【権利者が居住・義務者が住宅ローン返済をしているケースの扱い】
1 権利者が居住・義務者が住宅ローン返済をしているケースの扱い
2 居住=権利者|支払=義務者のパターンでの方向性(概要)
3 養育費・婚姻費用の算定におけるローン返済の扱い(全体)
4 住宅ローン返済を考慮する方法のバリエーション(a〜e)
5 義務者の収入から控除する考え方と計算の枠組み(a〜c)
6 義務者の収入から控除する具体的計算方法の種類(a〜c)
7 算定結果から権利者の標準的住居費を控除する方式
8 算定結果から義務者の標準的住居費を控除する方式(e)
9 総収入レベルでローン返済額を控除した裁判例(a)
10 算定結果から権利者の標準的住居費を控除した裁判例(d)
11 算定結果から義務者の標準的住居費を控除した裁判例(e)
12 ローン返済を考慮しなかった裁判例(f)
1 権利者が居住・義務者が住宅ローン返済をしているケースの扱い
養育費や婚姻費用の金額を計算する際、住宅ローンの返済をどのように反映させるかが問題となります。これについては居住している者と住宅ローンを返済している者が誰かによってパターンを分けると分かりやすくなります。
詳しくはこちら|住宅ローン返済の扱いの居住者と返済者によるパターン分類
この9つのパターンのうち、権利者(主に妻)が居住して、義務者(夫)が返済をしているという状況(パターンB)は実際に多いです。
本記事では、この状況で、住宅ローンの返済をどのように扱うか、ということを詳しく説明します。
2 居住=権利者|支払=義務者のパターンでの方向性(概要)
まず、本記事で前提とする状況(パターン)は、権利者が居住していて義務者が住宅ローンを支払っているというものです。
この場合の住宅ローン返済の扱いとしては、養育費や婚姻費用の金額に反映(考慮)する傾向があります。もちろん状況によってはまったく考慮しないということもあります。より詳しい内容は以下説明します。
<居住=権利者|支払=義務者のパターンでの方向性(概要)>
あ 前提事情
夫婦の自宅があった
現在、権利者(主に妻)が居住している
義務者(主に夫)は別の場所に居住している
義務者が住宅ローンを返済(支払)している
い 実情
実際によく生じる状況(パターン)である
う 養育費・婚姻費用との関係(概要)
養育費・婚姻費用の金額の算定において
原則的にローン返済を考慮するが、考慮しないこともある
=個別的事情によって住宅ローン返済の扱いが異なる
詳しくはこちら|住宅ローン返済の扱いの居住者と返済者によるパターン分類
3 養育費・婚姻費用の算定におけるローン返済の扱い(全体)
前記のパターンにおいて、住宅ローンの返済を養育費や婚姻費用の算定で考慮する(反映する)かどうか、どのように考慮するかという判断については複雑です。
最初に算定での扱い(計算の方式)の種類全体をまとめます。
大きく分けると、考慮する(a〜e)と考慮しない(f)に分かれます。
考慮する方はさらに、どのように考慮するのか、ということについて義務者の収入から控除する方式(a〜c)と算定結果から控除する方式(d・e)に分かれます。
それぞれの算定の方式については以下順に説明します。
<養育費・婚姻費用の算定におけるローン返済の扱い(全体)>
あ 考慮する(原則)
ア 義務者の収入から控除する方式
義務者の特別経費に含めるのと同じことである
・総収入レベルでの控除(高)(a)
・基礎収入レベルでの控除(低)(b)
・基礎収入割合レベルでの控除(中)(c)
イ 算定結果から控除する方式
義務者が既に支払済であるという考え方である
・権利者の標準的住居費を控除する(d)
・義務者の標準的住居費を控除する(e)
い 考慮しない(例外)(f)
4 住宅ローン返済を考慮する方法のバリエーション(a〜e)
標準的算定方式では統計上の平均的な住居費の負担があることが前提となっています。
住宅ローンを返済している状況では、この標準的な負担よりも重い負担があるといえます。そこで、原則として、養育費・婚姻費用の算定において住宅ローンの返済を考慮します(反映させます)。
反映させる具体的な方法(計算)としては、大きく2つに分けられます。
1つはローン返済を特別経費の1つとする、つまり、義務者の収入から差し引くという方法(a〜c)です。
もう1つは算定結果から控除する方法(d、e)です。
算定結果から控除する方法は、権利者の標準的住居費を控除する方法(d)と義務者の標準的住居費を控除する方法(e)に分けられます。
<住宅ローン返済を考慮する方法のバリエーション(a〜e)>
あ 前提事情
居住=権利者
支払者=義務者
い 標準的算定方式との比較
標準的算定方式(簡易算定表)では特別経費の内容の1つとして標準的な住居関係費が考慮(控除)されている
実際の住宅ローン支払額は、標準的な住居関係費よりも高いことが多い
う 標準的算定方式への批判
(そもそも)標準的算定方式の中で、住居費を特別経費として基礎収入算定時に控除することへの批判もある
え 住宅ローン返済の扱いのバリエーション
住宅ローンの返済は標準的な状態を逸脱している
→この状況の算定への反映の方法には主に2(3)つの考え方がある
ア 義務者の収入から控除する方式(a、b、c)
趣旨=返済額の一定部分を義務者の特別経費に含めるということである
イ 算定結果から一定額を控除する方式
イ−1 算定結果から権利者の標準的住居費を控除する方式(d)
趣旨=権利者が負担すべき(なのに免れた)住居費を控除する
イ−2 算定結果から義務者の標準的住居費を控除する方式(e)
義務者に留保されていた標準的住居費を回復する趣旨である
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p166、169
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p65、66、68
5 義務者の収入から控除する考え方と計算の枠組み(a〜c)
ローン返済を義務者の収入から控除する方法(a〜c)の基本的な考え方、つまり計算の大きな枠組みを説明します。
標準的算定方式では、一定の金額(標準的な住居費)を負担していることは考慮済みです。基礎収入を算出するプロセスで特別経費の中の1つとして控除する、という意味です。
しかし、義務者が負担している住宅ローンの返済は通常、標準的な住居費を超過しています。そこで、この超過部分(金額)をさらに収入から控除するべきだといえます。特別経費に超過部分を上乗せしたことになります。
ただし、控除するのは超過部分の全額とは限りません。
<義務者の収入から控除する考え方と計算の枠組み(a〜c)>
あ 基本的考え方
義務者は標準的な住居費よりも多くの負担をしている
→超過する負担は可処分の収入ではない
→超過する負担を総収入から差し引く
=超過する負担を支払済の状態を基礎収入とする
い 基本的な算定方法
住宅ローン返済額から、『標準的住居費』(い)を差し引いた額(超過額)を上限として、総収入から控除する
=特別経費(避けられない出費)の1つとして考慮する
超過額の全額を控除するとは限らない(お)
う 標準的住居費の特定方法
標準的算定方式(簡易算定表)では、住居関係費として、統計資料(え)による金額を用いている
→これが標準的住居費である
え 標準的住居費の具体的算定方法(※1)
ア 用いる資料
『特別経費の実収入比の平均値』という資料
※東京・大阪養育費等研究会稿『簡易迅速な養育費等の算定を目指して~養育費・婚姻費用の算定を目指して~』/『判例タイムズ1111号』2003年4月1日p296の資料2
イ 具体的算定方法
『ア』の資料の中に『住居関係費』がある
『実収入』(税込年収)を元にして『住居関係費』を求める
『年間収入階級』を元にするわけではない
お 収入からの控除方法のバリエーション
住宅ローン返済額(のうち一定の部分)を総収入から控除する方法には3種類がある(後記)
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p167
6 義務者の収入から控除する具体的計算方法の種類(a〜c)
前記のように、義務者の収入から超過部分(ローン返済額が標準的住居費を超える部分)を控除する考え方があります。
具体的な計算方法はさらに3種類(a〜c)に分かれます。
総収入から控除する(総収入を修正する)方法(a)と、基礎収入から控除する方法(b)と、基礎収入割合から控除する方法(c)の3つです。
<義務者の収入から控除する具体的計算方法の種類(a〜c)>
あ 総収入レベルでの控除(高)
収入(年収)から考慮すべきローン支払額を控除した額を総収入とみなす
い 基礎収入レベルでの控除(低)
総収入に基礎収入割合を乗じて(修正前の)基礎収入を算出する
この基礎収入から考慮するローン返済額を控除した額を(修正後の)基礎収入とする
う 基礎収入割合レベルでの控除(中)
ア 算定方法(考え方)
考慮するローン返済額を特別経費に含める前提で基礎収入割合を定める
『イ・ウ』のような方法で基礎収入を算定する
イ 考慮するローン返済額の割合
『考慮するローン返済額/実収入の1か月分』(×100%)
ウ 基礎収入割合の修正
『ア』の割合を(本来の)基礎収入割合から差し引く
差し引き後の基礎収入割合を基礎収入の算定で用いる
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p167、168
7 算定結果から権利者の標準的住居費を控除する方式
前記のように、住宅ローンの返済を義務者の収入から控除することで反映させる(考慮する)ものがあります。これとは別に、算定結果から控除する方式もあります。
住宅ローンを考えないで計算した算定結果から住宅ローン返済分を控除する方法は、さらに2種類に分かれます。
1つ目は権利者の標準的な住居費を控除する方法(d)です。
自宅がないとしたら権利者が平均的な賃料の住居に住むはずなので、その賃料に相当する金額は既に義務者から支払済になっているという考え方です。
<算定結果から権利者の標準的住居費を控除する方式(d)>
あ 単純に控除する方式
ア 基本的考え方
権利者は義務者の支払によって住居費の支出を免れている
→義務者が権利者に変わって支払っているのに等しい
→算定された婚姻費用から権利者が本来負担すべき費用を控除する
=権利者が負担すべき住居費は既に受領済と考える
イ 算定方法
権利者の実収入から、住居費相当額を特定する(前記※1)
標準的算定方式(簡易算定表)により婚姻費用・養育費として定まる金額から住居費相当額を控除する
い ローン支払額の一定割合を控除する方式
『ア・イ』のバランスを図ることができるように、当事者の生活状況などを勘案して一定割合を定める
例=ローン返済額の3割を簡易算定表による結果から控除する
ア 権利者が免れている住居費の負担イ 義務者が2重に負担している住居費
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p168、169
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p66
8 算定結果から義務者の標準的住居費を控除する方式(e)
住宅ローンを考えないで計算した算定結果から住宅ローンの返済分を控除する方法の中のもう1つは、義務者の標準的住居費を控除するという方法(e)です。
権利者が居住する自宅のグレードは、(収入が多い方の)義務者の収入に見合ったものであるということが前提となっています。
<算定結果から義務者の標準的住居費を控除する方式(e)>
あ 基本的考え方
義務者に留保されていたはずの特別経費中の住居費を回復する趣旨であろう
※松本哲泓稿『婚姻費用分担事件の審理−手続と裁判例の検討』/『家庭裁判月報 平成22年11月=62巻11号』最高裁判所事務総局p68
い 詳細な考え方
義務者の収入に見合うグレードの住居に権利者が居住している
→同じグレードの賃貸物件に権利者が入居すると払うはずの賃料の支払を権利者は免れている
→義務者の収入に見合うグレードの住居の賃料相当額は既に支払済と考える
う 算定方法
標準的算定方式(簡易算定表)によって(修正前)婚姻費用を算定する
→ここから義務者の標準的住居費を控除する
これを(最終的)婚姻費用とする
以上で、住宅ローンの返済を考慮する(反映させる)方法のバリエーションを説明しました。
次に、実際に裁判所が反映させる方法を選択した実例を紹介します。
9 総収入レベルでローン返済額を控除した裁判例(a)
義務者の総収入からローン返済分を差し引いた裁判例を紹介します。ローン返済額の全額を総収入から差し引きました。本来はローン返済額のうち標準的住居費を超過する部分(金額)が控除する上限です(前記)。その意味で、この裁判例は異例といえます。
<総収入レベルでローン返済額を控除した裁判例(a)>
あ 事案
夫が妻居住のマンションの住宅ローンを支払っていた
返済額は月額約9万円、年間176万円であった
い 総収入からの控除
住宅ローンの返済は、資産形成の側面もあるが、居住による利益は専ら妻が得ている
ローン返済額(年間176万円)を夫婦共通の経費として事業所得額から控除する
=特別経費として扱うことと同じである
※大阪高裁平成19年12月17日
10 算定結果から権利者の標準的住居費を控除した裁判例(d)
算定結果から権利者の標準的住居費を差し引いた裁判例を紹介します。
<算定結果から権利者の標準的住居費を控除した裁判例(d)>
あ 事案
夫が自宅から出て別居が始まった
夫は自分が居住する賃貸住宅の賃料を支払っている
夫は自宅マンションの住宅ローン月額約7万4000円、管理費月額約1万4000円を支払っている
自宅マンションには妻・子が居住している
い 婚姻費用からの控除
標準的算定方式によって算定した婚姻費用分担額から標準的な住居関係費に相当する額を控除する
標準的住居費として、家計調査年報の住居関係費の金額4万円を用いた
※大阪高裁平成21年11月26日
※大阪高裁平成21年11月20日(同趣旨で約3万円を控除した)
11 算定結果から義務者の標準的住居費を控除した裁判例(e)
算定結果から義務者の標準的住居費を差し引いた裁判例を紹介します。
<算定結果から義務者の標準的住居費を控除した裁判例(e)>
あ 事案
夫は別居後、自己が居住する住宅の賃料月額約7万円を負担している
夫は、自宅の住宅ローン月額17万円の支払を継続している
自宅には妻らが居住している
い 婚姻費用からの控除
夫は自己の住居費と住宅ローンの支払の2重の住居費の負担をしている
妻は住居費の支払を免れている
夫の収入に見合う標準的住居費を婚姻費用分担額から控除する
標準的住居費として、家計調査年報の住居関係費の金額約7万8000円を用いた
※大阪高裁平成19年12月27日
12 ローン返済を考慮しなかった裁判例(f)
住宅ローンの返済を考慮しなかった(金額に反映させなかった)という例外的な判断もあります。
別居が始まった要因が義務者(夫)の不貞行為であったという事情がその理由となっています。
<ローン返済を考慮しなかった裁判例(f)>
あ 事案
夫が婚外女性Aとの不貞の関係を生じた
夫はAと同居し、その賃料6万8000円を負担している
Aには収入がない
自宅の住宅ローンの返済は月平均9万4000円である
妻は無職、無収入で9歳・11歳の子を監護養育している
い 住宅ローン返済の考慮(否定)
住宅ローンの返済については離婚の際の財産分与において清算すべきである
住宅ローンの返済と賃料とで、住居関係費を2重に支払っていることになる
しかし、別居の原因は主として夫にあった
賃料(6万8000円)と標準的な住居関係費(5万0040円)の差額を算定上控除するのは相当ではない
※大阪高裁平成21年9月25日
なお、婚姻費用の審判手続の中で不貞(不倫)の有無の審査(判断)をすることは、迅速性とのバランスで問題となります。暫定的な判断で済ますという特殊な扱いがなされます。
詳しくはこちら|婚姻費用の審判手続における有責性の審理方法(暫定的心証による判断)
本記事では、権利者(主に妻)が自宅に居住していて、義務者(夫)が住宅ローンを返済しているケースで、養育費や婚姻費用を計算する際に住宅ローンの返済をどのように扱うか、という問題を説明しました。
実際には、個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
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