【工事前払金についての信託成立(最高裁平成14年1月17日)】

1 工事前払金についての信託成立(最高裁平成14年1月17日)
2 事案と争点の概要
3 前払金の管理方法
4 財産処分の要件の充足性の判断
5 一定の目的に従った管理・処分の充足性の判断
6 成立した信託の内容
7 信託財産であることの対抗力
8 破産手続における信託財産の倒産隔離の効力
9 信託成立を前提とした保証の履行などの事後処理
10 平成14年判例の規範性と意義

1 工事前払金についての信託成立(最高裁平成14年1月17日)

財産を預かった者が破産をすると,預かった財産の扱いが問題となります。そして,信託の成立を認めることにより,預けた者が救済されることがあります。
詳しくはこちら|預けた財産の権利の帰属と信託による倒産隔離の全体像
本記事では,預けた金銭について信託の成立を認めた平成14年の最高裁判例を説明します。

2 事案と争点の概要

問題となったのは建設工事の発注者が建設業者に預けた前払金です。建設業者が破産することになったので,前払金を全債権者への配当に使うのか,そうではなくそのまま全額を預けた発注者の返還するのか,という問題です。

<事案と争点の概要>

あ 事案

A県がN建設に建設工事を発注した
A県は前払金をN建設に送金し,預けた
N建設が破産した

い 争点

前払金は破産財団となるのか
またはA県の取戻し(破産法62条)が可能であるか
※最高裁平成14年1月17日

3 前払金の管理方法

信託が成立しているかどうかを判断するための基準があります。大雑把にいうと,財産処分と一定の目的による管理の拘束(制限)を内容とする合意があれば信託の成立を認めるというものです。
詳しくはこちら|契約による信託の成立の要件・判断基準(信託の性質決定)
財産を預けた具体的な状況によって結論が決まります。この事案では,前払金を発注した工事にのみ用いるということがはっきりと分かるような状況でした。

<前払金の管理方法>

あ 独立口座での管理

金銭債権について別口専用口座で保管されていた

い 払出の制限

預金の払出について厳格な措置が設けられていた(え〜か)

う 金融機関の関与

預入先金融機関がその仕組みを知っていた
当該金融機関自体が委託契約により拘束を受けていた

え 公共工事請負契約約款の主な内容

『前払金を工事の必要経費以外に支出してはならない』

お 保証事業法の監査の規定

保証事業会社は請負者が前払金の使用の適正さについて厳正な監査を行う義務がある
※保証事業法27条

か 前払金保証約款の主な内容

前払金の保管,払出しの方法
保証会社による前払金の使途についての監査
使途が適正でないときの払出し中止の措置など
※保証事業法12条1項
※最高裁平成14年1月17日

4 財産処分の要件の充足性の判断

前払金が支払われた後,預かった建築業者Nの名義の預金口座で保管されていました。そこで,信託の成立の判断基準のうち財産処分の合意は肯定されます。

<財産処分の要件の充足性の判断>

あ 財産処分の要件(前提)

伝統的な信託の成立の要件の1つとして
財産権の移転その他の処分(の合意)がある

い 預金の管理状況

預金口座の名義はNであった
預金口座はNが管理していた

う 要件充足性(裁判所の判断)

Nが預金者である
→『あ』の要件を具備している
※最高裁平成14年1月17日
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p24

5 一定の目的に従った管理・処分の充足性の判断

当事者が合意した約款と,保証事業法の規定を合わせて考えると,前払金を預かった建設業者Nは前払金の使いみち(管理方法)が細かく制限(拘束)されていました。
そこで裁判所は,一定の目的による預かり資産の管理・処分の拘束を内容とする合意も肯定しました。

<一定の目的に従った管理・処分の充足性の判断>

あ 一定の目的に従った管理・処分の要件(前提)

伝統的な信託の成立の要件の1つとして
当該財産につき他人をして一定の目的に従い管理or処分させることがある

い 否定方向の事情

請負契約の約款
前払金を当該工事の必要経費以外に支出してはならないこと(目的)を定めるにとどまる
前払金の保管方法,管理・監査方法などは定めていない

う 肯定方向の事情

前払金の支払は,保証事業法の規定する前払金返還債務の保証がされたことを前提としている
保証事業法では,保証事業会社は当該請負者が前払金を適正に使用しているかどうかについて厳正な監査を行うことを義務付けている
※保証事業法27条

え 要件充足性(裁判所の判断)

AとNは『ア〜エ』の事項などを合意内容とした上で前払金の授受をしたといえる
→『あ』の要件を具備している
ア 前払金の保管イ 払出の方法ウ 保証事業会社による監査エ 使途が適正でないときの払出中止の措置 ※最高裁平成14年1月17日
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p24,25

6 成立した信託の内容

以上のように,財産の処分と管理の拘束を内容とする合意が肯定されたので,信託の成立が認められました。
成立した信託の内容を整理しておきます。

<成立した信託の内容>

成立時点 前払金が預金口座に振り込まれた時点
委託者 A県(工事の発注者)
受託者 N建設(工事の受注者)
受益者 A県(工事の発注者)
信託財産 前払金
目的 前払金を工事の必要経費の支払に充てること

※最高裁平成14年1月17日

7 信託財産であることの対抗力

信託が成立したからといって,預けた者に全額が返還される(倒産隔離の効力が生じる)とは限りません。信託財産であることの対抗力も認められる必要があるのです。
預金には登記や登録などの公示制度がないので,実際に他の財産とはっきり区別できる(分別管理義務が履行されている)状態であれば対抗力を認めることになります。
詳しくはこちら|信託財産の倒産隔離効(独立性)の要件(特定性・対抗力)
このケースでは,預金口座の名義や通帳の管理方法から,他の財産と識別できないようなことはまったくありませんでした。そこで,分別管理として十分なので倒産隔離の効力も認められました。

<信託財産であることの対抗力>

あ 対抗要件の要否

預金の性格(信託財産であること)についての登記・登録の方法がない
対抗要件は不要である

い 対抗力の条件=分別管理の内容

裁判所は『ア・イ』の2点から対抗力を認めた
ア 一般財産からの分別管理イ 特定性をもった保管 ※信託法3条1項,16条,63条
※最高裁平成14年1月17日

8 破産手続における信託財産の倒産隔離の効力

以上のように信託が成立して,かつ対抗力も認められたので,倒産隔離の効力が発生することになりました。
なお,この倒産隔離の効力は,現在の信託法には条文の規定として存在します。しかし,この判例(平成14年)にはこの規定はありませんでした。そこで解釈として倒産隔離の効力を認めたのです。

<破産手続における信託財産の倒産隔離の効力>

あ 信託法の規定(前提)

この時点では,信託法上に倒産隔離の規定がなかった
=現在の信託法25条1項

い 解釈による倒産隔離

前払金を信託財産とする信託が成立している(前記)
→前払金は破産財団を構成しない
※最高裁平成14年1月17日

9 信託成立を前提とした保証の履行などの事後処理

ここまでの判断の結果,倒産隔離の効力が発生し,前払金を預けた発注者Aは,前払金を最優先で取り戻せることになりました。
この点,実際には保証事業会社による保証が絡んでいるので,具体的な手続は少し複雑になります。

<信託成立を前提とした保証の履行などの事後処理>

あ 信託の終了

請負契約の解除により信託が終了する
信託終了と同時に委託者に預金債権が帰属する
※信託法62条

い 保証義務履行による代位

保証債務を履行した保証事業会社は,委託者に法定代位し,預金債権を取得する
保証事業会社は,請負の注文者に対し,信託終了後の法定信託の事務の履行として,対抗要件の具備を請求できる
※信託法63条
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p28

10 平成14年判例の規範性と意義

この判例は,信託の成立を判断した数少ない最高裁判例として,実務に大きな影響を及ぼす非常に重要なものです。
しかし,一般的な判断基準は示していません。単にこの事案の場合には信託が成立するという個別的な判断だけを示したのです。しかも,この事案は,どのような見解をとっても信託が成立することに変わりはありません。結局,現在でも信託の成立の判断基準がハッキリと決まっていない状態になっています。
一方,信託銀行以外の者(主体)が預かった資産について信託を認めたという意味では珍しいものでした。ただ,現在ではいわゆる民事信託として,信託銀行・信託会社以外が受託者となる信託は広く普及していて珍しいことではなくなっています。

<平成14年判例の規範性と意義>

あ 判例の規範性(概要)

本判決は,一般的な信託の成立の判断基準を示していない
事例判決にすぎない
詳しくはこちら|契約による信託の成立の要件・判断基準(信託の性質決定)

い 判例の意義

本判決は,信託銀行以外の者が金銭の預託を受けた場合に信託の成立を認めた
それ以前の最高裁の判例としては,最高裁昭和29年11月16日くらいである
※『最高裁判所判例解説民事篇 平成14年度(上)』法曹会2005年p28,29

本記事では,預けた資産について信託の成立を認めた最高裁判例を説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方によって信託の成立の判断は違ってきます。
実際に信託の成立(倒産隔離)の問題に直面されている方やこれから行う事業の中で信託の活用を検討されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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