【登記を得た者の主観による対抗力への影響(背信的悪意者排除理論)】
1 登記を得た者の主観による対抗力への影響
2 登記を得た単純悪意者の対抗力(あり)
3 登記を得た背信的悪意者の対抗力(なし)
4 2重譲渡の刑事責任(概要)
1 登記を得た者の主観による対抗力への影響
不動産の権利が登記によって判断されることがあります(対抗関係)。
詳しくはこちら|対抗要件の制度(対抗関係における登記による優劣)の基本
登記を先に得た者が優先されるという単純なルールですが,例外もあります。
背信的悪意者は登記を持っていても優先されない(権利が否定される)という理論です。
本記事ではこのように,登記を得た者の主観が対抗力にどのような影響を与えるか,について説明します。
2 登記を得た単純悪意者の対抗力(あり)
元の所有者Aが最初にBに売却し(第1売買),その後,Cに売却した(第2売買)というケースを想定します。
第2売買の買主Cが『既にABで売買契約が行なわれている』と知っていることもあります。法律用語で『知っている』ことを『悪意』と呼んでいます。
この場合,AとCで結託してBに迷惑をかけていることになります。
しかしこの場合でも登記さえ先に得れば優先されるというルールに変わりはありません。
<登記を得た単純悪意者の対抗力(あり)>
あ 対抗関係における主観の位置づけ
民法177条の第三者は善意であることを必要としない
※舟橋諄一ほか編『新版 注釈民法(6)物権(1)補訂版』有斐閣2009年p666
い 結論(単純悪意者の扱い)
単純悪意者でも登記を先に得れば優先される
(先行する取引を知っている者)
う 経済社会への反映
高い代金など,より良い条件を提示して取引の勧誘を行うことは保護されている
これは,経済システムとして社会(憲法)が自由経済を選択していることと関係しています。
要するに『極力自由な取引・経済活動・ビジネス』は保護されるのです。
逆に政府が介入するのは最小限であることが要請されているのです。
詳しくはこちら|マーケットメカニズムの基本|自由経済・商品流通の最適化・供給者の新陳代謝
3 登記を得た背信的悪意者の対抗力(なし)
登記を得ても,純粋なビジネスの範囲を逸脱するような特殊事情があれば,例外的に『劣後』となります。例えば,ライバルを困らせることが目的,などの事情があるケースです。
このような者を背信的悪意者と呼びます。
要するに登記を得ることでは勝っても,悪質性がある場合は最終的に権利を得られないことになるのです。
<登記を得た背信的悪意者の対抗力(なし)>
あ 民法177条の『第三者』の意味(前提・概要)
『第三者』とは,当事者以外で,かつ,登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者である
※大連判明治41年12月15日
詳しくはこちら|民法177条の適用範囲(『第三者』の範囲・登記すべき物権変動)の基本
い 背信的悪意者の意味
『背信的悪意者』とは
登記の欠缺を主張することが信義に反する者である(=正当の利益を有しない者)
う 背信的悪意者の対抗力
背信的悪意者は民法177条の『第三者』に該当しない
→登記を有していても対抗力が生じない
※最高裁昭和43年8月2日
4 2重譲渡の刑事責任(概要)
以上のように,既に売却済みの不動産を後から購入したとしても,登記さえ先に取得できれば(背信的悪意者にあたらない限り)優先されるということです。
しかしこれは民事的な権利の扱いです。
刑事責任については違う結論となることがあります。
2重に譲渡することは最初の譲受人を裏切ることになります。そこで違法な行為として,横領罪が成立することがあるのです。
詳しくはこちら|2重譲渡や2重抵当による刑事責任(横領罪・背任罪の成立)
しかし,登記申請が虚偽だという扱いにはならないので,公正証書原本不実記載等罪は成立しません。
詳しくはこちら|公正証書原本不実記載等罪の成立を認めなかった判例の集約
本記事では,登記を得た者の主観による対抗力への影響(背信的悪意者排除理論)を説明しました。
実際には,細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることもあります。
実際に権利の所在(帰属)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。