【更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響とその批判・反論】
1 更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響とその批判・反論
2 平成9年判例の全体価値考慮説(批判の対象・概要)
3 更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響の指摘
4 更地信仰の教義(内容)
5 更地信仰の弊害
6 更地信仰の弾圧の提唱
7 更地信仰信者からの公益を軸とした反論(引用)
8 更地信仰を強調した裁判例(平成8年東京地裁・引用)
1 更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響とその批判・反論
土地と建物の両方に抵当権を設定した後に建物が(解体され)再築されたケースで,法定地上権が成立するかどうか,という問題について,平成9年判例は原則として否定する解釈を採用しました。全体価値考慮説という見解です。
この全体価値考慮説について,更地信仰が影響しているということを前提として,その更地信仰は不合理であるという批判があり,これに対する(更地信仰サイドからの)反論があります。本記事ではこれを説明します。
2 平成9年判例の全体価値考慮説(批判の対象・概要)
平成9年判例は,全体価値考慮説を採用し,原則として法定地上権の成立を否定するという解釈を示しました。
<平成9年判例の全体価値考慮説(批判の対象・概要)>
土地・建物に共同抵当権が設定された後,建物が取り壊された上で再築された場合,(抵当権が実行された時に)原則として法定地上権は成立しない
※最判平成9年2月4日
詳しくはこちら|土地・建物への共同抵当権設定後の建物再築と法定地上権の成否(平成9年判例・全体価値考慮説)
3 更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響の指摘
建物を維持する制度である一括競売(民法389条)の活用をしないで更地として(建物を収去する前提で)売却することを更地信仰と呼び,全体価値考慮説は,更地信仰を反映したものであるという指摘があります。
<更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響の指摘>
更地抵当後の建物建築の場合に,民法389条の一括競売権の行使に見向きもせず,かつ,土地のみの競売によって法定地上権の成立を否定する判例・通説は,わが国の土地問題における更地信仰を反映したものといえるのではなかろうか。
※松本恒雄稿『民法388条(法定地上権)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p688
4 更地信仰の教義(内容)
ここでの更地信仰とは,土地と建物の全体の評価額よりも更地の評価額の方が高いという考え方のことです。更地は(用途が)オールマイティーである(更地イズキング)というような考え方ともいえます。
<更地信仰の教義(内容)>
あ 更地と建物+土地の価値の比較
本来,土地は利用されていてこそ価値があるものであり,何ら利用されていない土地はそれ自身では富を産み出すものではないはずである。
しかるに,土地と建物を一括して競売に付すより,土地のみを競売に付す方を抵当権者が好み,判例・学説がそれを後押しするということは,土地と地上建物を合わせた価値よりも,建物の存在しないものとしての更地の価値の方が高いという信仰に基づいている。
い 更地の優位性
更地は何にでも利用できる潜在的価値を秘めている
※松本恒雄稿『民法388条(法定地上権)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p688,689
う 建付減価との関係(概要)
建付減価とは,土地に建物が建っていることにより,土地(敷地)の活用が妨害されていることを評価に反映させるものである
詳しくはこちら|「建付地」の鑑定評価と「建付減価」の意味
5 更地信仰の弊害
更地信仰を元にすると,利用されていない土地の買いだめにつながり,それが拡がると土地の投機が生じ,結果的にバブル経済に至ったという流れが指摘されています。
<更地信仰の弊害>
(更地信仰について)
しかし,これは,また同時に,未利用地を将来の値上り利益を期待して買いだめしておくという投機行為につながる。
バブル経済の原因の一つは,極端な土地投機にあった。
※松本恒雄稿『民法388条(法定地上権)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p689
6 更地信仰の弾圧の提唱
土地信仰を批判する立場からは,全体価値考慮説は土地信仰を助長するものであるから,再構成する(悔い改める)ことが提唱されています。
もちろん,全体価値考慮説には合理性(メリット)があるから採用されているのですが,一方でデメリットもあるということも事実です。
<更地信仰の弾圧の提唱>
法定地上権理論もバブル経済の反省の上に,再構成されなければならない。
※松本恒雄稿『民法388条(法定地上権)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p689
7 更地信仰信者からの公益を軸とした反論(引用)
以上のように,平成9年判例がベースとしている更地信仰を批判する見解に対して,更地信仰の信者も黙ってはいません。たとえ新築でも使われていない建物はマイナス価値であり,土地の活用を阻害し,それは所有者にダメージを与えるだけでなく,公益(国益)も害するという鋭い(激しい)反論です。現在は建物の量よりも質へのニーズが高まっているという指摘もあります。
<更地信仰信者からの公益を軸とした反論(引用)>
あ 更地信仰批判への反論
いかなる建物であれ,これを保護するのが国益に適うのか。
住めればなんでもいいわけではない。
『何ら利用されていない土地』が『それ自身では富を産み出すものではない』ならば,使われない建物はただの箱である。
経済的有用性を欠く建物の存在は,経済活動を阻害し,かえって国益に反する。
このことは,建物がどれだけ新しくても変わらない。
い 時代の流れによる建物保護要請の変化
居住建物の窮乏していた時代と現代とでは,建物保護の要請は大きく異なる(量から質へ)。
見込まれている人口減少は,将来的に,建物保護の要請をさらに低くする。
※小野秀誠ほか編『松本恒雄先生還暦記念 民事法の現代的課題』商事法務2012年p943,944
8 更地信仰を強調した裁判例(平成8年東京地裁・引用)
前述のように,平成9年判例(最高裁)が更地信仰をベースとした全体価値考慮説を採用しましたが,実はそれ以前の下級審裁判例が,平成9年判例よりも強くハッキリと更地信仰の基礎部分を明言しています。
要するに,現代の建築テクノロジーや土地価格相場を元に考えると,一部の例外を除くと土地の価値と比べて建物の価値は低いので,建物を取り壊した方が社会経済にプラスに働くという傾向の指摘です。
<更地信仰を強調した裁判例(平成8年東京地裁・引用)>
社会経済上の観点から見ても,近時の建物建築技術・建物建築材料等の著しい進歩ないし変化,これに伴って生じている建物価格の経年による著しい減少,土地価格の高騰等により,社会経済上の見地からできる限り建物を取り壊さないようにしなければならないかどうかの事情は,民法制定当時と最近では大いに異なってきている。
また,例外的に土地価格に比して著しく建物価格の高い大規模建築については,建物を区別所有としたり,予め敷地抵当権に関する検討がされるのが一般的となっている。
したがって,近時においては,必ずしも法定地上権の規定を拡張解釈することが社会経済上大いに推奨されるという事情にはないものといわなければならない。
※東京地判平成8年6月11日
本記事では,全体価値考慮説の背景にある更地信仰と,これに対する批判やそれへの反論を説明しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に抵当権や競売による法定地上権に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。