【司法書士が依頼を拒否する義務・不動産の価値を説明する義務を認めた裁判例】

1 司法書士が依頼を拒否する義務・不動産の価値を説明する義務を認めた裁判例
2 無価値である不動産への担保設定登記申請の依頼を拒否する義務
3 担保設定の対象の不動産が無価値であることの説明義務

1 司法書士が依頼を拒否する義務・不動産の価値を説明する義務を認めた裁判例

司法書士は登記申請の依頼に応じる義務があります。依頼を拒否できるのは正当な事由がある場合に限られています。
詳しくはこちら|司法書士が依頼に応じる義務の規定と正当の事由の解釈(判断基準)
逆に,司法書士が登記申請の依頼を拒否しなかったことで,責任を負った実例(裁判例)があります。本記事ではこの裁判例の事案と解釈を説明します。

2 無価値である不動産への担保設定登記申請の依頼を拒否する義務

問題となった登記申請の内容は,担保権の設定でした。当然,融資を実行することの前提となる登記です。
ところで,設定する対象の土地は公衆用道路であり,価値がないので,担保としての機能を果たせない状態でした。
登記申請の依頼を受けた司法書士は,たまたま過去に引き受けた登記申請の中で,公衆用道路であることを知っていました。しかし,今回の登記申請の依頼者(当事者)にはこのことを知らせませんでした。そして代理人として登記申請を行いました。
結果的に,担保権者は適正な担保を確保できないまま融資を実行してしまいました。
原審の裁判所は,依頼を拒否すべきだったと判断し,不法行為責任を認めました。担保権者(金融業者)の過失割合を9割としたので,司法書士が負った賠償責任は融資額5000万円の1割である500万円となりました。

<無価値である不動産への担保設定登記申請の依頼を拒否する義務>

あ 事案

Xは司法書士Yに根抵当権設定登記手続の依頼をした
Yは根抵当権抹消登記,根抵当権設定登記(権利者X)の申請をした
登記はなされた
登記簿上の地目は宅地であったが実質は公衆用道路であった
経済的には無価値であった
Yは先行する別の依頼の業務の中でこのことを知っていた

い 依頼拒否の可否・義務

無価値な土地を担保として高額な貸付がなされようとしていた
依頼を拒否すべき正当な事由がある
委任を拒否すべきであった

う 発生する責任

Yは違法な行為を幇助した
不法行為責任が生じる

え 損害額と過失相殺

損害は,貸付金額である5000万円である
Xは貸金業者としての調査を行えば土地が公衆用道路であることを容易に知りえた
→Xの過失割合は9割である
Yは500万円の賠償責任を負う
※神戸地裁平成9年1月21日(大阪高裁平成9年12月12日の原審)

お 批判

過失を不法行為の幇助とすることは適切ではない
注意義務違反とする方が妥当である
(控訴審では別の判断となっている)
※山崎敏彦稿『司法書士の登記代理業務にかかる民事責任−最近の動向・補論−(下)』/『季刊・青山法学論集40巻3・4合併号』青山学院大学法学会1999年p264

3 担保設定の対象の不動産が無価値であることの説明義務

前記の判決の後,控訴がなされ,控訴審でも判決が言い渡されました。原審とは法的構成が違っています。
依頼を拒否するかどうかという問題ではなく,担保設定の対象の土地が無価値であることを説明する義務があったという判断になりました。この説明義務を履行しなかったことによる債務不履行責任を認めたのです。
なお,担保権者(金融業者)の過失割合を(90%から)94%にアップさせました。そして司法書士の賠償責任の金額を300万円としました。

<担保設定の対象の不動産が無価値であることの説明義務>

あ 事案

前記(神戸地裁平成9年1月21日)の事案である

い 一般的な説明義務

嘱託された登記が当事者の登記目的に添っているかについても検討し,助言,指導すべきである
※司法書士法1,2条の趣意

う 本件の説明義務

司法書士は,土地の現況が道路であり,固定資産課税台帳上公衆用道路とされ非課税となっていることを教示し,その上で,なお登記意思を確認すべきであった
この事実は土地に関する公然の事実であり,特に秘匿すべき合理的理由はない
教示することが司法書士法11条に違反することにはならない
→Xに教示しなかったことは委任の趣旨に反し(民法644条),債務不履行となる

え 過失相殺

Xの過失割合は94%である
Yは300万円の賠償責任を負う
※大阪高裁平成9年12月12日(神戸地裁平成9年1月21日の控訴審)

本記事では,司法書士が無価値である土地に担保権を設定する登記申請を遂行してしまったことのよる責任を認めた裁判例を紹介しました。
実際には個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に司法書士が関与した登記に関したトラブルに直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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