識別できる

え 番号による特定

銀行券を番号によって特定した
ただし,民法の講学上,銀行券の記番号は現金を特定するものとしては考えられていないようである
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p121
※末川博稿『貨幣とその所有権』/『経済学雑誌1巻2号(1937年)』/末川博著『物権・親族・相続』岩波書店1970年所収p271,272

お 法的な特定の扱い

現金は個性がなく,また現金の高度な流通性を保護すべきである
→通説は物権的返還請求権を否定する(後記)
現金は特定できないというより特定を許されないものと捉えているようである
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p130

5 現金の特定・識別と物権的請求や即時取得(概要)

現金が特定(識別)されることは,物権的返還請求や即時取得を認めるための前提となります。ただし,特定(識別)できたとしても,解釈として物権的返還請求や即時取得を否定する傾向が強いです。
詳しくはこちら|現金についての物権的返還請求権の原則的な扱い(否定)
詳しくはこちら|現金の即時取得(判例の流れ・不当利得との関係)
その意味で,そもそも現金は特定(識別)を許さないという考え方がとられているともいえます。

6 取引による現金の特定(識別)

取引を元にして,その決済で使われた現金が特定(識別)されるという見解もあります。

<取引による現金の特定(識別・※3)>

あ 取引の特定(前提)

現金決済が行われた取引については
契約日・決済日・当事者・契約内容などによって特定できる

い 現金の特定

決済された現金の背後にある取引によって現金を特定することを認める見解もある
※古市峰子稿『現金,金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p120,121

本記事では,現金の特徴のうち不特定性について説明しました。
実際に現金の不特定性が問題となるのは,現金の盗難や紛失があった際の法律的な解決や,仮想通貨などの新しい決済手段の法的扱いを考える時などです。
実際に現金や仮想通貨の権利関係などの法的扱いの問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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