【全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否】

1 全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否

共有物分割訴訟が、全面的価格賠償の判決で終わった場合、その後の賠償金支払には一定のリスクがあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における賠償金支払に関するリスク(履行確保措置の必要性)
対価取得者が負う、この賠償金支払リスクを低減するために、判決の中でいろいろな支払確保措置を取り入れることが行われています。
一方、現物取得者も一定の履行リスクを負っています。
これらを含めた、全面的価格賠償の判決の後の履行全体に関するいろいろな措置があります。本記事では履行確保措置の具体的内容(種類)や、実務で採用される程度について説明します。

2 履行確保措置の内容と解釈の傾向(全体のまとめ)

全面的価格賠償の判決における履行確保措置にはいろいろな内容があります。解釈の問題となるのは主に、当事者の請求(申立)や主張がない場合でも裁判所が判決(に採用することが)できるか、という点です。
最初に、多くの内容(種類)と、それぞれが実務でどの程度採用されているか、ということを表にまとめます。

履行確保措置の内容と解釈の傾向(全体のまとめ)

あ 対価取得者の保護(賠償金支払確保措置)

措置の内容 解釈・実務 賠償金の給付判決 肯定(ほぼ例外なく認める) 利息、遅延損害金の給付判決 肯定(認めることが多い) 担保権設定 否定方向
※いずれも請求(申立)がないことを前提としている

い 現物取得者の保護

措置の内容 解釈・実務 対抗要件具備行為(移転登記)の給付判決 両説あり (不動産)の引渡の給付判決 否定
※いずれも請求(申立)がないことを前提としている
※令和3年改正により条文上「物の引渡し、登記義務の履行(の給付)」ができることが明記された(後述)

う 引換給付判決

措置の内容 解釈・実務 同時履行の抗弁の主張なしで引換給付判決をすること 肯定
※令和3年改正における議論(後述)でもこの見解が示されていた

え 期限・条件の付与

措置の内容 解釈・実務 賠償金支払への期限付与+不払時の失効 両説あり 賠償金支払による全面的価格賠償発効(停止条件設定) 肯定方向(採用する裁判例あり) 賠償金支払による全面的価格賠償発効+不払時の換価分割 肯定方向(採用する裁判例あり)

個々の履行確保措置の内容については、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における対価取得者保護の履行確保措置(金銭給付・担保設定)
詳しくはこちら|全面的価格賠償における現物取得者保護の履行確保措置(移転登記・引渡)
詳しくはこちら|全面的価格賠償における賠償金支払と移転登記の引換給付判決
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における期限や条件(賠償金支払先履行)の設定

3 令和3年改正による給付命令の条文化(概要)

以上のように、全面的価格賠償の判決では実際に、いろいろな履行確保措置(給付命令)がつけられています。しかし、条文の規定はなく、解釈によって給付命令をつけていました。
この点、令和3年の民法改正で、共有物分割訴訟の判決に職権で給付命令をつけられることが条文化しました。法改正の議論をみると、それ以前の実務の運用を前提として、それを条文化したことがわかります。つまり、改正で実務への影響があるわけではないと思います。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における給付命令の条文化(令和3年改正民法258条4項)

4 履行確保措置の採否・選択の判断

前記のように、履行確保措置の内容にはいろいろなものがあり、実務での採用の傾向もみえています。しかし、あくまでも個々の事案・事情によって最適な措置を裁判所が判断・選択するという構造が前提です。一律にどの措置を採用する、採用しない、ということを定式化することはできません。

履行確保措置の採否・選択の判断

どのような事案でどのような履行確保の措置を講ずる必要があるかについては、更に実務的な観点からの吟味を必要とする
いずれにしても、全面的価格賠償の方法による分割を命ずる場合に、常に、引換給付を命じたり、又は賠償金の支払を先履行とするなどの措置を講ずるまでの必要はないであろう
支払能力の有無の認定判断は必ずしも容易でない場合があることを考慮すると、個々具体的な事案に応じて、裁判所の適切な裁量的判断により、引換給付を命じたり、賠償金の支払を先履行とするなどの措置が講じられてよいように思われる
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p893〜895、905、906

5 遺産分割における履行確保措置の実務の運用(参考)

ところで、共有物分割の全面的価格賠償とよく似た解決手法として、遺産分割における代償分割があります。とてもよく似ていますが、裁判手続や法令の規定、裁判の性質が異なるので単純に同じ解釈があてはまる、というわけではありません。とはいっても、全面的価格賠償の履行確保措置の検討(解釈)では非常に参考になります。遺産分割審判における履行確保措置の規定や実務の運用については、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の履行確保措置

6 相互的・多面的給付(判決主文のバラエティ)

共有物分割の全面的価格賠償の判決では、いろいろな履行確保措置も給付条項として含まれることがよくあります。そこで、原告(共有物分割を請求した者)が、別の給付の義務者となることもありますし、複数の原告の間での給付が定められることもあります。
一般的な訴訟(原告が請求者と決まっている)と比べると、判決主文の中の給付条項はバラエティに富んでいるといえます。

相互的・多面的給付(判決主文のバラエティ)

あ 多面的訴訟の性質

共有物分割の訴えは、本質上、全共有者間に相互に利害の対立する多面的訴訟である
※兼子一『民事訴訟法体系』p411

い 判決主文のバラエティ

ア ノーマル 『Y(被告)は、X(原告)に対し、給付をせよ』
イ 逆方向 『Xは、Yに対し、給付をせよ』
ウ 原告or被告グループ内の給付 『X2は、X1に対し、給付をせよ』
『Y1は、Y2に対し、給付をせよ』
※奈良次郎『共有物分割の訴えについての若干の考察−最近の裁判例を中心として−』/『判例タイムズ815号』p39参照
※法曹会編『最高裁判所判例解説民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p898、899、909、910

7 関連テーマ

(1)共有物分割請求と関連する請求の併合

本記事で説明したのは、当事者の請求(申立)がないのに裁判所が職権で判決をすることができるかという問題でした。
この点、当事者が共有物分割請求とは別に、具体的な履行確保措置の内容を請求(申立)をしていれば、裁判所が判決できるのは当然です。この請求は共有物分割の判決の確定を条件とする将来給付の訴えとして扱うのが通常です。当事者が履行確保措置を別途請求した場合には、共有物分割請求と併合して審理する、ということになります。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における他の請求(持分確認や履行の給付など)の併合

(2)共有物分割訴訟の判決主文の実例

共有物分割訴訟の判決では、メインの形成内容とは別に、いろいろな履行(給付)に関する内容も含まれることが多いです。実際の判決主文のいろいろなパターンは別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の訴状の請求の趣旨・判決主文の実例

本記事では、全面的価格賠償の判決における履行確保措置の全体的な内容を説明しました。
実際には、個別的な事情により最適なアクション(解決手段の選択・主張立証の方法)は異なります。
実際に共有不動産の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【物権変動は不実だが権利の帰属は正しい登記の抹消請求(昭和43年最高裁)】
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