【意思表示の到達障害のケースにおける到達の成否の判断】
1 意思表示の到達障害のケースにおける到達の成否の判断
2 到達主義の条文規定と理念(前提)
3 到達の基本的解釈(昭和36年判例・前提)
4 受領猶予要請の判例
5 故意の受領拒否の判例
6 相手方の不作為による到達不能の判例
7 内容証明郵便の不在返戻(概要)
8 到達時点の特定
1 意思表示の到達障害のケースにおける到達の成否の判断
いろいろな通知(意思表示)について,差し出したけれど正常に相手方に届かない,ということがよくあります。この場合には,意思表示が到達していないことになるのが原則ですが,状況によっては到達したと認められることもあります。
本記事ではこのような到達障害のケースで到達が認められるかどうかという問題を説明します。
2 到達主義の条文規定と理念(前提)
到達障害の説明に入る前に,意思表示の効力発生に関する基本ルールを押さえておきます。
大原則は,意思表示が相手方に到達した時に効力が発生する,という到達主義がとられています。この根底には,到達時点で,意思表示の滅失・毀損リスクの配分を切り替えているという理念があります。
<到達主義の条文規定と理念(前提)>
あ 民法97条1項,2項の条文
意思表示は,その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
2 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは,その通知は,通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
※民法97条1項,2項
い 平成29年改正
民法97条は平成29年改正により変更された
2項は新設された
2項は,平成10年判例などの従来の判例理論を踏襲したものである
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法−総則・物権・債権−第6版』日本評論社2019年p214
(参考)平成10年判例は別の記事で説明している
詳しくはこちら|内容証明郵便の不在返戻における到達の判断(平成10年判例)
う 到達主義の根底にある理念
到達主義の根底には,意思表示の伝達過程での滅失・毀損等の危険を到達時点を境として表意者と相手方それぞれの作用領域を基準として配分すべしという観点が貫徹している
※小林一俊『意思表示の到達障害とリスク配分』/『亜細亜法学35巻1号』2000年
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(3)総則(3)』有斐閣2003年p535
3 到達の基本的解釈(昭和36年判例・前提)
到達の判断の一般的な基準について,昭和36年判例が確立しました。要するに相手方が了知可能な状態に至った時に到達を認めるというものです。
<到達の基本的解釈(昭和36年判例・前提)>
ここに到達とは右会社の代表取締役であつたAないしは同人から受領の権限を付与されていた者によつて受領され或は了知されることを要するのではなく,それらの者にとつて了知可態の状態におかれたことを意味するものと解すべく,換言すれば意思表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内におかれることを以て足るものと解すべきところ・・・
※最判昭和36年4月20日
4 受領猶予要請の判例
ここから,到達障害のケースで,到達と認めるかどうか,というテーマの説明に入ります。
ケースを類型的に分けます。まずは,相手方が受領の猶予を要請したという類型です。受領自体を拒否したわけではないというのがポイントです。
結論は,原則どおりに配達完了時点で到達と認める,ということになります。つまり配達していない以上は到達していない,という判定です。
<受領猶予要請の判例>
あ 事案
配達先の居住者が郵便集配人に対して再配達を要求することを繰り返した
い 裁判所の判断
故意の受領拒否というわけのものではなく,実質的には受領者側がいわば受領の猶予を求めただけとみることもできる
現実に配達を了した日に到達があった,と判断した
※大判昭和9年10月24日
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(3)総則(3)』有斐閣2003年p535,536参照
5 故意の受領拒否の判例
相手方が,故意に受領を拒否したケースでは,到達したと認めることになります。
<故意の受領拒否の判例>
あ 昭和11年判例
ア 事案
配達先の居住者が郵便集配人に対して故意に受領を拒否した
イ 裁判所の判断
原審は到達を否定した→上告審は破棄差戻とした
※大判昭和11年2月14日
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(3)総則(3)』有斐閣2003年p536参照
い 大阪高裁判例
ア 事案
発信者(賃貸人)からの書留内容証明郵便が2度差し出されて返送された
発信者は相手方(賃借人)の同居者に,口頭で,郵便物(支払催告書)を受け取ることを要求した
発信者は書留内容証明郵便を差し出した
配達先の同居人は,相手方の指示により,後日郵便局まで受取りに出向く旨配達員に申し出た
しかし相手方は受取りに出向かず,当該郵便物は発信者に返送された
イ 裁判所の判断
故意に受領しなかったといえる
裁判所は,受領拒否のあった翌日に到達したものと判断した
※大阪高判昭和53年11月7日
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(3)総則(3)』有斐閣2003年p537参照
6 相手方の不作為による到達不能の判例
相手方が積極的に受領を拒否してはいないけれど,相手方がなすべきことをしないことによって受領できない状態になっていた,というケースもあります。
この類型も,相手方の責任であるという評価になり,受領拒否と同じように到達したと認めることになります。
<相手方の不作為による到達不能の判例>
あ 事案
発信者が相手方(法人)に対して(契約解除の)意思表示をした
相手方には取締役が欠けており,受領権原を有する者がいなかった
発信者は特別代理人としての任務を終了していた者を名宛人として意思表示をした
い 裁判所の判断
本件の事実経過は,信義則に照らし,被上告人(発信者)の解除の意思表示が解除権が消滅する以前に上告人(相手方)に到達した場合と同視することができる
※最判平成9年6月17日
※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(3)総則(3)』有斐閣2003年p537,538参照
7 内容証明郵便の不在返戻(概要)
重要な通知は,実務では内容証明郵便で送ります。ところが,相手方か同居人が実際に受領しないと配達が完了しません。その後も相手方が受領しないままだと差出人に戻されます。
この場合には,書面本体は届いていないので,到達していないと思えますが,状況によって到達したと判断されることも多いです。
詳しくはこちら|内容証明郵便の不在返戻における到達の判断(平成10年判例)
8 到達時点の特定
以上のように,現実に相手方が受領していないけれど意思表示が到達したと認められることがあります。この場合に,いつの時点で到達を認めるかという問題が別に出てきます。状況によっては到達時点が1日違うだけで時効の結論が逆になるなど大きな問題となります。
これについて,以前は統一的な解釈はありませんでしたが,平成29年改正により明文化されています。
<到達時点の特定>
あ 前提事情
到達そのものを認める場合に,到達時点をどこに置くか,という解釈については,複数の見解がある
い 平成29年改正前の見解
ア 留置期間経過時イ 最初に配達が試みられて不在配達通知書の差し置かれたときウ 相手方が配達通知に基づき受領することが可能であった時点 ※川島武宣ほか編『新版 注釈民法(3)総則(3)』有斐閣2003年p541
う 平成29年改正による明文化
(相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは,)その通知は,通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
※民法97条2項
本記事では,到達障害のケースにおける意思表示の到達の判断について説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に意思表示(通知)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。