【現物分割の不合理性を全面的価格賠償の相当性の1事情とした裁判例の集約】
1 現物分割の不合理性を全面的価格賠償の相当性の1事情とした裁判例の集約
共有物分割訴訟において全面的価格賠償が選択されるには、現物分割が不可能ということが明確に要求されているわけではありません。しかし、現物分割が合理的ではないことが要求されるという見解もあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償と現物分割の優先順序(令和3年改正前)
この点、令和3年の民法改正で、現物分割と全面的価格賠償は同順位(並列)であることが明確になりましたが、要件は条文化されていません。
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の明確化・全面的価格賠償の条文化(令和3年改正民法258条2・3項)
結局、現物分割が合理的でない場合に全面的価格賠償が採用されやすくなる、ということは改正後も同じといえます。
本記事では、この見解をとっていると思われるいくつかの裁判例を紹介します。
2 現物分割の消極的要件との関係(参考)
ところで、全面的価格賠償とは関係なく、現物分割を選択できない事情(現物分割の消極的要件)が決まっています。本記事で説明する(全面的価格賠償を選択するのに必要な)現物分割の不合理性は、実は、現物分割の消極的要件ととても似ています。現物分割の消極的要件は別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|現物分割の要件(消極的要件の基本的解釈・著しい価格減少の減少率基準)
3 狭小土地を生じる現物分割の合理性否定
現物分割をしたとすると、持分割合が小さい共有者が得る土地の面積が狭小になるケースでは、現物分割は不合理であるといえます。
このような事情があったため、現物分割が否定され、結果として全面的価格賠償を選択した、と読める判例があります。
狭小土地を生じる現物分割の合理性否定
あ 事案の要点
共有物分割の対象の土地は、登記簿上の地目はため池であるが、現況は草が繁茂している
面積は1464平方メートルであった
被告1人当たりの持分に相当する面積は6.42平方メートルであり、被告5名分合わせても32.1平方メートルにすぎない
い 判断の要点(判例解説)
右判決は、係争土地の所在する場所等も考慮した上で、32.1平方メートルでは土地としての効用を十分に果たすことはできないと判断し、結局、全面的価格賠償の方法によることのできる特段の事情があるとしたものであろう。
※最判平成8年10月31日・1962号
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p870
4 接道の支障による現物分割の合理性否定
更地の共有物分割において、共有者の一部が現物分割を希望したため、裁判所は、現物分割にしたらどうなるかを検討しました。裁判所は、間口や私道を通る必要がある、という接道に関する支障を指摘し、現物分割は合理的ではないと判断しました。その上で、結論として全面的価格賠償を採用しました。
接道の支障による現物分割の合理性否定
あ 共有物の性質及び形状
本件においては、本件792番5の土地は更地ではあるものの、”間口が約2.6平方メートルと狭く、外に出るには本件792番9の土地を含む私道を通る必要がある。
い 共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値
本件土地は更地であるが、現物分割された場合は、その経済的価値が著しく下がることが予想される。
う 分割方法についての共有者の希望・その合理性
被告らは、現物分割の方法による分割を希望するとするものの、・・・
現物分割は前記のとおり合理的でないものと思われる。
え 結論
以上によれば、本件においては、全面的価格賠償の方法を採ることが相当であると解される。
※東京地判平成27年6月25日
5 境界確定の困難性による現物分割の合理性否定
共有物分割の対象の土地が、がけを含み、正確な測量をすることが困難であるという特殊事情があった事案です。さらに、がけが崩落しており、補修が必要でしたが、そのためには漁協との協力を要するという事情もありました。
ここで、現物分割を希望する被告は、当該土地の賃借人や漁協との関係が悪く、がけの補修工事、土地の測量をスムーズに進めることは想定できませんでした。
一方、原告は全面的価格賠償を希望しており、全面的価格賠償とした場合は測量は不要ですし、また、原告と関係者は円満であったので、がけの補修工事もスムーズに進めることが想定できました。
結論として、裁判所は、原告が取得する全面的価格賠償を選択しました。
境界確定の困難性による現物分割の合理性否定
あ 測量の困難性による現実分割の否定
本件土地は一筆の土地であり、物理的には現物分割をすることも不可能ではないが、現在は護岸部分が崩落し、正確な測量を行うことは困難であるため、現物分割をすることは事実上困難である。
い 被告の土地利用の実現可能性(関係者との対立関係)
また、本件土地には、Cを賃借人とする本件賃借権が設定されており、C及びO漁協は、護岸部分の補修が行われた後は、本件土地において定置網漁業を再開する意向を示しているが、O漁協と被告との間には建築工事をめぐるトラブルがあり、・・・被告がCやO漁協との間において、今後、本件土地の護岸部分の補修や管理等につき円満に協議を行うことは期待できない。
う 原告の土地利用の実現可能性(関係者との円満状態)
そして、原告は、自らの経営するマリーナの作業場として使用するために本件土地の単独取得を希望し、C及びO漁協もまた、本件土地の共同使用を希望する原告の申出を受け入れる意向を示しており、かかる原告の希望には合理性があるということができる・・・
え 被告の希望の合理性(否定)
被告は、・・・現物分割による共有物分割を希望しながら、現地復元性のある図面に基づく分割線の主張をしていないのであって、かかる被告の希望には合理性が乏しいといわざるを得ない。
お 結論(全面的価格賠償)
以上検討したところによれば、・・・本件土地を原告に取得させるのが相当であると認められる。
※東京地判平成24年7月11日
6 地域の利益の毀損による現物分割の合理性否定
全面的価格賠償を認めた平成8年判例のうち1つの事案では、現物分割をすると病院経営が成り立たなくなるおそれがあるという事情がありました。判決は地域社会への貢献に言及しています。この事情を、全面的価格賠償の相当性の1つとしています。
地域の利益の毀損による現物分割の合理性否定
あ 病院運営に着目した判断
・・・本件不動産は、病院、その附属施設及びこれらの敷地として一体的に病院の運営に供されているのであるから、これらを切り離して現物分割をすれば病院運営が困難になるものと予想される。
そして、被上告人が競売による分割を希望しているのに対し、上告人らは、本件不動産を競売に付することなく、自らがこれを取得する全面的価格賠償の方法による分割を希望しているところ、本件不動産が従来から一体として上告人ら及びその先代による病院の運営に供されており、同病院が救急病院として地域社会に貢献していること、被上告人が本件不動産の持分を取得した経緯、その持分の割合等の事情を考慮すると、本件不動産を上告人らの取得とすることが相当でないとはいえないし、上告人らの支払能力のいかんによっては、本件不動産の適正な評価額に従って被上告人にその持分の価格を取得させることとしても、共有者間の実質的公平を害しないものと考えられる。
・・・
い 現物分割と価格賠償の併用の可能性(参考)
そして、本件不動産の分割については、右の全面的価格賠償の方法によることの許される特段の事情の存否のほか、現物分割と価格賠償とを併用することの当否(前記のとおり、本件不動産は一体として病院の運営に供されているが、・・・本件不動産の一部は必ずしも病院の運営に不可欠ではないことがうかがわれる。そうすると、本件については、具体的な事情のいかんによっては、本件不動産中、右の各不動産を被上告人の取得とし、その余を上告人らの取得とした上、価格賠償の方法によって過不足の調整をする分割方法を採ることも考えられないではない。・・・)等について、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
※最判平成8年10月31日・677号
う 判例解説
なお、記録によれば、病院の事務所がヤクザ風の男に占拠された時期があったようである。
・・・今後、右病院が存続するか否かも競落人次第ということになり、地域医療に対して深刻な影響の生ずる可能性がある。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p873
え 判決後の解決(参考)
最判平成8年10月31日・677号については、平成一〇年三月二〇日、差戻審である大阪高裁において、病院経営を行っているY側が、本件不動産についてのXの持分を買い取ることで訴訟上の和解が成立した。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p884
7 現物分割と換価分割の不合理性を指摘した裁判例
次の裁判例は、事案は少し複雑ですが、着目したい点は、事案内容自体ではなく、全面的価格賠償を選択した理由の説明の部分です。原告が主張した現物分割が合理的ではないことを指摘したのに加え、換価分割(競売)が合理的ではないことも指摘しているのです。
換価分割が最も劣後であること(補充性)は統一的見解です。
詳しくはこちら|換価分割の補充性・分割請求権の保障との関係
そこで、「換価分割が不合理性でないと全面的価格賠償を選択できない」という意味で指摘したものではないと思われます。
現物分割と換価分割の不合理性を指摘した裁判例
あ 前提事実の認定
・・・被告は、本件舗装部分の分割譲渡を受けることが目的で、本件土地に占める本件舗装部分の面積の割合で持分を取得し、絶対多数を占める原告の同意を得ることなく、本件舗装部分に物理的変更を加え、本件敷地部分との間に金属フェンスを設置した。しかしフェンスの設置の仕方、本件土地の南側水路を越えるための通行方法(東側公道経由は迂遠であること)などから考えても、Bが無償で本件舗装部分を経由して公道に出ることを被告も是認していたものと推認される。
本訴における共有物分割につき、被告に本件舗装部分を取得させる方法による分割をすることは、本件売買契約の目的を実現する方法であり、したがって当時の被告の意思・利益に反するとは言えない。
被告が、事後的に、すなわち本件舗装部分を道路として利用した後で、開発許可が不要になったからといって、投下資本の負担を原告に求めるのは不公正であり、それどころか、被告は、Bに処分権がないことを充分知っていたのであるから、原告が、被告に対し、その所有権に基づき本件舗装部分の原状回復を求めたとしても、被告との関係で信義則に反することにはならないのであって、被告が投下した資本は、原告との関係では無に帰せられたとしてもやむを得ないし、もし原告が原状回復を求めれば、被告はさらに原状回復費用を負担せざるを得ない。
い 合理性の判断(評価)
・・・原告が訴状で主張した現物分割は合理的ではなく、また、売買実例(本件売買契約)のある舗装道路部分については、いわゆる全面的価格賠償の余地が充分認められるのであって、競売は必ずしも合理的とはいえない。そうすると、本件土地を現物分割するよりも、原告の単独所有とし、被告がその対価を取得する方法により共有物分割をすることが最も適切であるといえ、その場合、賠償金は現実の売買価格である68万3200円とするのが相当である。
う 支払能力の認定
そしてその売買代金額も高額ではなく、・・・その程度の支払能力には不安がないことも認められる。
・・・前記賠償金額を支払うことを条件として、本件土地の単独所有権を取得し、・・・
※東京地判平成16年7月29日
本記事では、現物分割の不合理性を、全面的価格賠償を選択する理由の1つとした裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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