【財産が複雑であるため財産分与請求を棄却した裁判例(消長見判決)】
1 財産が複雑であるため財産分与を棄却した裁判例(消長見判決)
離婚の際、マイホームの住宅ローンがまだ残っているケースはとても多いです。この場合、住宅(不動産)をどのように分与するか、ということが大きな問題となります。
詳しくはこちら|住宅ローンが残っている住宅の財産分与の全体像(分与方法の選択肢など)
これに関して、夫婦の財産の内容が複雑であり、問題を解決するのが難しいということで、財産分与を棄却した(解決しなかった)、という珍しい裁判例があります。本記事ではこの裁判例を説明します。
2 事案内容(不動産と担保・債務の状況)
この事案の特徴的なところは、不動産が複数あり、実質的に親族が大きく関与しており、かつ、不動産に、妻や妻の経営する会社の債務を担保する担保権が設定されていました。
事案内容(不動産と担保・債務の状況)
あ 夫婦いずれか名義の不動産
『ア〜ウ』の不動産があった
ア 婚姻中に購入した夫名義の土地甲イ 夫が父から相続した土地乙ウ 土地乙上に立つ妻名義の建物丙
い 負担する担保の状況
いずれも妻または妻の経営する会社を債務者とする抵当権や根抵当権が設定されている
その被担保債務の返済が順調になされていない
3 裁判所の判断(財産分与請求棄却)
以上のような財産の内容、特に債務の返済が進んでいる状況であっため、裁判所は、担保権の消長を見る、というような理由を示し、財産分与の請求自体を棄却にしました。要するに結論を先送りすることにしたのです。
裁判所の判断(財産分与請求棄却)
あ 申立(前提)
夫が離婚請求訴訟を申し立てた
妻が財産分与請求の附帯申立をした
い 裁判所の判断
担保権の実行を受ける可能性が高い
夫婦共有財産の実質的な総価格が今後の債務の返済と絡み極めて流動的である
特定の不動産を分与されると妻がその余の不動産の被担保債務の返済を怠ってその実質的な価値を消滅させてしまう可能性がある
以上の事情から、離婚に伴って直ちに財産分与を決定するのは適切ではない
今後の夫婦共有財産の実質的価格および夫の特有財産に付けられている担保権の消長をみた上で、離婚後2年間は許される家庭裁判所の審判等に委ねて処理するのが相当である
(妻からの)財産分与請求を棄却する
※東京高裁平成7年3月13日
4 財産分与請求の棄却に対する評価・批判
裁判所は前記のように離婚の際に財産を分けるということ自体を否定したのです。非常に変わっている判断です。
ところで、相続の際に財産を分ける遺産分割では、裁判所が分割禁止にする、つまり解決を先送りにする、という手法が認められています。この裁判例の考え方はこれと同じような扱いをする意図だと思われます。
しかし財産分与は遺産分割とは違って早期に解決することが求められており、2年間の期間制限があります。担保権の消長を見るとはいっても短い期間に限定されるので、合理的ではないという批判があります。
財産分与請求の棄却に対する評価・批判
あ 一般化できないという見解
しかし、財産分与の申立てにおいては、離婚判決確定後2年という除斥期間の定めがあって、その期間内に財産分与の申立てをしなければならないから、判断を先送りするにしても限界があり、また、改めて財産分与の審判申立てをしなければならないという当事者の負担も軽視できないと思われる。
したがって、この裁判例は、当該具体的事案における一つの判断ではあろうが、それを越えて一般化できるようなものではないと思われる。
※松谷佳樹稿『財産分与と債務』/『判例タイムズ1269号』2008年8月p8
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 3訂版』青林書院2019年p193(同内容)
い 意図を高く評価する見解
遺産分割における分割禁止の審判と同様の狙いを持つものと考えられる
その意図するところは高く評価できると思われる
もっとも、今後の債務の返済状況等を見るといっても、財産分与については2年の除斥期間の定めがあるから、せいぜいのところ、離婚判決確定から2年間が限度であり、未履行の債務額が大きいときにどの程度の意味合いが期待できるかは疑問なしとしない
やや不徹底な印象も受ける
※野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻 親族Ⅰ−婚姻・離婚−』新日本法規出版2008年p492、493
5 共有とする財産分与とその後の共有物分割の可能性
(1)共有とする財産分与の提唱
この裁判例に関して、同じく解決を先送りにする方法として、共有とする財産分与(の判決)が提唱されています。事後的に共有物分割をして最終解決をする、ということがはっきりします。
共有とする財産分与の提唱
あ 共有とする分割の提唱
さらに長期間様子を見るべきときは離婚した元夫婦の債務に関係してくる分与対象財産を共有とする分割をすることも一案ではあるし、そうすれば共有物分割請求は期間の制限を受けないから、公平な分割をすることだけに着目すれば、効果的かもしれない
しかし、申立期間に制限のない遺産分割の場合でも分割禁止の審判は例外的なものである上に、分割禁止の期間にも制限があることからすれば、できるだけ早期の解決を図ろうとしている清算的財産分与の場合には、除斥期間の2年以内に最終解決を図ることはけだし当然であろう
※野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻 親族Ⅰ−婚姻・離婚−』新日本法規出版2008年p493
(2)(元)夫婦間の共有物分割(参考)
前記のように共有とする財産分与でも、そもそも財産分与が完了していない場合でも、(財産が共有である以上)共有物分割請求は可能です。共有物分割には期間制限はありません。
(元)夫婦間の共有物分割(参考)
あ 共有物分割による解決
『ア〜ウ』のいずれの場合でも、財産が共有である限り、共有物分割は可能である(財産分与の除斥期間を経過しても変わらない)
ア 共有とする財産分与をしたイ 財産分与請求を棄却したウ 財産分与請求をしていない(離婚前・離婚後のいずれも)
い 夫婦間の共有物分割の注意点
夫婦間の共有物分割は、権利の濫用などにより認められないこともある
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割請求の可否の全体像(財産分与との関係・権利濫用)
6 関連テーマ
(1)競売を命じつつ和解による競売回避を願う判決(参考)
話しは変わりますが、夫婦とは関係ない共有物分割訴訟で、形式的競売を命じる判決(換価分割)を出しておきながら、その判決の中で、その後和解が成立して競売を避けることを望むというコメントを出した裁判例があります。
担保権がついている(実質)共有不動産をどちらかの単独所有にすると問題が生じる(複雑になる)から避けたい、という根っこの発想の部分では本件(消長見判決)と共通しているといえます。
競売を命じつつ和解による競売回避を願う判決(参考)
そうすると、現物分割は適当でなく、競売による分割を行うほかはないものである。・・・
本件土地は、D銀行の抵当権がついており、被担保債権の履行遅滞はないものの、これを共有物分割のためのいわゆる形式的競売に付するときは、わが国の法制度の不備もあって、関係者の権利関係も錯綜し、いろいろと困難が生じるところである。当裁判所としては、被告が特別受益の主張を取り下げて原告らの持分を認めた上で、共有物の利用方法については、和解による円満な解決が図られることを望むものである
※東京地判平成18年7月27日
詳しくはこちら|形式的競売における担保権の処理(全体像)
本記事では、夫婦の財産の内容が複雑であるために財産分与請求を棄却とした裁判例を説明しました。
実際には、個別的な事情によって法的扱いや最適な対応は違ってきます。
実際に離婚や夫婦の財産の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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