【民事保全の保全取消(取消事由・申立時期・審理・裁判)】

1 民事保全の保全取消
2 保全取消の条文規定(民事保全法38条1項)
3 事情の変更の代表的なもの
4 被保全権利の消滅の例
5 被保全権利の存在を否定する本案判決
6 保全取消の申立の時期
7 保全取消の審理
8 保全取消の裁判(結論)のバリエーション
9 保全取消の裁判に対する不服申立

1 民事保全の保全取消

民事保全(仮差押・仮処分)が執行された後の状況変化によって,保全執行を維持する必要はないことになるケースもあります。そのような場合には,裁判所が保全取消を行う手続があります。
本記事では,保全取消の制度について説明します。

2 保全取消の条文規定(民事保全法38条1項)

まず最初に,保全取消に関する民事保全法の条文規定を押さえておきます。

<保全取消の条文規定(民事保全法38条1項)>

保全すべき権利若しくは権利関係又は保全の必要性の消滅その他の事情の変更があるときは、保全命令を発した裁判所又は本案の裁判所は、債務者の申立てにより、保全命令を取り消すことができる。
※民事保全法38条1項

3 事情の変更の代表的なもの

前記の条文の文言のとおりに,保全取消が行われるのは事情の変更があった場合です。
事情の変更の内容は大きく2つに分けられます。さらに細かく,代表的な事情を整理します。

<事情の変更の代表的なもの>

あ 被保全権利・権利関係の消滅

ア 被保全権利の消滅(後記※1イ 被保全権利の存在を否定する本案判決(後記※2ウ 訴え却下判決エ 訴えの取下・和解

い 保全の必要性をめぐる事情の変更

例=仮差押命令発令後に債務者の責任財産が増加した
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p152〜154

4 被保全権利の消滅の例

もともと,保全執行の目的は,被保全権利の実現ができる状態をキープしておくというものです。被保全権利が消滅した場合には,保全執行を維持する必要はなくなります。
被保全権利が消滅する典型例をまとめておきます。

<被保全権利の消滅の例(※1)

あ 権利そのものの消滅

被保全権利が弁済,免除や相殺,取消または解除,時効の援用などによって消滅した
→『事情の変更』にあたる

い 目的物の消滅

目的物が消滅したことによって被保全権利が実体法上消滅した
→『事情の変更』にあたる
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p152

5 被保全権利の存在を否定する本案判決

本案の訴訟で,被保全権利が存在しないという判断がなされ,確定した場合には保全執行を維持する必要はなくなります。しかし,請求棄却判決がすべて被保全権利の否定を意味するわけではありません。期限や条件が付けられていることを理由とする請求棄却の場合には,権利そのものは否定されたわけではありません。

<被保全権利の存在を否定する本案判決(※2)

あ 原則(権利の不存在)

被保全権利の存在を否定する本案判決が確定した場合
→『事情の変更』にあたる

い 例外(期限・条件)

債権者敗訴の理由が期限未到来や条件未成就である場合
被保全権利自体が否定されたことにはならない
当然に『事情の変更』が認められるわけではない
保全の必要性いかんによって『事情の変更』の有無が判断される
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p152

6 保全取消の申立の時期

保全取消の申立については期間制限はありません。保全執行が維持されている状態であれば申立をすることができます。

<保全取消の申立の時期>

保全取消の申立は,保全命令の効力存続中であれば,いつでもすることができる
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p154

7 保全取消の審理

保全取消が申し立てられた場合,裁判所は口頭弁論または当事者の両方が立ち会うことができる審尋を行う必要があります。
この点,保全命令の申立の場合には,密行性が求められるので積極的に債務者の関与を排除した審理(審尋)を行うことが多いです。しかし,保全取消では,密行性は必要ではないので,原則に戻る,つまり,両方の当事者により対審構造が適しているのです。

<保全取消の審理>

あ 審理の方式

保全取消の審理は,保全異議の審理方法が準用される
→口頭弁論または双方審尋が必要である
※民事保全法40条1項本文,29条

い 判断プロセス

裁判所は,当事者双方が提出する事実と証拠をもとに判断する
裁判所は,当事者にそのための機会を与えなければならない
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p155

う 審理の対象(内容)

ア 基本 審理の対象は,事情変更の有無である
債務者は,事情の変更を疎明しなければならない
※民事保全法38条2項
イ 疎明の程度 一度保全命令が発令されていることから,取消を求める債務者は,債権者が発令時にした疎明を揺るがす程度の反証活動をする必要がある
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p155

8 保全取消の裁判(結論)のバリエーション

保全取消の審理の結果として,裁判所は判断をくだします。
裁判所は,保全取消を認める(保全命令取消),認めない(申立却下)だけではなく,いずれかの当事者に担保提供を求める結論を出すこともできます。

<保全取消の裁判(結論)のバリエーション>

あ 保全命令取消

保全命令を取り消す決定

い 申立却下

申立却下の決定

う 債権者の担保提供(保全維持)

債権者の立担保または増担保を保全執行の条件とする

え 債務者の担保提供(保全取消)

債務者が担保を提供することを条件として,保全命令を取り消す
※民事保全法38条3項,32条2項,3項

9 保全取消の裁判に対する不服申立

保全取消の結論(裁判)にはいろいろなバリエーションがあります(前記)。不利益を受ける当事者は,保全抗告の申立をすることができます。

<保全取消の裁判に対する不服申立>

あ 基本

保全取消の申立についての決定に対して
当事者は,保全抗告を申し立てることができる
申立人(債務者)・相手方(債権者)のいずれも申し立てることができる

い 申立期間

決定の送達を受けた日から2週間の不変期間内
※民事保全法41条1項本文
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p162,163

本記事では,民事保全における保全取消の制度について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってくることがあります。
実際に民事保全(仮差押・仮処分)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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