【建物賃貸借における電気料金計算の有効性と滞納による解除】

1 建物賃貸借における電気料金計算の有効性と滞納による解除
2 賃貸借契約における電気料金の扱いの類型
3 電気料金滞納による解除を認めた裁判例の要点
4 事案の内容
5 計算方法の有効性・信頼関係破壊の判断
6 電気料金計算方法の相当性に影響する事情
7 電力料金の請求に関する実務的攻防(前哨戦)

1 建物賃貸借における電気料金計算の有効性と滞納による解除

建物の賃貸借契約では,電気料金やガス料金,ゴミ処理費用を,賃料とは別に支払う方式がとられていることもよくあります。特に電気料金については不当に高いから無効ではないかという疑問が生じることがあります。また,電気料金を滞納したことで賃貸借契約が解除できるのか,という問題も出てきます。
本記事ではこのような賃貸借に伴う電気料金(請求)に関する法的扱いを説明します。

2 賃貸借契約における電気料金の扱いの類型

法的扱いの説明に入る前に,一般論として,建物賃貸借で,電気料金が関わってくる方式について整理します。
賃借人が直接電力会社と供給契約を締結するものでは賃貸人との関係で問題となることはありません。一方,賃貸人が子メーターで電力使用量を計測し,料金を賃借人に請求する方式もありますが,さらに,計算方法を決めておく(単価を固定金額とする)方法と,具体的な計算方法を決めておかない方法があります。
実際にトラブルに至るのは最後の,具体的な計算方法が決まっていないものです。

<賃貸借契約における電気料金の扱いの類型>

あ 2つの類型

ア ダイレクト契約方式 賃借人と電力会社が直接契約を締結する方法
イ 子メーター方式 賃貸人が電力会社と契約を締結して,賃借人使用部分も含めて一括して賃貸人が電力会社に支払う
賃貸人が各賃借人の使用した電力量を子メーターで検針した上で,当該電力量に対応する電気料を賃借人に請求する方法

い 子メーター方式における金額計算方法

ア 金額固定方式 電気料の単価を金額で定めておく方法
イ 金額・計算方法明示なし方式 電気料の単価や計算方法を特定しておかない方法
例=「賃貸人の計算した金額を賃借人が支払う」
※弁護士法人御堂筋法律事務所編『契約違反と信頼関係の破壊による建物賃貸借契約の解除』新日本法規出版2019年p46参照

3 電気料金滞納による解除を認めた裁判例の要点

以下,電気料金の滞納による解除を認めた実例(裁判例)を紹介します。最初に,裁判例の要点を整理しておきます。

<電気料金滞納による解除を認めた裁判例の要点>

あ 解除の有効性

事業用の建物の賃貸借(借家)において,解除を認めた

い 主要な判断要素

電気料金・ゴミ処理費用の滞納額合計額は,賃料2か月分未満に過ぎない
賃借人は電気料金の金額を争った(否定した)

う 判断の要点

電気料金・ゴミ処理費用も「賃貸借契約に基づく債務」である
支払義務を否定する,という行為は信頼関係を破壊する程度が大きい
※東京地判平成28年7月28日

え 賃貸借を否定することによる信頼関係破壊(参考)

賃貸借契約自体を否定することが信頼関係を破壊することであると判断した判例もある
詳しくはこちら|信頼関係破壊による催告と本質的義務違反なしの解除の判例(肯定・否定)

4 事案の内容

この裁判例の事案自体の内容を整理します。飲食店としての建物賃貸借で,電気,ガス,ゴミ処理費用などについては,賃貸人が賃借人に請求する方式でした。金額の具体的計算方法までは決めておかないタイプの契約でした。
賃借人が,請求された料金(金額)に納得せず,不足した金額だけを支払う状態が続きました。そこで,賃貸人は解除を通知しました。

<事案の内容>

あ 賃貸借契約の主要な内容

ア 使用目的 中華ラーメン店
イ 賃料・共益費 1か月25万5000円
ウ 電気・ガス・ゴミ処理費用負担特約 賃借人は,本件店舗の使用に伴い発生する電気料,上下水道料金,ガス料金,清掃費,ゴミ処理費,塵埃処理等に要する費用を負担するものとし,賃貸人又は賃貸人の指定する者の指定する時期及び方法により支払うものとする。
なお,上下水道料金,ガス料金,電気料金等の諸費用の計算方法は,賃貸人又は賃貸人の指定する者の計算方法によるものとし,賃借人はこれを承諾しているものとする。

い 電気料・ゴミ処理費用の滞納と解除

賃借人は,電気料の金額が著しく高額で過剰なものであるから,その支払義務はないと主張し,不足する金額しか支払わなかった
賃貸人は,催告の上,解除を通知した
賃料そのものについては滞納はない

う 催告の時点での滞納額

電気料 合計45万9265円
ゴミ処理費 合計9万5937円
※東京地判平成28年7月28日

5 計算方法の有効性・信頼関係破壊の判断

ここから裁判所の判断をまとめます。
まず,電気料金の計算方法が契約上具体的に決まっていないことについては,計算方法が相当性を欠くものでなければ有効であるという単純な判断基準(規範)をたてました。
そして,このケースでは相当性を欠くわけではない,つまり,請求は有効である,その結果,賃借人は義務を負っているのにその一部を支払っていない,ということになりました。
ここで,賃借人が電気料金などを否定していたという事情が信頼関係を破壊したという判断に大きく影響しています。結論として解除は認められました。

<計算方法の有効性・信頼関係破壊の判断>

あ 電気料金計算方法の有効性の規範

本件賃貸借契約には,賃借人において賃貸人の計算方法により算定される費用を負担する旨の費用負担約定が定められている以上,賃貸人における費用の計算方法が相当性を欠くものでない限り,賃借人において,これにより算定される費用を同約定に基づき支払う義務を負うというべきであって,・・・

い 電気料金計算方法の有効性の判断

そうすると,賃借人は,賃貸人に対し,本件賃貸借契約に基づき,別紙電気料計算書及びゴミ処理費計算書のとおり算定される電気料等の支払義務がある。

う 解除の有効性(信頼関係破壊)の判断

賃借人において,この電気料等の滞納額が約46万円に達し,原告からその支払の催告を受けながら,これらの支払義務を争うなどし,本件契約解除時点でも,上記滞納はほとんど解消されていなかったのである。
こうした賃借人の債務不履行は,賃貸人との信頼関係を破壊するに足りるものであって,・・・本件契約解除は有効なものというべきである。
※東京地判平成28年7月28日

え 信頼関係破壊理論による解除の制限(参考・概要)

賃貸借契約においては,形式的な債務不履行があってもそれだけでは解除は認められない
信頼関係が破壊されるに至った場合に解除が有効となる
詳しくはこちら|信頼関係破壊理論と背信行為論の基本(同質性・主な3つの効果)

6 電気料金計算方法の相当性に影響する事情

この裁判例の中では詳しく言及されていませんでしたが,電気料金の計算の相当性の中身を考えると,基本的にはコストの分担(転嫁)ということになります。
賃貸人が負担しているのは,純粋な電力会社から購入する電力の単価だけではありません。子メーターやキュービクルの設置や維持のコストも負担しています。そこで,購入電力単価で計算した金額に,これらのコスト分の上乗せをすることは合理的(相当性を欠かない)といえます。逆に,過剰に上乗せした場合には相当性を欠くことになります。

<電気料金計算方法の相当性に影響する事情>

あ 賃貸人の負担の内容

賃貸人は,子メーターの検針コストや受電設備(キュービクル)の維持管理コストを負担している

い 負担の電気料金への反映(肯定)

単に電力会社からの請求額を元にして,機械的に電力使用量で按分した金額とせずに,『あ』の負担を反映(負担の転嫁)すること自体が相当性を欠くわけではない

う 過剰な上乗せ(否定)

『あ』の負担の反映としては過剰な上乗せがあった場合は,「電気料」名目で,賃貸人が利益を得ていることになる
相当性を欠くものとして,賃借人への請求権が否定される可能性が出てくる
また,無登録で小売電気事業を営んでいることになるリスクもある
※弁護士法人御堂筋法律事務所編『契約違反と信頼関係の破壊による建物賃貸借契約の解除』新日本法規出版2019年p47参照

7 電力料金の請求に関する実務的攻防(前哨戦)

実際には,賃貸建物の規模(床面積)や用途によっては,電気料金自体がまとまった額になるケースも多いです。賃借人としては,不当に(過剰に)上乗せされているのではないかと疑問を持つ状況もよく見受けます。
そこで,賃借人としてはまず,電気料金の計算の根拠として,電力会社の料金明細書子メーターやキュービクルに関する費用の資料開示請求をするということになります。
賃貸人としては,計算方法明示なしタイプを採用する以上は,このような開示請求を想定しておく必要がある,ということになります。

本記事では,建物賃貸借に伴う電気料金の計算の有効性や電気料金滞納による解除について説明しました。
実際には,個別的事情により,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に建物賃貸借に伴う電気やガス料金,ゴミ処理費用などの付随的な請求に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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