【単独で使用する共有者に対する償還請求(民法249条2項)】
1 単独で使用する共有者に対する償還請求(民法249条2項)
共有不動産に共有者の1人(その家族)が居住するというケースはよくあります。この場合に、他の共有者は原則として明渡を請求できません。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
一方、(その代わり)金銭(使用の対価)を請求できるのが原則です。これを償還請求といいます。
本記事では、共有者間の償還請求について説明します。
2 平成8年最判以前→不当利得を認める方向性
(1)古い(平成8年最判以前の)判例・学説
古い判例や学説には、共有者の1人が共有物を使用した場合、不当利得として金銭を他の共有者に支払うというコメントが出てきます。ただしこれは抽象的・一般的な内容にとどまり、具体的判断基準を示したものではありません(後述)。
古い(平成8年最判以前の)判例・学説
あ 明治41年判例(の検討)
大判明治41年1月10日は、「共有者の一人が共有物の上に権利を行使するに当たり、法律上の原因なくして利益を受け、これがために他の共有者に損失を及ぼしたときには、不当利得となるものとする」と判示するが、具体的な不当利得の成立要件や利得額の算出方法については、何ら判示しておらず、あまり参考にならない。
なお、これ以外には、共有と不当利得に関する上告審判例(最高裁判例)は、ないようである。
(平成8年判例当時)
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p997、998
い 末弘嚴太郎氏見解
(使用収益の範囲)
各共有者の使用及び収益は「其持分ニ応ジ」てこれを為さねばならぬ。濫りにその範囲を超えるときは因りて得たる利益を不当利得として他の共有者に返還せねばならぬ。なお使用収益の方法を誤って物を毀損した場合には他の共有者に対して不法行為の責に任ぜねばならぬこと勿論である。
※末弘嚴太郎『物権法上巻(19版)』有斐閣1929年p421
う 石田文次郎氏見解
共有者が持分の範囲を超えて使用収益したときは、其受けた利得を不當利得として他の共有者に返還せねばならぬ。
又それがために他の共有者の特分權を侵害したときには不法行為による責任を負ふべきである。
※石田文次郎著『物権法論 第3版』有斐閣1935年p487
(2)平成8年最判当時の議論の状況
ところで、共有者の1人が共有不動産(建物)に居住しているケースについて、特殊な事情から、明渡も金銭の請求も否定した判例があります。
詳しくはこちら|被相続人と同居していた相続人に対する他の共有者の明渡・金銭請求(平成8年判例)
平成8年判例をきっかけとして、そのような特殊事情がない場合の一般論としての前述の解釈の議論が復活しました。その議論の中で、古い判例や学説は具体的な判断基準を示していない、ということが指摘されています。
平成8年最判当時の議論の状況
持分の範囲を越えた使用収益の成否についての具体的判断基準や利得額の算定についての具体的判断基準を述べることが困難なことを示すものであろう。
わずかに、末弘巖太郎・物権法上巻及び石田文次郎・物権法論が、遺産共有に限らず、共有財産一般について、共有者が持分の範囲を越えて使用収益したときはその受けた利得を不当利得として他の共有者に返還せねばならないという趣旨を述べる。
しかし、これ以外の物権法教科書には、このような記述はない。
おそらく、「持分の範囲を越えた使用収益」という概念があいまいであること、利得額の算定にも困難が伴うことから、このような割り切った記述をすることをためらっているのであろう。
(平成8年判例当時)
※野山宏稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p999
3 平成12年最判→不当利得または不法行為
(1)平成12年最判の引用
前述のような、共有者の1人が共有不動産を使用する場合の金銭請求について、平成12年判例が最高裁としては初めての判断を示しました。内容の説明に入る前に判決文を押さえておきます。
平成12年判例の引用
・・・本件を原審に差し戻すこととする。
※最判平成12年4月7日
(2)平成12年判例の位置付けと要点
平成12年判例は共有者間の使用対価(金銭)の請求についての初めての最高裁判例でした。
結論として請求を認めましたが、単独占有権原がないことが前提です。例えば、「共有者Aが無償で使用できる」、と共有者全員が合意したのであれば、不当利得や不法行為には該当しないことが明らかです。この点、「Aが使用できる」とだけ、共有持分の過半数で決定した場合にもあてはまる(金銭の請求ができる)かどうかは示されないままとなっていました。
平成12年判例の位置付けと要点
あ 初判断
(最判平成12年4月7日について)
判旨一(金銭請求の可否)は、この問題につき、最高裁として初めて判断を示した点で先例的意義がある。
い 単独占有権原の特定未了
今後は、共有持分を超えた単独占有について一般的には不法行為ないし不当利得の可能性を肯定した上で、本判決にいう「共有物である本件各土地の各一部を単独で占有することができる権原」が認められるかどうかが問題になり、事例の集積が待たれる(本件では、XとYらの間に使用貸借契約の成立を推認させる事情は見あたらない。・・・)。
※『判例タイムズ臨時増刊 主要民事判例解説1065号』2001年p54〜
う 使用方法の決定ありのケースへの適用→不明
(1)使用の対価(試案第1の1(4)①)について
現行法上、特段の定めなく共有物を使用する共有者は、他の共有者に対して賃料相当額の不当利得返還義務又は損害賠償義務を負うと考えられているものの(最判平成12年4月7日集民198号1頁参照)、共有物の利用方法の定めを決定した場合にもこの規律が適用されるかについては必ずしも明らかではない。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p15
4 令和3年改正による民法249条2項(償還請求)
令和3年改正で、民法249条2項に、共有物を使用する共有者が、自己の持分を超える使用について対価を償還する義務を負うことが明記されました。大雑把にいえば、以前の判例の内容と変わっていませんが、違いもあります。
違いはまず、無償で使用できるという合意がない限り(つまり有償とも無償とも合意していない場合)は償還を請求できる、ということです(後述)。
次に、請求権の根拠は、改正前は民法703条や709条でしたが、改正後は民法249条2項ということになった、ということです。
令和3年改正による民法249条2項(償還請求)
あ 条文
共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う。
※民法249条2項
い 具体例
例えば、A、B及びCが共有する不動産につき、持分の価格の過半数による特段の定めがない場合に、自己の判断で、Aが単独で不動産を利用しているときには、AがB及びCに対してその使用料相当額を支払うことになる。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p15
う 償還義務の性質
ア 我妻・有泉コンメンタール
[2]本項(注・民法249条2項)の義務は、不法行為や不当利得の要件を前提としない「法定の義務」である。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p485
イ 七戸克彦氏指摘
(注・民法249条2項について)
この対価償還義務は、上記不法行為や不当利得の要件に左右されない、法定的な義務である。
※七戸克彦著『新旧対照解説 改正民法・不動産登記法』ぎょうせい2021年p40
5 占有共有者に対する金銭請求の金額算定(概要)
平成12年判例でも令和3年改正後の民法249条2項でも、金銭の請求ができることははっきりしていますが、金額の計算については何も示されていません。金額の算定については、いろいろな解釈(裁判例)の蓄積があります。
詳しくはこちら|単独で使用する共有者に対する償還請求の金額算定
6 収益(償還義務)に関する合意の効力の範囲→合意した当事者のみ
(1)部会資料→合意した当事者間のみ(無償使用の合意)
以上のように、共有者Aが共有不動産を使用(居住)している場合、他の共有者B・Cは使用対価を請求できるのが原則です。しかし、民法249条2項では、「特段の合意」がある場合には例外的に請求できないことになっています。この「合意」とは要するに、無償で使用してよいという合意のことです。
ここで、AとBが持分の過半数で、「Aが無償で使用する」ことに賛成したら、これは「共有者による使用方法の決定」であり、共有者全員に効果が及ぶ、つまりCはAに使用対価を請求できない、という発想も過去にはありました(後述)。
しかし、令和3年の民法改正の議論では、「無償とする」(償還請求を否定する)合意は、1対1の関係だけで効力があるにすぎない、という解釈が示されていました。別の言い方をすると、過半数で決定できるのは現実使用(を誰がするか)だけであり、収益権(対価を支払うかどうか)は対象外である、ということです。
この理論を前提とすると結局、Cは無償であることを許していないので、C(だけ)はAに償還請求ができる、ということになります。
部会資料→合意した当事者間のみ(無償使用の合意)
あ 中間試案補足説明
ア 現実使用と収益の2分論(前提)
共有者は、その持分に応じて共有物を使用することができる(民法第249条)が、その具体的な意味としては、
㋐共有物を実際に使用することと、
㋑共有物を実際に使用しないとしても、収益を得ることが考えられる。
共有物は一個であり、実際に複数の共有者が同時に利用することができないことがあるが、収益権については、そのような問題はなく、共有者の一人が共有物を使用するとしても、その共有者は、その使用によって使用が妨げられた他の共有者の持分との関係では、無償で使用する権利はないと考えられる(悪意の占有者は、果実を返還する義務等を負うとする民法第190条参照)。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p15
イ 過半数による収益権否定→不可
また、試案第1の1(1)で提案している共有物の管理に関する事項に関する規律は、共有物の実際の使用についてのものであり、この規律をもって共有物を実際に使用する者以外の共有者の収益権を否定することはできない(共有持分の価格の過半数によって、他の共有者の収益権自体を否定することはできない)と解される。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p15
い 部会資料27
ア 別段の合意の中身(典型例)=無償とする合意
もっとも、共有者間において、無償とするなどの別段の合意がある場合にはその合意に従うべきであると考えられ、パブリック・コメントに寄せられた意見でも、その旨の指摘があった。
そこで、本文①ただし書において、共有者間において別段の合意がある場合にはこの規律の対象外となることを明記したうえで、試案第1の1(4)①と同様の規律を設けることを提案している。
イ 無償の合意の及ぶ範囲→合意当事者のみ
なお、一部の共有者間において別段の合意がある場合には、合意をしていない他の共有者については、本文①の規律が適用されることになると考えられる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料27』p13
なお、これに関連して、たとえば(無償使用を合意した)Bが、持分を第三者Dに譲渡した場合、AB間の「Aが無償で使用できる」という合意が民法254条により、Dが承継するかどうかという問題があります。当該合意は「共有者全体としての決定」ではないので民法254条は適用されないような感覚もありますが、「共有と相分離できない共有者間の権利関係」は広く民法254条により承継されると解釈されています。
詳しくはこちら|共有持分譲渡における共有者間の権利関係の承継(民法254条)の基本
そこで、当該合意もDが承継する可能性が高いように思います。
(2)古い見解→共有者全員(収益分配の合意)(参考)
以前は、収益分配についても、共有者の多数決(持分の過半数)で決めるという見解がありました。前述のように現在(令和3年改正の議論)では、収益は多数決で決めるものから除外される見解が一般的になっています。つまり、過去の見解は否定される方向性となっている、といえます。
この点、令和3年改正後(の民法249条2項の解釈として)も従前と同様に、原則として多数決で収益分配を決定できる、という見解もあります。
古い見解→共有者全員(収益分配の合意)(参考)
あ 我妻=有泉・物権法
各共有者は、共有物の全部について、持分に応じた使用をすることができる(249条)。
収益も、同様に解すべきである。
ただし、使用方法・収益分配の方法などについて協議をしたときは、その取り決めー例えば共有地を持分の割合で区別して耕作する―に従わねばならないことはいうまでもない。
なお、この協議は、共有物の管理にあたるから、管理に関する第二五二条本文に従ってなすべきである。
※我妻栄著『新訂 物権法 民法講義Ⅱ』岩波書店1983年p322
い 新注釈民法(小粥氏見解)
一般には、使用方法・収益分配の方法についての協議は共有物の管理に当たるから、「各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する」(252条)と考えられている(我妻=有泉322頁)。
※小粥太郎稿/小粥太郎編『新注釈民法(5)』有斐閣2020年p564、565
う 松岡久和氏見解(令和3年改正後)
改正民法は、共有物の管理を拡げて、使用方法の決定をそこに含め、共有持分の価格に従った多数決で決するものとした(252条1項)。
それゆえ、その多数決が共有物を特定の者(共有者の1人でも第三者でもよい)に無償で使用することを認める内容であれば、それも本項の「別段の合意」に含まれるものと思われる。
もっとも、収益権の価値的補償である償還を否定する多数決決定は、とりわけ占有継続を否定される共有者の承諾(同条3項)を要するだろうし、場合によっては権利濫用とされるかもしれない。
※松岡久和稿/潮見佳男ほか編『詳解 改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』商事法務2023年p68
7 関連テーマ
(1)少数持分権者の保護としての金銭請求権(参考)
ところで、使用対価の請求(償還請求権)は、過半数に満たない持分しかない共有者(少数持分権者)の保護にもなっています。というのは、少数持分権者Eは、仮に共有不動産を使用(居住)していても、他の共有者が過半数で「Eを退去させてFが使用する」という合意をしたら原則として退去する必要があるのです。
詳しくはこちら|協議・決定ない共有物の使用に対し協議・決定を行った上での明渡請求
現実の使用ができないのであるから、使用対価(金銭)の請求だけは認めないと不合理です。このように、使用対価の請求は、少数持分権者の保護としても機能しています。
少数持分権者の保護としての金銭請求権(参考)
たとえば甲乙丙三者の持分率が平等な共有の場合には、甲乙が一致すれば、甲のみが目的物を利用しうるとか、甲乙のみで利用しうるとか、の決定もでき、丙の利用の排除も可能である(最判昭和29年3月12日)が、かかる場合には、丙には金銭による補償が与えられなければならない。
※鈴木禄弥著『物権法講義 5訂版』創文社2007年p40
(2)合意した使用対価の増減額請求
共有者間で共有物の使用対価(毎月支払う金額)について、周辺の賃料相場を元にして決めた(合意した)ケースで、その後、賃料相場と乖離したため増減額を請求することは認められるでしょうか。「賃貸借」ではないので、借地借家法を直接適用することはできないはずです。類推適用は認められることは十分あり得ると思います。実際に減額請求を認めた裁判例もあります。ただ、「持分の賃貸借」を認めるおかしみのある裁判例です。
詳しくはこちら|共有者間で合意した使用対価(償還義務)の増減額請求
(3)償還請求権の将来給付→肯定
償還請求権(不当利得返還請求権)は、共有者が占有している限り発生します。そこで、訴訟では、将来分の請求(将来給付)が認められます。このこと自体は当然ともいえますが、共有者の1人が第三者から賃料を受領しているケースでの償還請求では、事案によっては将来給付が否定されることもあります。
詳しくはこちら|収益不動産の共有者間の賃料分配金の将来請求の可否
償還請求権の将来給付→肯定
あ 理由
(2)賃料相当額の不当利得返還請求について
被告Y1及び被告Y2は、平成30年5月10日以降も本件各不動産を占有使用しているところ、不動産の共有者の一人が単独で占有する権原なくこれを単独でしていることにより持分に応じた使用が妨げられている他の共有者は、占有している者に対して、持分割合に応じて占有部分に係る賃料相当額の不当利得金の支払を請求できるものと解される(最高裁平成12年4月7日第二小法廷判決・集民198号1頁参照)。
・・・原告は・・・本件各不動産の共有持分6分の1を取得したが、被告Y1及び被告Y2の本件各不動産の占有使用により原告の持分に応じた使用が妨げられており、原告の同持分割合に応じた本件各不動産の賃料相当額は1か月当たり1万円であると認められる。
そうすると、原告は、被告Y1及び被告Y2に対し、不当利得に基づき、本件各不動産の明渡済み又は共有物の分割まで、連帯して1か月1万円の割合による利得金の支払を求めることができるというべきである。
い 主文
主文
1 別紙物件目録記載の各不動産について競売を命じ、その売得金から競売手続費用を控除した金額を、原告に6分の1、被告Y1に6分の3、被告Y2に6分の1、被告Y3に6分の1の各割合で分割する。
2 被告Y1及び被告Y2は、原告に対し、平成30年5月10日から別紙物件目録記載の各不動産の明渡済み又は第1項による分割まで、連帯して1か月1万円の割合による金員を支払え。
・・・
※東京地判平成31年2月18日
本記事では、共有者の合意などがなく、単独で共有不動産を使用する共有者に対する償還請求について説明しました。
実際には、個別的事情により、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、共有物(共有不動産)の使用に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。