【仮想通貨(暗号資産)を保有することの「権利」性】

1 仮想通貨を保有することの「権利」性
2 平成26年政府答弁書による権利性の否定
3 ビットコイン所有権否定判決(平成27年東京地判)
4 コイン債権判決(平成30年東京地判)
5 仮想通貨の権利性に関する見解
6 権利性を否定する用語(財産的価値・価値記録)の使用
7 仮想通貨の権利性と差押との関係
8 仮想通貨の権利性と相続との関係

1 仮想通貨を保有することの「権利」性

現金を保有する者は,一応,「紙」や「金属片」の所有権を有するといえます。預金を持つ者は,金融機関に対する預金債権を有するといえます。
この点,仮想通貨(暗号資産)については,暗号キーを保管,管理することにより,特定のアドレスに対応する仮想通貨を排他的に支配できます。この排他的支配は,法的にはどのような意味を持つのでしょうか。
本記事では,仮想通貨を保有することについて権利が認められるかどうか,という問題について説明します。
なお,仮想通貨交換業者に仮想通貨を預けている状態は,返還請求権が存在します。本記事では,預けているのではなく,保有者自身が暗号キーを管理していることを前提として説明します。

2 平成26年政府答弁書による権利性の否定

まず最初に,このテーマが話題になった当初の公的見解として,政府の答弁書を紹介します。仮想通貨(ビットコイン)は権利を表彰しないということをストレートに指摘しています。

<平成26年政府答弁書による権利性の否定>

また,ビットコインは通貨ではなく,それ自体が権利を表象するものでもないため,ビットコイン自体の取引は,通貨たる金銭の存在を前提としている・・・銀行業として行う行為や,有価証券その他の収益の配当等を受ける権利を対象としている・・・有価証券等の取引には該当しない。
※内閣総理大臣『答弁書』内閣参質186第28号;平成26年3月7日
(参考)仮想通貨に関する公的見解は別の記事で説明している
詳しくはこちら|仮想通貨を『価値記録』とする公的見解(答弁書・中間報告・WG報告)

3 ビットコイン所有権否定判決(平成27年東京地判)

次に,裁判所が仮想通貨を保有することについて所有権は認められないと判断したものがあります。
所有権の客体は有体物であることが必要であるところ,仮想通貨は有体物ではないため,所有権の客体にはならないという判断です。なお,判決の中では排他的支配も否定していますが,これについては実情に合っていないと批判されています。

<ビットコイン所有権否定判決(平成27年東京地判)>

あ 判決の規範部分(所有権の客体の要件)

所有権の対象となるか否かについては,有体性及び排他的支配可能性(本件では,非人格性の要件は問題とならないので,以下においては省略する。)が認められるか否かにより判断すべきである。
・・・

い 判決のあてはめ部分

ビットコインが所有権の客体となるために必要な有体性及び排他的支配可能性を有するとは認められない。したがって,ビットコインは物権である所有権の客体とはならないというべきである。
※東京地判平成27年8月5日
詳しくはこちら|ビットコイン所有権否定判決(平成27年東京地裁)の理論内容

う 判決の評釈

有体性を欠くことと所有権を否定するという結論については異論はない
排他的支配性を欠くということについては批判(反対意見)が強い

4 コイン債権判決(平成30年東京地判)

次に,「コイン債権」という言葉を示した判決もあります。当然「債権」というのは特定の者に対して何らかの請求ができることを意味します。要するに,仮想通貨交換業者(仮想通貨を預かっている者)に対して仮想通貨を移転するよう請求する権利のことを「コイン債権」と表現したと思われます。
つまり,仮想通貨そのものを保有することについての債権を認めたわけではありません。

<コイン債権判決(平成30年東京地判)>

あ 判決の要点

(ビットコインの私法的性質論として)
「通貨類似の取扱をすることを求める債権」(コイン債権)である
仮想通貨交換業者の顧客から仮想通貨交換業者への債権は破産法上の「金銭の支払を目的としない債権」(破産法103条2項1号イ)である

い 判決の誤解

本件の審判対象である取引所の顧客であるXがA社に対して有する債権は,A社が有するビットコインの「保有者」的な地位そのものとは異なる。
これに対して,判旨は,(ア)ビットコインを直接保有する者の権利(イ)顧客が取引所に対して有する権利とを混同しているようにみえる。
※得津晶稿『仮想通貨取引所運営会社破産時における顧客の取引所口座債権』/『ジュリスト1535号』有斐閣2019年8月p109

5 仮想通貨の権利性に関する見解

単純に考えても,仮想通貨は有体物ではないので所有権(その他の物権)の客体ではなく,また,特定の者に対して何らかの請求をできるものでもないので債権でもありません。また,無体財産権として特別法で定められているわけでもないのでこれでもありません。結局,権利は否定されます。
そもそも,(実定法上の)「権利」といえるためには法律上に定義・要件・効果が定められている必要があります。しかし仮想通貨についてそのような規定をする法律はありません。このことからも,仮想通貨(の保有)について権利は認められないことになります。
結論として,権利財産権)であることを否定する見解が有力となっています。

<仮想通貨の権利性に関する見解>

あ 「権利」の要件(前提・概要)

実体法上の「権利」であるためには,法律上,定義・要件・効果が定められている必要がある
詳しくはこちら|「権利」「◯◯権」の意味(実定法・立法・政策論・講学上による違い)

い 仮想通貨の権利性(否定)

仮想通貨は,「法律」によってその利益を私法上保障されたものではないから,講学上の概念として提唱するのは格別,実定法上「権利」ということはできず,結局「財産権」とはいうことはできない
※片岡義広稿『再説・仮想通貨の私法上の性質』/『金融法務事情2106号』金融財政事情研究会2019年1月p9

6 権利性を否定する用語(財産的価値・価値記録)の使用

仮想通貨の保有の権利性が否定されると,用語レベルでどのように表記したらよいか,という問題がでてきます。
これについては,仮想通貨(暗号資産)を定義する資金決済法では「財産的価値」という用語(表記)を使っています。「財産」に「的」をつけ,かつ「価値」という用語が使われているのです。
「財産権(権利)」や「財産」(そのもの)という用語は避けたということがよく分かります。つまり「権利」ではないということが当然の前提になっていると読めます。
なお,平成26年に自民党が公表した説明の中では仮想通貨のことを「価値記録」と称しています。これも「財産権」「財産」という用語を避けているのです。

<権利性を否定する用語(財産的価値・価値記録)の使用>

あ 用語と権利性の関係(前提)

権利ではないものを意味する用語として
「財産権」は使えない
「財産」も使わない方が好ましい
「財」「財産的価値」「利益」は使用できる(権利未満を意味する用語である)
詳しくはこちら|「財産権」「財産」「財」(財産的価値)の意味や違い

い 資金決済法における仮想通貨の定義

ア 定義の規定 この法律において「暗号資産」とは,次に掲げるものをいう。・・・
一 物品を購入し,若しくは借り受け,又は役務の提供を受ける場合に,これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ,かつ,不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り,本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
※資金決済法2条5項
イ 定義規定の評価 資金決済法は,・・・仮想通貨が抽象的かつ観念的な「価値」であることを含め,「「財産的」「価値」」と定義しており,筆者としては,よくできた定義であると評価した次第である。
※片岡義広稿『再説・仮想通貨の私法上の性質』/『金融法務事情2106号』金融財政事情研究会2019年1月p10

え 平成26年自民党中間報告

これまで「仮想通貨・暗号通貨」と呼ばれていたものを「価値記録」とする
※平成26年6月自民党『中間報告』
詳しくはこちら|仮想通貨を『価値記録』とする公的見解(答弁書・中間報告・WG報告)

7 仮想通貨の権利性と差押との関係

仮想通貨は動産や債権ではないので,受け皿となっているその他の財産権に該当するかどうかが問題となります。そうすると,仮想通貨は権利ではないので,財産権ではありません。条文レベルでも差押の対象とならない,ということになります。
なお,仮想通貨を預けるタイプの保管方法(ウォレットや仮想通貨交換業者)もあり,この場合には差押自体は可能です。ただし,具体的な方法については問題があります。
詳しくはこちら|ビットコイン『返還請求権』の差押|基本|ウォレットを預貯金と同じ方式で差押

<仮想通貨の権利性と差押との関係>

(ビットコインが単なる電磁的記録であるということを前提として)
これが差押可能な財産として扱えるかどうかは,民事法の例によるべきと考えられるが,ビットコインが民事執行法に規定された強制執行可能な不動産,船舶,動産及び債権以外の財産権に当たるかどうかは不明であり,国税徴収法基本通達にもビットコインの差押えに係る記述がない。
※土屋雅一稿『ビットコインと税務』/『税大ジャーナル23号』2014年5月p81

8 仮想通貨の権利性と相続との関係

ところで,相続の対象は,「権利義務」であると,条文上は規定されています。そうすると,仮想通貨は相続の対象ではない,という発想もでてきます。しかし,包括的な「地位」(立場)が相続の対象であるという見解も有力です。そこで,仮想通貨も相続の対象となるという結論についてあまり異論はないと思われます。

<仮想通貨の権利性と相続との関係>

あ 相続の対象(前提・概要)

民法896条の条文上,相続の対象は「権利義務」と定められている
この点,相続の対象が「権利義務」に限定されるわけではないという見解も有力である
詳しくはこちら|相続による承継の対象についての見解(権利義務・地位・人格・法律関係)

い 仮想通貨の相続における扱い

仮想通貨の相続等については,仮想通貨それ自体を相続の対象となる財産的価値として捉えれば足りると思われる。
※森下哲朗稿『FinTech時代の金融法のあり方に関する序説的検討』/『企業法の進路江頭憲治郎先生古稀記念』有斐閣2017年p808

う 相続税の対象(参考)

相続税の課税財産の範囲については,(相続または遺贈により取得した)「財産」と規定されている
※相続税法2条1項
「財産」の意味として権利であるという説明もある
詳しくはこちら|「財産権」「財産」「財」(財産的価値)の意味や違い
仮想通貨が課税財産に含まれるかどうかということも一応問題になる

本記事では,仮想通貨を保有することで権利が認められるかどうか,ということを説明しました。
実際には,個別的な事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に仮想通貨の扱いに関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【相続による承継の対象についての見解(権利義務・地位・人格・法律関係)】

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