【司法書士の依頼者以外への注意喚起義務(令和2年判例)】
1 司法書士の依頼者以外への注意喚起義務(令和2年判例)
2 依頼者への注意喚起義務
3 依頼者以外への注意喚起義務
4 令和2年判例の引用
5 令和2年判例の司法書士倫理の規定化の予定
1 司法書士の依頼者以外への注意喚起義務(令和2年判例)
司法書士が不動産登記申請を受任した場合,一定の範囲で,なりすましなどの不正な登記がなされないように調査する義務を負います。
詳しくはこちら|不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)
このような司法書士が行う調査に関して,令和2年に最高裁が規範を示しました。不正の疑いを把握した時に注意喚起をする義務の判断基準を示すとともに,中間省略登記における依頼者ではない取引当事者への注意喚起義務の判断基準も示したのです。本記事は,これについて説明します。
2 依頼者への注意喚起義務
令和2年判例が示した判断基準の要点を以下まとめます。まずは,依頼者(委任者)に対して注意喚起などをする義務の判断基準です。なりすましである可能性に気づいたら,そのことを依頼者に知らせる,という部分は当たり前です。従前から提唱されている疑念性判断モデルと同じものといえます。
詳しくはこちら|不動産登記申請を行う司法書士の確認義務の枠組み(疑念性判断モデル)
ここで,疑念性判断モデルは追加の調査が必要かどうかの判断基準です。令和2年判例では,追加調査以前に,疑わしいこと自体を依頼者に知らせるという義務が発生するかどうかについての判断基準です。
<依頼者への注意喚起義務(※1)>
あ 基本部分
申請人となるべき者以外の者(なりすまし)による申請であることを疑うべき相当な事由が存在する場合
当該事由についての注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負う(ことがある)
い 注意喚起義務の要否,範囲,程度の判断基準
委任契約の内容に従って定まる
う 契約内容の解釈の判断要素
委任の経緯
当該登記に係る取引への当該司法書士の関与の有無及び程度
委任者の不動産取引に関する知識や経験の程度
当該登記申請に係る取引への他の資格者代理人や不動産仲介業者等の関与の有無及び態様
上記事由に係る疑いの程度
これらの者の上記事由に関する認識の程度や言動
※最高裁令和2年3月6日
3 依頼者以外への注意喚起義務
令和2年判例の事案で,司法書士の責任を追及した者(原告)は,依頼者ではありませんでした。中間省略登記の中間者であるため,登記上は登場しない者だったのです。とはいっても,登記上の当事者と同じように経済的利害を有します。そこで,判例は,原則として依頼者と依頼者以外は同じではないということを前提に,一定の事情がある場合には例外的に依頼者以外への注意喚起義務が生じるという枠組みを示しました。この判断要素も示されていますが,ここ(要点)では省略します。後記の判例の引用をご覧ください。
<依頼者以外への注意喚起義務>
あ 原則
委任者との関係(前記※1)と同様というわけではない
い 例外
第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し,このことが当該司法書士に認識可能な場合において,当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは,当該第三者に対しても,適切な措置をとるべき義務を負う(ことがある)
→義務の不履行により不法行為法上の責任を負う(ことがある)
※最高裁令和2年3月6日
4 令和2年判例の引用
令和2年判例の規範(判断基準)の部分を引用しておきます。
<令和2年判例の引用>
このような司法書士の職責及び職務の性質と,不動産に関する権利の公示と取引の安全を図る不動産登記制度の目的(不動産登記法1条)に照らすと,登記申請等の委任を受けた司法書士は,その委任者との関係において,当該委任に基づき,当該登記申請に用いるべき書面相互の整合性を形式的に確認するなどの義務を負うのみならず,当該登記申請に係る登記が不動産に関する実体的権利に合致したものとなるよう,上記の確認等の過程において,当該登記申請がその申請人となるべき者以外の者による申請であること等を疑うべき相当な事由が存在する場合には,上記事由についての注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負うことがあるものと解される。そして,上記措置の要否,合理的な範囲及び程度は,当該委任に係る委任契約の内容に従って定まるものであるが,その解釈に当たっては,委任の経緯,当該登記に係る取引への当該司法書士の関与の有無及び程度,委任者の不動産取引に関する知識や経験の程度,当該登記申請に係る取引への他の資格者代理人や不動産仲介業者等の関与の有無及び態様,上記事由に係る疑いの程度,これらの者の上記事由に関する認識の程度や言動等の諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。
しかし,上記義務は,委任契約によって定まるものであるから,委任者以外の第三者との関係で同様の判断をすることはできない。もっとも,上記の司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと,登記申請の委任を受けた司法書士は,委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し,このことが当該司法書士に認識可能な場合において,当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは,当該第三者に対しても,上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負い,これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである。そして,これらの義務の存否,あるいはその範囲及び程度を判断するに当たっても,上記に挙げた諸般の事情を考慮することになるが,特に,疑いの程度や,当該第三者の不動産取引に関する知識や経験の程度,当該第三者の利益を保護する他の資格者代理人あるいは不動産仲介業者等の関与の有無及び態様等をも十分に検討し,これら諸般の事情を総合考慮して,当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じて判断するのが相当である。
※最高裁令和2年3月6日
5 令和2年判例の司法書士倫理の規定化の予定
令和2年判例を受けて,この判例の示した規範を司法書士倫理の条文として規定する動きがあります。
<令和2年判例の司法書士倫理の規定化の予定>
最判令和2年3月6日を受け,司法書士倫理の改正案では,現行第53条において,依頼者の依頼の趣旨を把握し,依頼者間の公平を確保する義務を明示するとともに,複数の資格者代理人が関与する登記手続に関する条項を新たに設けたいと考えている。
※日本司法書士連合会司法書士倫理改正委員会稿『新しい司法書士倫理の青写真』/『月報司法書士590号』日本司法書士連合会2021年4月p43
本記事では,令和2年判例が示した司法書士の調査に関する義務の判断基準について説明しました。
実際には,個別的事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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