【婚姻費用と有責性との関係(減額される傾向や減額の程度)】
1 婚姻費用と有責性との関係
2 有責の意味(前提)
3 権利者の有責性の婚姻費用への影響(基本)
4 有責性による婚姻費用減額の程度(3つの見解)
5 義務者の有責性の影響
6 両方が有責であるケースでの婚姻費用
7 婚姻費用の審判手続における有責性の審理(概要)
8 同居義務と有責性(概要)
1 婚姻費用と有責性との関係
別居中の夫婦の間で婚姻費用分担金の支払が行われます。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用の請求の全体像(家裁の手続や管轄・金額計算・始期と終期)
ところで,別居に至った原因にはいろいろなものがあります。その原因が夫婦の一方の不倫(不貞行為)であった場合には婚姻費用の請求にどのような影響があるか,という問題があります。
本記事では,夫婦の一方の有責性と婚姻費用との関係について説明します。
2 有責の意味(前提)
最初に,大前提となる,有責の意味を押さえておきます。婚姻関係を破綻させた原因を作ったという意味です。主に不貞行為(不倫)のことです。
<有責の意味(前提)>
有責とは,婚姻関係破綻の原因を作出したという意味である
典型例=不貞行為
詳しくはこちら|有責配偶者からの離婚請求を認める判断基準(3つの要件)
3 権利者の有責性の婚姻費用への影響(基本)
婚姻費用をもらう側(権利者)に有責行為があった場合には,夫婦の協力義務を破った者が協力義務の履行を相手に求める状況といえます。そこで,信義則違反や権利濫用として請求を認めないとか,認める金額を減額するという扱いがあります。
ところで,婚姻費用の中身は,配偶者と(いれば)子供の生活費(監護費用)です。少なくとも子供の生活費部分については認める(否定しない)のが一般的です。
<権利者の有責性の婚姻費用への影響(基本)>
あ 実務的な傾向
破綻or別居について専らor主として責任がある者の分担請求について
自ら夫婦の扶助協力義務に違反しておきながら,相手方に扶助協力義務の履行を求めることになる
→信義に反するので許されないor減額する
子の養育費相当分は認められる
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p17
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p169,170
※有地享ほか『婚姻費用の算定』/沼邊愛一ほか『家事審判事件の研究(1)』一粒社1988年p51〜
い 学説・裁判例
有責配偶者の婚姻費用分担請求
有責性は考慮するが重視しない
※『新版注釈民法(21)』p437参照
※『講座・実務家事審判法2(夫婦・親子・扶養関係)』p41参照
※東京家裁昭和47年9月14日
※東京高裁昭和57年12月27日
4 有責性による婚姻費用減額の程度(3つの見解)
有責性のある者からの婚姻費用の請求では,認める金額を減額する傾向があります(前記)。
減額する程度については,いくつかの見解があります。
有責行為をした者の生活費部分をゼロにする(子供の監護費用だけを認める)見解がよく採用されています。
これとは別に,子供の監護費用も含めて請求を認めないという見解もあります。子供は不当なことをしていないのに不利益を受けることになるので,この見解は少数派です。
逆に,有責性のある者の生活費部分をゼロまでは下げないという見解もあります。本来,有責性へのペナルティは慰謝料として生じるので,扶養義務の内容で調整するのは不合理であるという考え方です。
<有責性による婚姻費用減額の程度(3つの見解)>
あ 請求者分ゼロ
請求者(有責配偶者)分は認めない
子の監護費相当分を認める
※神戸家裁尼崎支部平成17年12月27日
※東京家裁平成20年7月31日
※大阪高裁平成20年9月18日
※大阪高裁平成28年3月17日
い 請求者も子供分もゼロ
有責性の程度によっては
全額の請求が権利濫用である
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p28参照
う 請求者分減額
請求者(有責配偶者)の最低生活を維持する程度は支払うべきである
※札幌高裁昭和50年6月30日
※大阪高裁平成17年12月19日
※大阪家裁昭和54年11月5日
5 義務者の有責性の影響
以上の説明は,権利者(婚姻費用を請求する者)に有責性があるケースでした。
逆に,義務者(婚姻費用を払う者)に有責性があるケースではどうでしょうか。ペナルティとして増額するという発想もあります。
しかし,有責性への法的ペナルティは慰謝料であり,扶養義務を重くすることは不合理です。有責性を理由に婚姻費用を増額するという考え方はとられていません。
<義務者の有責性の影響>
義務者が有責である場合
これを理由に婚姻費用分担義務が加重されることはない
一方,義務者が不貞相手やその連れ子を事実上扶養していることを考慮することはない
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p170
6 両方が有責であるケースでの婚姻費用
夫と妻の両方に有責性があるというケースも多いです。この場合には,有責性の程度のバランスで調整するしかありません。
大きく減額することもありますし,少ししか減額しないということもあります。裁判例だと減額の割合が3〜7割程度となっているものが多いです。
<両方が有責であるケースでの婚姻費用>
あ 基本的な扱い
夫婦の両方が有責であるケースにおいて
婚姻費用分担額を減額するという方法がとられる
減額率は責任の程度による
裁判例では3〜7割程度となっている
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p30
い 5割減額した裁判例
夫の年収が1億数千万円であった
婚姻費用の額は,生活保持義務を前提とした場合の月額70万円の2分の1の35万円にとどめる
※大阪高裁平成19年2月28日
う 3割減額した裁判例
婚姻費用の金額を3割減額した
※大阪高裁平成20年12月18日
7 婚姻費用の審判手続における有責性の審理(概要)
以上のように,有責性が婚姻費用に影響を与えることがあります。そうすると,婚姻費用の審判の手続で,裁判所が,不倫などの有責性を判断する必要が出てきます。
しかし,婚姻費用の審判はスピーディーに行う必要があり,有責性の審査・判断をしっかりと行うことは適していません。そこで,ある程度大雑把に判断する手法がとられています。
詳しくはこちら|婚姻費用の審判手続における有責性の審理方法(暫定的心証による判断)
8 同居義務と有責性(概要)
ところで有責性の内容としては,実際には不倫(不貞)が圧倒的に多いです。しかし,それ以外にも有責となる行為はありえます。
この点,夫婦の一方が家を出て帰らない,つまり別居を強行したというケースでは,同居義務違反として,このことが有責になることもあります。ただし,状況によっては有責にはなりません。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|夫婦の同居義務(強制執行不可・同居義務違反と離婚原因・有責性)
本記事では,夫婦の一方(または両方)の有責性が婚姻費用にどのように影響するかという問題について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に婚姻費用に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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