【賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係(判例=対抗要件説)】
1 賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係
2 賃貸目的物の譲渡による賃貸人の地位の移転(前提)
3 賃貸人たる地位に関する対抗関係(判例=肯定)
4 対抗関係を否定する見解(有力説)
5 登記を効力要件とする過去の見解
6 賃借人からの承認(欠缺を主張する権利の放棄)
7 賃借権の認否に関する対抗関係(参考・概要)
1 賃貸人たる地位の承継と所有権移転登記の関係
賃貸中の物件(賃貸借の目的物)が譲渡されると,新所有者が賃貸人たる地位を承継します。いわゆるオーナーチェンジのことです。
そうすると,新所有者は,賃料請求などの賃貸人としての権利行使ができることになります。
しかしそのためには,対抗要件として所有権移転の登記が必要です。
本記事では,このように所有権移転登記が必要となる理論について説明します。
2 賃貸目的物の譲渡による賃貸人の地位の移転(前提)
賃貸目的物の譲渡により賃貸人の地位が移転するのは,基本的に,賃借権に対抗要件が備わっている場合です。
ここで,賃貸人の地位の内容は,賃貸借契約に基づく権利の行使や義務の履行です。いろいろなものを含みますが,具体的には,賃料請求や解約,契約終了の際の目的物の返還などです。
<賃貸目的物の譲渡による賃貸人の地位の移転(前提)>
あ 賃貸人たる地位の承継(概要)
対抗要件を備えた賃借権の目的物が譲渡された場合
→原則として新所有者は賃貸人たる地位を承継する
詳しくはこちら|対抗力のある賃借権の目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の承継(基本)
い 賃貸人たる地位の内容(権利・義務)
賃貸人の地位を承継することにより,賃貸借契約上の権利行使が可能となり,義務が課せられる
賃貸借契約上の権利行使や義務履行の具体的内容とは
賃料の請求や支払,解約,賃借物返還などである
3 賃貸人たる地位に関する対抗関係(判例=肯定)
前記のように新所有者が承継した賃貸人たる地位を賃借人に主張するには所有権移転登記が必要です。この登記の法的性質について,判例は対抗要件としています。
判例はいくつかの判断をしています。細かく分けると,まず,新所有者Aが賃貸人の地位を賃借人Bに対して主張(対抗)するためには登記が必要という判例があり,次に(逆に)Aが登記を得ていない場合には,Bは,「Aが賃貸人であることを否定できる」という判例があるのです。
平成29年の民法改正で,このような判例の解釈が民法605条の2第3項の条文として明記されるに至っています。
<賃貸人たる地位に関する対抗関係(判例+平成29年改正)>
あ 対抗関係を認める判例
所有権移転登記は,賃貸人の地位承継の対抗要件である(に過ぎない)
賃借人は民法177条の第三者に該当する
→新所有者が賃借人に対して賃貸借契約上の権利を主張する場合には,所有権登記がなければ賃借人に対抗することができない
※最高裁昭和25年11月30日(借地について)
※最高裁昭和39年8月28日(前提部分)
い 賃料請求に関する判例
賃料請求の関係について
賃借人は民法177条の第三者に該当する
※大判昭和8年5月9日(借地について)
※大判昭和16年8月20日
う 解約申入に関する判例
解約申入の関係について
賃借人は民法177条の第三者に該当する
※最判昭和49年3月19日(借地について)
え 平成29年改正(民法605条の2第3項)
(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第六百五条の二(略)
3 第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は,賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ,賃借人に対抗することができない。
※民法605条の2第3項
4 対抗関係を否定する見解(有力説)
前記のように,所有権移転登記が賃貸人たる地位の承継の対抗要件になるというのは確立した判例の理論です。
これに対して,相争う関係(両方が成立することはない関係)とはいえないので,対抗関係ではないという批判(反対説)もあります。
対抗関係を否定する見解が有力です。
<対抗関係を否定する見解(有力説)>
あ 対抗関係の否定
賃貸借契約上の権利を行使し,その義務を履行する関係は,すべて新所有者が賃借権の存在を認めた上で,行うものである
不動産上の物権的支配を相争うという関係は存在しない
→賃借人は民法177条の第三者に該当しない(対抗関係ではない)
※舟橋諄一『物権法 法律学全集(18)』有斐閣1960年p189
※川島武宜『民法Ⅰ 総論・物権』有斐閣1960年p169
※舟橋諄一ほか編『新版 注釈民法(6)物権(1)補訂版』有斐閣2009年p666
※『最高裁判例解説民事篇 昭和39年度』法曹会1965年p306〜310
※幾代通ほか篇『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p190参照
い 権利行使要件という指摘(参考)
この登記(注・譲受人の所有権取得の登記)は賃貸不動産の取得者が賃借人に権利行使するための権利行使要件であるとする説明もある。
※松尾弘稿/『新基本法コンメンタール 物権』日本評論社2020年p23
5 登記を効力要件とする過去の見解
古い判例には,賃貸人の地位の移転について,所有権移転登記は効力発生要件であるというものもありました。
ただし,現在の実務での理論は,前記の判例の理論(対抗関係)で統一されています。
<登記を効力要件とする過去の見解>
所有権移転登記は賃貸人の地位承継の効力発生要件である
※大判昭和16年8月10日
6 賃借人からの承認(欠缺を主張する権利の放棄)
判例では,所有権移転登記が賃貸人たる地位の対抗要件とされています(前記)。
理論的には,賃借人は登記の欠缺を主張できる第三者であるということになります。ということは,賃借人は登記の欠缺を主張しないこともできることを意味します。
そこで実際に,新所有者が登記を得る前であっても,賃借人の方から積極的に新所有者を賃貸人として認めることは認められています。
<賃借人からの承認(欠缺を主張する権利の放棄)>
あ 対抗要件の基本的機能
賃借人は,所有権移転の登記がない場合,登記の欠缺を主張することができる
い 権利の放棄(自主的承認)
賃借人は,登記の欠缺を主張する権利を放棄することができる
=自ら新所有者を賃貸人と認めることができる
※最高裁昭和46年12月3日
う 効力要件説からの結論(参考)
仮に所有権移転登記が賃貸人の地位承継の効力発生要件であるとすると
登記の欠缺を主張する権利の放棄(賃借人が自ら新所有者を賃貸人と認めること)はできない
7 賃借権の認否に関する対抗関係(参考・概要)
以上で説明したのは,賃貸借契約上の権利行使や義務履行に関して登記が対抗関係となるという理論や反対説でした。
この点,賃借権の認否(存否)については,賃借人と所有者(などの物権取得者)が対抗関係になることについて見解の対立はありません。
詳しくはこちら|民法177条の第三者に該当する者の具体的類型
本記事では,対抗力のある賃借権の目的物の譲渡によって新所有者が賃貸人たる地位を承継することを前提として,そのためには所有権移転登記が対抗要件として必要とされる理論について説明しました。
実際には,細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に不動産の譲渡に伴う賃貸借契約に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。