【共有不動産の更正登記請求において原告の持分回復を超えることの可否の検討】
1 共有不動産の更正登記請求において原告の持分回復を超えることの可否の検討
2 権利取得の実質のある更正登記・被告は第三者(ケース1・平成22年最高裁)
3 ケース1における更正登記の分析と検討
4 権利取得の実質のない更正登記・被告は第三者(ケース2・判例なし)
5 ケース2の更正登記の分析と検討
6 権利取得の実質のない更正登記・被告は共有者(ケース3・判例なし)
7 ケース3の更正登記の分析と検討
8 ケース3の別の設例(判例解説)
1 共有不動産の更正登記請求において原告の持分回復を超えることの可否の検討
共有が関係する不動産について、不正な登記を是正する状況では、具体的な是正の方法が問題となることがあります。
詳しくはこちら|共有不動産の不正な登記の是正の全体像(法的問題点の整理・判例の分類方法・処分権主義)
現在までの判例の考え方を元にすると、不正な登記と実体に(部分的な)一致がある場合には、原告の持分を回復する範囲に限定した更正登記(一部抹消)(手続請求)を認めるということになります。
詳しくはこちら|共有不動産に関する不正な登記の是正方法の新方式判別基準
詳しくはこちら|共有不動産の不正な登記の是正方法の判別フローと『支障』の整理
これに関して、更正登記をさらに2つに分類して、状況によっては原告の持分の回復を超える更正登記を認めるという考え方もあり得ます。
本記事では、この考え方について説明します。
2 権利取得の実質のある更正登記・被告は第三者(ケース1・平成22年最高裁)
一般的に、更正登記には権利取得の実質があるものとないものの2つに分けられます。『加入』の実質がある(かないか)という言い方をすることもあります。このどちらかによって、登記申請の手続の申請人が違ってくるのです。
抽象的に説明すると分かりにくいので、具体例を用いて説明します。
最初に、権利取得の実質のある更正登記(による是正)の具体例として、平成22年最高裁の事例を紹介します。
結論として、Bの持分を回復する部分は認められませんでした。結果的に不実の登記が一部残る結果となりました。
この登記上、実体と一致しない部分を残すということは妨害排除請求権が制限されていることになりますし、これとは別に登記手続としても本来あってはならないことです。このような問題点が一応残る結果であるといえます。
<権利取得の実質のある更正登記・被告は第三者(ケース1・平成22年最高裁)>
あ 事案内容
ア 最初の状態
(建物が存在しなかった)
イ 実体
ABが建物を新築した→ABが所有権(持分各2分の1)を得た
ウ 不正な登記
ABC(持分各3分の1)の所有権保存登記
エ 是正の請求
AがCに対してA持分2分の1・B持分2分の1と改める内容の更正登記を請求した
※最高裁平成22年4月20日
い 主要事項の整理
原告 | 侵害あり・被害者の一部 |
被告 | 実体上の権利なし(第三者) |
不正な登記 | 所有権保存登記 |
不正な登記と実体の一致 | 一部あり(原告・被告以外の共有者の持分の一部は一致する) |
う 判別フローへのあてはめ
ア 第1判別
不正な登記と実体に一致あり→是正方法は一部抹消(更正登記)となる→結論1=原告の持分を回復する範囲の一部抹消(更正登記)
更正登記の内容=登記権利者のうち『A3分の1、(B3分の1)、C3分の1』を『A6分の3、(B6分の2)、C6分の1』に更正する
え 問題点(※1)
ア 着眼点
実体と一致しないC持分を登記上残すことになる
イ 妨害排除請求権
妨害排除請求権が制限されている
ウ 登記手続上の問題(実体と一致しない内容の更正登記)
(通常の登記申請としては)更正登記申請において、当該更正登記の内容が実体と一致しない場合には、申請は却下される可能性がある
(登記原因証明情報から、『C持分の一部が実体と一致していない』ことが判明することを前提とする)
※不動産登記法25条8号
3 ケース1における更正登記の分析と検討
前記のように、裁判所が、登記上の不実部分の全体を抹消しない結果を採用した理由を確認します。
原告(A)が請求した更正登記の内容は、Bが新たに6分の1の持分を取得するというものでした。登記手続としては(裁判によらず、単純に当事者が登記申請をする場合)、権利を取得するAとBの両方が申請人となる必要があります。
そこで、仮に原告の請求どおりの判決が出た場合、その後の登記申請において支障が生じるのです。この支障が、原告の請求(原告の持分回復を超える更正登記)を否定した大きな理由となっていると思われます。
この点、登記手続上の支障が生じることを許容する登記の是正(抹消登記)を認めた判例(平最高裁平成15年7月11日)もあります。当事務所で作成した判別フローだと『結論4』にあたります。
詳しくはこちら|共有不動産の不正な登記の是正方法の判別フローと『支障』の整理
そこで、平成22年最高裁は、なぜ、登記手続上の支障を許容しなかったのか、という疑問が生じます。他の状況はとても似ています。結論としては、平成22年最高裁のケースは是正方法が抹消登記ではなく更正登記であったことにあると思われます。(平成22年最高裁のケースは、不正な登記が『移転登記』ではなく『(所有権)保存登記』であったことは影響しないと思われます)
<ケース1における更正登記の分析と検討>
あ 妨害排除請求権
被告は第三者であるため、不正登記を抹消すべき必要性が強い
(=妨害排除請求権を重視する方向性)
い 原告以外の者の処分権に関する支障
登記上侵害を受けているBは登記の是正を請求していない
本来Bが行う是正をAが実現するのは(Bの)処分権を害することになる(私的自治への介入となる)
う 登記手続上の支障(申請人)
Aの請求(A持分2分の1・B持分2分の1と改める更正登記)について
この更正登記により登記上A・Bが新たに持分(それぞれ6分の1)を取得する
→権利取得の実質がある(=実質的な移転登記、登記上、新たな登記名義人が生じること)
→Aが単独で更正登記の申請人となることはできない(登記手続上の保存行為にはあたらない)
(共有者の1人が抹消登記と同じ扱いにはならない)
→登記手続上の支障が生じる
え 平成15年最高裁(結論4)との類似性
平成15年最高裁は『あ〜う』の3要素がすべてあてはまる(同じである)
平成15年最高裁では、処分権に関する支障と登記手続上の支障が生じるが、それよりも妨害排除請求権を重視した(=抹消登記請求を認めた)
→平成22年最高裁も平成15年最高裁(結論4)と同じように扱うとすれば、登記と実体が一致しない部分の全体を抹消することになるはずである(=A持分2分の1・B持分2分の1と改める更正登記)
しかし平成22年最高裁はB持分の回復は認めなかった
お 平成15年最高裁(結論4)との相違点
ア 手続上の(形式的な)相違点
平成22年最高裁と平成15年最高裁(結論4)の違いは是正方法が抹消登記か更正登記かという点にある
→更正登記については、抹消登記よりも処分権・登記手続上の支障を優先することになると思われる
イ 実質的な相違点
(平成22年判例において)原告が求めた更正登記は、登記上、新たな登記名義を生じさせるもの(=権利取得の実質=実質的な移転登記)である→訴訟の当事者以外(B)の登記名義(6分の1部分)を新たに生じさせることを、Bの関与なく行うことは問題(=処分権・登記手続上の支障)が大きい
抹消登記は、結果的に過去の登記名義が復帰させるものである=登記上、新たな登記名義を生じさせることはない→訴訟の当事者以外(B)の登記名義が復帰することを、Bの関与なく行うことの問題(=処分権・登記手続上の支障)は小さい(妨害排除請求権の実現の方が優先される)
4 権利取得の実質のない更正登記・被告は第三者(ケース2・判例なし)
以上の理解を前提として、さらに検討を進めます。
是正するための更正登記に権利取得の実質がないというケースについて考えます。平成22年最高裁の事例と、他の要素は極力同一に揃えたケースを想定します。
過去の判例でこのようなケースについて判断したものは見当たりませんので、新たに想定したものです。
過去の判例の理論(判別フロー)にあてはめると、(平成22年最高裁と同様に)不正な登記を部分的に残すことになります。
<権利取得の実質のない更正登記・被告は第三者(ケース2・判例なし)>
あ 具体例
ア 最初の状態
A60%、B40%の共有であり、登記もそのとおりであった
イ 実体
Aが共有持分50%をCに譲渡した(Aには共有持分10%が残った)
ウ 不正な登記
ABの共有持分→CDに移転(いずれも50%)(所有権移転登記)
ウ 是正の請求
AがDに対して、A持分移転・権利者C50%に改める更正登記を請求した(結果的に登記上A・Bの持分を回復する)
い 主要事項の整理
原告 | 侵害あり・被害者の一部 |
被告 | 実体上の権利なし(第三者) |
不正な登記 | 持分移転登記 |
不正な登記と実体の一致 | 一部あり |
う 判別フローへのあてはめ
ア 第1判別
不正な登記と実体に一致あり→是正方法は一部抹消(更正登記)となる→結論1=原告の持分を回復する範囲の一部抹消(更正登記)
更正登記の内容=『所有権移転』を『A持分一部・B持分全部移転』に、『権利者C50%、D50%』を『権利者C50%、D40%』に更正する
え 問題点
登記上のD持分(40%)は実体と一致していない
→実体と一致しないD持分を登記上残すことになる
妨害排除請求権が制限されている+登記手続上の問題(実体と一致しない内容の更正登記)が生じる(前記※1と同様)
5 ケース2の更正登記の分析と検討
前記のように、従来の判例の理論を元にするとケース1(平成22年最高裁)もケース2も是正方法が更正登記である以上、同じ結論(原告の持分回復を超えることは許さない)ということになります。
しかし、原告の持分回復を認めた場合の支障を検討すると、違いがあります。それは登記手続上の支障です。
更正登記のうち権利取得の実質がないものについては、登記権利者(登記により持分を増加する者)のうち一部の者だけが申請人となることができるからです。判決に基づいて原告だけで登記申請をすることが可能です。
ケース1と比べて(原告の持分回復を超えることによる)支障が減ったのであるから、原告の持分回復を超えることを許容する方向性となります。
ただし、処分権(私的自治)を害することには違いはありません。
トータルの価値判断として(原告の持分回復を超える更正登記を)認めるかどうかは一義的に判断できるわけではありません。これに該当する事案についての判例はないので未確定の判断ということになります。
<ケース2の更正登記の分析と検討>
あ 妨害排除請求権
被告は第三者であるため、不正登記を抹消すべき必要性が強い
(=妨害排除請求権を重視する方向性)
い 原告以外の者の処分権に関する支障
登記上侵害を受けているBは登記の是正を請求していない
本来Bが行う是正の請求をAが実現するのは(Bの)処分権を害することになる(私的自治への介入となる)
う 登記手続上の支障
Aの請求(C持分全部移転に改める更正登記)について
この更正登記によりA・Bが以前有していた持分が登記上復活することになる
→権利取得の実質はない
→Aが単独で更正登記の申請人となることができる(登記手続上の保存行為にあたる)
(共有者の1人が抹消登記の申請人になることができるのと同様である)
→登記手続上の支障は生じない
え ケース1(結論1)との比較
ケース2とケース1は登記手続上の支障だけが異なる(ケース2は支障が生じない)
→ケース1(限定的更正)よりも(原告の持分回復を超える是正を)認める方向性である
お 平成15年最高裁(結論4)との比較
ア 登記手続上の支障の違い
ケース2と平成15年最高裁は登記手続上の支障だけが異なる(ケース2は支障が生じない)
→平成15年最高裁(無制限抹消)よりも(原告の持分回復を超える是正を)認める方向に働く
イ 是正方法の違い
ケース2における是正方法は更正登記であり、平成15年最高裁の是正方法は抹消登記である
→平成15年最高裁(無制限抹消)よりも(原告の持分回復を超える是正を)認めない方向に働く
か 結論
(原告の持分回復を超える是正を)認める方向の影響と認めない方向の影響のいずれが大きいかを断言できない
仮に認める方向の影響の方が大きいとしても、その影響が結論を変えるほどの大きさであるかどうかを断言できない
既存の判例からは判断できないといえる
6 権利取得の実質のない更正登記・被告は共有者(ケース3・判例なし)
さらに検討を進めます。
次に、ケース2とは被告の属性(共有者か第三者か)だけが違って、その他の要素は極力同一であるケースを考えます。
従来の判例の理論を元にした判別基準によると(是正方法が更正登記である以上)、原告の持分の回復の範囲に限った更正登記ということになります。しかし、不実の登記が部分的に残るという問題があります(ケース1、2と同じ)。
<権利取得の実質のない更正登記・被告は共有者(ケース3・判例なし)>
あ 具体例
ア 最初の状態
ABCDの共有(持分各4分の1)であり、登記もそのとおりであった
イ 実体
Cが共有持分をDに譲渡した
ウ 不正な登記
ABCの共有持分→Dに移転(ABC持分全部移転登記)
ウ 是正の請求
AがDに対して、C持分全部移転に改める更正登記を請求した(結果的に登記上A・Bの持分を回復する)
い 主要事項の整理
原告 | 侵害あり・被害者の一部 |
被告 | 実体上の権利あり(共有者) |
不正な登記 | 持分移転登記 |
不正な登記と実体の一致 | 一部あり |
う 判別フローへのあてはめ
ア 第1判別
不正な登記と実体に一致あり→是正方法は一部抹消(更正登記)となる→結論1=原告の持分を回復する範囲の一部抹消(更正登記)
更正登記の内容=『ABC持分全部移転』を『B・C持分全部移転』に更正する
え 問題点
登記上のD持分のうち実体上Bに帰属する部分(4分の1)は実体と一致していない
→実体と一致しないD持分を登記上残すことになる
妨害排除請求権が制限されている+登記手続上の問題(実体と一致しない内容の更正登記)が生じる(前記※1と同様)
7 ケース3の更正登記の分析と検討
ケース3はケース2と同様に、更正登記には権利取得の実質はないので、登記権利者(AB)のうち一部の者(A)だけで登記申請をすることができます。つまり、登記手続上の支障は生じません。
しかし、被告が共有者であるため、土台となる妨害排除請求権の強度が異なります。つまり、不正登記を抹消する必要性は、(被告が第三者である時よりは)弱いということになります(平成15年最高裁の理由としてそのように読み取れる箇所があります)。
そこで、ケース2とケース3を比べると、ケース3の方が原告の持分回復を超える更正登記を否定する方向性となります。このようなケースについて、是正方法を判断した判例はみあたりません。(ケース2と同じように)ケース3も結論は未確定であるといえます。
<ケース3の更正登記の分析と検討>
あ 妨害排除請求権
被告は共有者であるため、不正登記を抹消すべき必要性が弱い(強くはない)
(=妨害排除請求権を重視しない方向性)
い 原告以外の者の処分権に関する支障
登記上侵害を受けているBは登記の是正を請求していない
本来Bが行う是正の請求をAが実現するのは(Bの)処分権を害することになる(私的自治への介入となる)
う 登記手続上の支障
Aの請求(C持分全部移転に改める更正登記)について
この更正登記によりA・Bが以前有していた持分が登記上復活することになる
→権利取得の実質はない
→Aが単独で更正登記の申請人となることができる(登記手続上の保存行為にあたる)
(共有者の1人が抹消登記の申請人になることができるのと同様である)
→登記手続上の支障は生じない
え ケース2との比較
ケース3とケース2は、被告が共有者であるか第三者であるかだけが異なる(ケース3
では被告は共有者である=不正登記を抹消する必要性は低い(高くない)方向性となる)
→ケース2(結論未確定)よりも(原告の持分回復を超える是正を)認めない方向性である
8 ケース3の別の設例(判例解説)
ケース3と同じ状況の設例について、平成15年判例の判例解説で説明が示されています。XABの共有の状態から、実体としてはB持分がYに移転したけれど、登記はABの持分がYに移転したことになっているという設例です。
Xがこの登記の是正を求めることができるかどうかは残された問題であると指摘されています。
この設例については、以上の検討を元にすると次のような結論になります。
まず、なされた登記が1まとめであった、具体的には「AB持分全部移転」という1つの登記であった場合は、是正の内容は「B持分全部移転」に改める更正登記になります。Xが求めることはできない、という結論になります。
一方、なされた登記がA持分全部移転とB持分全部移転の2つに分かれていた場合は、是正の内容は、A持分全部移転登記について、(全部)抹消登記です。そこで、Xが求めることができる、という結論になります。
<ケース3の別の設例(判例解説)>
「X、A、Bが各1/3の持分を有し、その旨の登記がされていた。
YがA、Bから各1/3の持分の譲渡を受けた旨の登記が経由された。
Aからの譲渡は有効であったが、Bからの譲渡は無効であった。
Xは、Yに対し、BからYへの持分移転登記の抹消登記手続を請求することができるか。」
このような事案においては、Yは共有者の1人であるが、Xは、自己の持分を超えてYの経由した不実の登記の部分(1/3)の抹消を求めることが可能であるのかどうか、残された問題である。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p399
本記事では、共有に関する不動産の不正な登記を是正する更正登記の範囲の問題を深く掘り下げました。
実際には個別的な事情によって適用する理論や結論が違ってきます。
実際に不正な登記に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。