【共同の賃貸人(共有者)間の賃料支払方法の変更と口頭の提供の効力】
1 共同の賃貸人(共有者)間の賃料支払方法の変更と口頭の提供の効力
共有不動産において、複数の共有者の全員が賃貸人となっていることはよくあります。そのようなケースでは、賃料の支払について問題が生じることが多いです。
詳しくはこちら|共有不動産の賃貸借の賃料(賃料請求権の帰属・賃貸人の相続の際の賃料供託)
本記事では、賃料を誰に払うべきかということについて対立が生じたケースの裁判例を紹介します。
法的には、賃料支払方法の変更に必要な要件が問題になったのです。これに伴って、口頭の提供が成り立つかどうかも問題となりました。
少し複雑ですので、以下、この事案を整理しつつ説明します。
2 共同の賃貸人間の賃料支払方法に関する対立(事案)
賃貸人が2人であったのですが、この2人の間で、賃料をどちらが受け取るかということで対立が生じました。
もともとX1が賃料全額を受け取っていたので、X1は、このとおりに全額を受け取りたいと考えます。
もう1人の賃貸人であるX2は、半分は自分がもらうべきだと考え、賃借人にそのように要求します。
共同の賃貸人間の賃料支払方法に関する対立(事案)
あ 当事者
賃貸人=X1、X2(共有者)
賃借人=Y
い 賃料の支払方法に関する合意
当初、賃料は全額X1に支払うことが3者で合意されていた
う 賃料の支払方法に関する対立
X2がYに対して『以後の賃料の半額をX2名義の口座に振り込んで支払う』という要求を書面で通知した
X1はYに対して『賃料全額を従前どおりX1に支払う』という要求を書面で通知した(※1)
YはX1、X2に対して、支払関係を明確にするように求めた
X1はYに対して従前どおりの賃料全額の支払を求めた
その後、YはX2に対して、『従来どおりX1へ支払いたい』と通知した
X2はYに対して『X1の賃料の代理受領権を解除した』と主張し、X2に賃料の半額を支払うことを改めて督促した
え 賃借人の対応
賃借人Yは困って、X1、X2のいずれにも賃料を払わなかった
Yとしては、賃料を支払う意図を伝えた(前記※1)が(受領拒絶による)口頭の提供にあたると考えていた
お 問題点
Yが賃料を支払わなかったことで債務不履行に陥っているのではないか
=口頭の提供(前記※1)が成り立っているかどうか
※東京地判昭和57年10月18日
3 裁判所の判断(支払方法の変更の効果を否定)
裁判所は、丁寧に事案を分解して1つ1つ法的判断を示します。
まず、賃料の支払方法は、賃貸人サイドと賃借人の2者(2グループ・人数としては合計3人)で合意されています。契約の大原則で、契約は両方の当事者を拘束します。ということで、変更するにも合意した両方の当事者の合意が必要ということになります。ここでは賃貸人サイドと賃借人の両方の合意ということになります。賃貸人サイドの中身が、X2だけでも足りるのか、X1・X2の両方が合意することが必要か、ということについては、はっきりとは読み取れません。
いずれにしても本件では、Y(賃借人)は合意していないことから、賃料支払方法の変更の合意はない、と判断できます。
なお、X2がX1に自身の取り分(賃料のうちX2の共有持分割合相当額)の代理受領権限を付与した(代理受領という方式と同じ)と考えると、この権限付与を解除できるという発想もあります。しかし、この裁判例は、X2による代理受領権限の解除も否定しています。その理由として(賃料支払方法は)賃借人も含めた3者で合意したことを挙げています。
裁判所の判断(支払方法の変更の効果を否定)(※2)
あ 賃料支払方法変更の要件→共同賃貸人と賃借人の合意
・・・原告ら(X1、X2)の被告(Y)に対する賃料債権の支払方法については、原告らと被告の合意により原告1(X1)の口座に全額振り込んで支払うことになつていたところ、原告2(X2)が右合意に反し、賃料の半額を同原告に直接支払うことを要求したとしても、賃料支払方法・支払場所を変更するためには共同賃貸人及び賃借人との間において、変更に関する合意が必要であるから、原告2の右要求により直ちに当初の合意の効力が失われると解することはできない。
い 賃料受領権限付与の解除の効力→無効
また原告2の昭和五五年四月二八日付書面によれば、原告2は原告1に対する賃料の代理受領権を解除した旨を通知してきており、これは、原告2が原告1に対する賃料受領の委任(準委任)契約を解除したことを債務者に通知したものということができるが、右は原告ら両名間で賃料の受領権限をめぐり対立が生じたというにとどまり、原告ら及び被告の三者間で先に合意されていた事項が右の通知により直ちに効力を失うことになるものとは解せられない。
※東京地判昭和57年10月18日
4 賃料支払方法の変更の合意の分類
前記の裁判所の判断は賃料支払方法の変更について、賃借人が関与(合意)していないことが理由になっていると読めます。ここで、裁判例の事案を離れて、賃借人が合意している場合に、共同賃貸人(共有者)の中で支払方法の変更に合意することの分類を検討します。賃貸借の中の小さな事項にすぎないものとして、管理行為に該当すると思われます。
賃料支払方法の変更の合意の分類
※村松聡一郎稿/鈴木一洋ほか編『共有の法律相談』青林書院2019年p65
5 裁判所の判断(口頭の提供の効果を否定)
次に、裁判所は口頭の提供が成り立つかどうかを判断します。
前記の支払方法の変更は効果を生じないという結論を前提とすると、以下の法的判断は容易です。
Yは合意どおりにX1(の口座)に賃料全額を支払う義務があります。X1は賃料全額の受領を拒否していません。ということは、受領拒否はありません。
そこで、受領拒絶により口頭の提供が可能となったということはありません。
結論として、賃料を払わなかったことは、純粋に債務不履行にあたるということです。
裁判所の判断(口頭の提供の効果を否定)
あ 弁済提供の効果(否定)
YはX1名義の口座に賃料を送金すべきであった
=賃貸人(債権者)のあらかじめの受領拒絶はない(履行可能であった)
→口頭の提供(民法493条)では足りない
=賃料債務について債務不履行となる
い 補足(なすべきであった対応)
債権者不確知による供託(民法494条)は可能であった
※東京地判昭和57年10月18日
う 現実的な結果
賃借人Yの債務不履行がある
=賃貸人から解除できる状態である
→解除する(意思決定の)ためには共有持分の過半数を有する共有者の同意が必要である
詳しくはこちら|共有物の賃貸借の解除・終了と明渡請求に関する変更・管理・保存行為の分類
6 受領拒絶による口頭の提供(概要)
以上の理論の中で、受領拒絶があれば口頭の提供で足りる(口頭の提供で済ますことができる)というものが使われています。
これについては別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|口頭の提供の要件の『債権者の(あらかじめ)受領拒絶』
7 共有物の『管理』との関係(概要)
ところで、共有の不動産における賃貸借契約の解除は、『管理』に分類されます。そうすると、共有持分の過半数を有する共有者が解除するという意思決定をすることができます。
これは紛らわしい(間違えやすい)ところです。
『管理』として過半数での意思決定ができることの対象は、もともと『所有者』が意思決定するものです。
この点、賃料の支払方法の変更は賃貸人(所有者)と賃借人の両方の合意が必要です。もともと賃貸人(所有者)だけで決定できるものではありません。
前記のケースで、仮にX2の共有持分割合が90%であったとしても、賃借人が同意しない限り賃料の支払方法の変更は実現しないのです。前記の東京地裁昭和57年10月18日は、『賃料の代理受領権を解除したにすぎないので賃借人の合意は必要ない』、という趣旨の主張を排斥しているように読めます(前記※2)。
詳しくはこちら|共有物の賃貸借の解除・終了と明渡請求に関する変更・管理・保存行為の分類
8 賃料債権の可分性との関係(参考)
ところで、賃料債権は可分として扱われます。つまり、賃貸人がABの2名である場合、A、Bは各自が賃料の2分の1を請求できます。
詳しくはこちら|複数の賃貸人(共同賃貸人)の金銭債権・債務の可分性(賃料債権・保証金・敷金返還債務)
では、この扱いが前述の裁判例にも当てはまるかというとそうではありません。賃貸借契約の中で誰に支払うかを決めているので、原則論(2分の1ずつ請求できる)は適用されなくなっているのです。
本記事では、共同の賃貸人の間で賃料支払方法について対立が生じたケースの法的な扱いを説明しました。
実際には細かい具体的事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に共有の不動産の賃貸借に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。