【養育費・婚姻費用の算定における事業所得者の総収入の認定】
1 養育費・婚姻費用の算定における事業所得者の総収入の認定
2 事業所得者の総収入の認定(基本)
3 事業所得者の総収入の特殊事情による修正
4 減価償却費の扱い
5 減価償却費を控除しなかった裁判例
6 事業所得の不当抑制による賃金センサスの利用
7 コントローラブルな低収入の扱い(参考)
1 養育費・婚姻費用の算定における事業所得者の総収入の認定
養育費・婚姻費用の金額を計算する時には,(元)夫婦や両親の収入を元にします。総収入といいます。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用分担金の金額算定の基本(簡易算定表と具体例)
事業所得者の総収入は,通常であれば確定申告書の課税所得を使います。しかし,特殊な事情がある場合には,単純には総収入の金額を決められないこともあります。
本記事では,事業所得者の総収入の認定に関する問題を説明します。
2 事業所得者の総収入の認定(基本)
事業所得者の総収入として,基本的には確定申告書の課税される所得金額(課税所得)を使います。ただし,課税所得の金額は,実際には支出していない控除額が差し引かれた後のものです。課税額の調整のための各種の控除のことです。つまり,実際に収入として得た金額を認定するには,差し引いた金額を戻す必要があるのです。
<事業所得者の総収入の認定(基本)>
あ 用いる金額
基本的には,確定申告書の課税所得(課税される所得金額)による
い 控除の修正
所得から控除されている金額のうち,現実に支出されていない費用を加算する
う 加算する控除金額の例
ア 雑損控除イ 扶養控除ウ 青色申告特別控除エ 専従者給与額の合計額
実際に支払っていないものに限る
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p39,40
3 事業所得者の総収入の特殊事情による修正
事業所得者の税務上の収入(課税所得)には,経費の水増しによって収入が下げる方向にブレる傾向が現実にあります。もともと経費の一般論として,水増しなのか,適正な経費(出費)なのかが明確に判別できないものも多いのです。
また,事業所得者の収入は,固定額のサラリーと違って変動が大きいことも多いです。
結局,養育費や婚姻費用の金額を計算する前提としての得ている収入の金額を確定する段階で調整や修正が必要になることが多いです。
<事業所得者の総収入の特殊事情による修正>
あ 経費水増し
税額を抑えるために,経費が水増しされている例もある
→必要経費についての検討をすべきである
い 変動の平準化
事業収入については変動が激しい場合がある
→数年の平均値を取る必要がある
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p40
4 減価償却費の扱い
事業所得の金額は,いろいろな経費が差し引かれた後のものです。差し引く金額の中に減価償却費があります。これは一般的な経費とは違う特徴があります。
実際に金銭として(その年度に)支出したわけではないのです。逆にいえば,支出した時点(年度)が違うだけです(支出がないわけではありません)。
減価償却費の扱いについて決まった方法はありません。事案の内容によってどのように扱うのかが違ってきます。
<減価償却費の扱い>
あ 基本的な考え方
減価償却費は,現実に支出されるものではない
原則的に,婚姻費用・養育費の算定上は必要経費として認めない
い 実務的扱い(資産取得費とのバランス)
ア 控除する扱い
減価償却費の額が適正な額である場合
→必要経費としてこれを控除したものを総収入と認定する
その代わり,資産取得のために負担した債務の返済は特別経費としない
イ 控除しない扱い
減価償却費に疑問がある場合
→減価償却費を所得金額に加算する
その代わり,現実の負債返済額(経費扱いされていない)の全部or一部を特別経費として控除する
う 個別的判断の例
減価償却費の一部だけを必要経費として認める例もある
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p40,41
5 減価償却費を控除しなかった裁判例
実際に,減価償却費の扱いが問題となった裁判例を紹介します。
実際の出費はずっと前(過去)のことであり,最近は出費(要するに借入金の返済)をしているわけではない,というケースでは,減価償却費の控除は否定されました。現実的な収入(使える金銭)に減価償却費は影響していないという考え方です。
一方,実際に購入費用を分割して支払中というケースでは,返済金額を収入から控除しました。税務上の減価償却費を控除したわけではありません。これも,現実的な収入としては,現実的な出費を控除するのが適正であるという考え方が元になっています。
<減価償却費を控除しなかった裁判例>
あ 借入の返済なし→減価償却費の控除なし
事業用資産の取得に要した負債の返済はなかった
→減価償却費を加算した(控除を否定した)
※大阪高裁平成18年10月13日
※大阪高裁平成18年6月23日(同趣旨)
い 返済金の控除あり+減価償却費の控除なし
『ア・イ』について加算した(控除を否定した)
ア 不動産収入の減価償却費 約284万円イ 青色申告特別控除額 10万円
一方,不動産取得のための借入金の元本分の返済については,現実に支出されている
→不動産収入から控除した
※大阪高裁平成20年5月1日
6 事業所得の不当抑制による賃金センサスの利用
前記のように,事業所得の金額は,意図的に低く抑えることをしやすいという特徴があります。
売上自体は大きくても,経費が異様に多くカウントされているようなものが典型例です。異常であるケースでは,水増し分の経費を差し引く(収入としては加算する)こともあります。とはいっても実際には水増し分(不当な金額)がどこまでか,ということを判断することは難しいです。
そこで,統計上の平均的な収入(賃金センサス)を総収入として使うという工夫もなされます。
<事業所得の不当抑制による賃金センサスの利用>
あ 公的資料による収入額
夫は事業主であった
確定申告では,事業収入1317万円,事業所得約342万円であった
い 事業所得の異常性
10年間にわたり,夫は,確定申告の事業所得を大幅に上回る婚姻費用分担金・住宅ローンの支払をしていた
8年前の支払額は,確定申告の事業所得の約3倍であった
う 賃金センサスによる推計
確定申告の正確性には疑いがある
賃金センサスを用いて収入を推認した
※大阪高裁平成20年10月22日
7 コントローラブルな低収入の扱い(参考)
以上は,事業所得者は,経費の水増しなどによって,確定申告書などの公的資料が,実際に得ている収入金額を示していないケースについての説明でした。
ところで,実際に得ている収入金額は判明しているが不当であるということもあります。意図的に報酬や給与を減額したようなケースが典型です。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|コントローラブルな低収入(減額)と潜在的稼働能力による収入の擬制
本記事では,事業所得者の総収入の認定の問題を説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に養育費や婚姻費用に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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