【物上保証人の求償権(委託の有無による求償権の範囲)】
1 物上保証人の求償権(委託の有無による求償権の範囲)
物上保証人は担保権の実行により、担保物(不動産など)を失うリスクを負っています。実際に担保物を失うことになった場合、債務者に対して求償権を持つことになります。
本記事では、物上保証人が取得する求償権の範囲などを説明します。
2 物上保証人の求償権の基本
一般的な保証人は、財産の範囲に限定なく、所有する財産はすべて債権の引当となります。一方、物上保証人は保証債務は負わず、特定の財産に限定して債権の引当となります。
財産的な負担をしているという意味では共通するので、条文としても、保証債務による求償の規定が、物上保証人の求償権に準用されています。
物上保証人の求償権の基本
あ 物上保証人の意味(前提)
他人の債務を担保するため担保権(質権・抵当権)を設定した者
い 物上保証人の求償権
物上保証人が、担保権の実行により担保物の所有権を失った場合
→債務者に対して求償権を有する
う 求償権の内容(分類)
求償権の内容は、保証債務と同じ扱いとなる
※民法351条、372条
債務者から委託を受けたか受けなかったかによって異なる
3 委託を受けた物上保証人の求償権の範囲
物上保証人が持つ求償権の範囲は、委託を受けたか受けていないかによって違います。これは保証人の場合と同じことです。
まず、委託を受けて担保を設定した物上保証人は、失った財産の額の求償権を取得します。さらに、利息や支出を要した費用も求償権に含みます。
委託を受けた物上保証人の求償権の範囲
あ 基本的部分
物上保証人は、債務者に対し、債務消滅のために支出した財産の額の求償権を取得する
ただし、その財産の額が消滅した債務の額を超える場合には、消滅した金額にとどまる
※民法459条1項
い その他の損害
求償権の範囲には、担保権実行以後の法定利息、避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する
※民法459条2項、442条2項
4 競売における代金額と時価の差額の扱い
実際に担保権が実行される場面では、一般的なマーケットの取引よりも売却額(競売の代金額)が低くなります。競売減価といいます。
時価と売却金額の差額も、求償権に含まれることになります。結果的に、消滅した債務の額を超える求償権が認められることになります。
競売における代金額と時価の差額の扱い
競売における代金額と時価との差額は避けることができなかった損害にあたる
→求償権の範囲に含まれる
※林良平編『注釈民法(8)物権(3)』有斐閣1986年p295
5 民法442条2項の解釈
前述のように、委託を受けた物上保証人は、失った財産の額とは別に、避けることができなかった費用や損害も求償権として持つことになります。この避けることができなかったとは、無過失という意味であるという解釈が一般的です。
民法442条2項の解釈
あ 多数説(無過失)
『避けることができなかった』費用・損害とは
過失なしに生じた費用・損害の限度に求償範囲をとどめるものである
※四宮和夫『判批』/『法学協会雑誌57巻10号』1939年p1973〜
※我妻栄『新訂債権総論 (民法講義Ⅳ)』岩波書店1964年p434
い 無過失の判断
無過失評価は、事案の個別的具体的事情に応じて行われるべきものである
単に費用項目の種類によって決せられるのではない
※椿寿夫『多数当事者の債権関係』信山社2006年p255〜
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法4 債権総論Ⅰ 第3版』第一法規2019年p282参照
6 民法442条2項の費用・損害の具体例(判例)
前記の、避けることができなかった費用などの損害にあたるものには、いろいろなものがあります。実際に裁判所が判断したものを紹介します。
民法442条2項の費用・損害の具体例(判例)
あ 強制執行費用
連帯債務者A・Bにおいて弁済すべき旨の確定判決があった
その後Aが強制執行を受けた
Aの負担した強制執行費用は、民法442条2項の『損害』にあたる
※大判大正5年9月16日
い 訴訟費用・強制執行費用
債権者が、連帯保証人の1人に対する請求訴訟を提起し、勝訴判決を得た
訴訟費用、執行費用等は、民法442条2項の『費用』『損害』にあたる
※大判昭和9年7月5日
う 返済資金の借入のための抵当権設定登記費用
連帯債務者Aが、他の連帯債務者の懇請により、債務を弁済することにした
Aは現金を所持していなかったため、自己所有不動産を担保として借り入れた
融資を受けるための抵当権設定登記の費用は、民法442条2項の『費用』にあたる
※大判昭和14年5月18日
え 返済した利息のうち利息制限法超過部分(否定)
連帯債務者の1人が利息制限法の制限を超過する利息を任意に支払った
しかし、金銭消費貸借上の利息の約定は利息制限法の制限利率を超過する部分に関しては無効である
制限超過利息の支払は、民法442条2項の『損害』にあたらない
※最判昭和43年10月29日
7 委託を受けない物上保証人の求償権の範囲
次に、債務者から委託を受けないで物上保証をした(担保権設定をした)者の求償権の範囲を説明します。
まず、債務者の意思に反していない場合は、担保権実行の時点で債務者が受けている利益”相当額の求償権を持ちます。
債務者の意思に反している場合は、求償請求の時点で債務者が受けている利益”相当額の求償権を持ちます。
委託を受けない物上保証人の求償権の範囲
あ 委託を受けない物上保証
ア 範囲
委託を受けないが、債務者の意思に反することなく担保設定をした場合
物上保証人は、担保権実行当時に債務者が利益を受けた限度の求償権を取得する
※民法462条1項、459条の2第1項
※大判大正8年4月5日(抵当権設定について)
イ 利息・損害金(否定)
利息、損害賠償の請求は認められない
※林良平編『注釈民法(8)物権(3)』有斐閣1986年p295
い 債務者の意思に反した物上保証
債務者の意思に反して担保設定をした物上保証人は、現に(求償請求の時点で)債務者が利益を受けている限度の求償権を取得する
※民法462条2項
8 物上保証人の事前求償権(否定)
以上で説明した、物上保証人の求償権の範囲については、保証人と同じ扱いとなっています。
この点、事前求償権については、保証人と物上保証人には違いがあります。物上保証人には事前求償権は認められていません。
物上保証人の事前求償権(否定)
※最判平成2年12月18日
9 物上保証人の求償権に関する条文規定
前述のように、物上保証人の求償権は保証人(保証債務)の規定を準用しています。さらに保証債務の規定は別の規定を準用しています。このように条文の構造が少し複雑なので、以下、条文を分けて整理しておきます。
最初に、抵当権を設定した物上保証人は、質権を設定した物上保証人の規定が準用されます。その上で、求償権については”保証債務(保証人)
”の規定が準用されます。
物上保証人の求償権に関する条文規定
あ 質権の規定の準用
(留置権等の規定の準用)
第三百七十二条 第二百九十六条、第三百四条及び第三百五十一条の規定は、抵当権について準用する。
※民法372条
い 保証債務の規定の準用
(物上保証人の求償権)
第三百五十一条 他人の債務を担保するため質権を設定した者は、その債務を弁済し、又は質権の実行によって質物の所有権を失ったときは、保証債務に関する規定に従い、債務者に対して求償権を有する。
10 委託を受けた保証人の求償権の条文規定
保証人の求償権は、委託を受けたか受けないかで違います。まず、委託を受けた保証人の規定をまとめます。
求償権の範囲の基本部分は支出した財産、つまり失った財産の額と定められています。さらに、利息や避けることができなかった損害も含むと定められています。
委託を受けた保証人の求償権の条文規定
あ 基本的規定
(委託を受けた保証人の求償権)
第四百五十九条 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務者に代わって弁済その他自己の財産をもって債務を消滅させる行為(以下「債務の消滅行為」という。)をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対し、そのために支出した財産の額(その財産の額がその債務の消滅行為によって消滅した主たる債務の額を超える場合にあっては、その消滅した額)の求償権を有する。
2 第四百四十二条第二項の規定は、前項の場合について準用する。
※民法459条
い その他の損害の賠償
前項の規定による求償は、弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。
※民法442条2項
11 委託を受けない保証人の求償権の条文規定
次に、委託を受けない保証人の求償権の範囲は、主債務者の意思に反していたか反していなかったかで少し違っています。
委託を受けない保証人の求償権の条文規定
あ 基本的規定
(委託を受けない保証人の求償権)
第四百六十二条 第四百五十九条の二第一項の規定は、主たる債務者の委託を受けないで保証をした者が債務の消滅行為をした場合について準用する。
2 主たる債務者の意思に反して保証をした者は、主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ求償権を有する。この場合において、主たる債務者が求償の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。
3 第四百五十九条の二第三項の規定は、前二項に規定する保証人が主たる債務の弁済期前に債務の消滅行為をした場合における求償権の行使について準用する。
※民法462条
い 弁済期前の弁済
(委託を受けた保証人が弁済期前に弁済等をした場合の求償権)
第四百五十九条の二 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務の弁済期前に債務の消滅行為をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対し、主たる債務者がその当時利益を受けた限度において求償権を有する。この場合において、主たる債務者が債務の消滅行為の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。
2 前項の規定による求償は、主たる債務の弁済期以後の法定利息及びその弁済期以後に債務の消滅行為をしたとしても避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。
3 第一項の求償権は、主たる債務の弁済期以後でなければ、これを行使することができない。
※民法459条の2
本記事では、物上保証人の求償権について説明しました。
実際には、個別的な事情により法的判断や最適な対応方法が違ってくることがあります。
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