【持分割合の極端な差と全面的価格賠償の相当性(昭和45年山口地判)】
1 持分割合の極端な差と全面的価格賠償の相当性(昭和45年山口地判)
共有物分割において全面的価格賠償(の相当性)を認める事情にはいろいろなものがあります。その1つに、大きな共有持分を持つ共有者が取得するという事情があります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
極端に大きな持分割合の共有者による全面的価格賠償を認めた裁判例として、昭和45年山口地判があります。この裁判例にはいろいろな珍しい判断が含まれていますので、本記事で紹介します。
2 平成8年判例と令和3年改正による全面的価格賠償の定着(前提)
ところで、平成8年判例が全面的価格賠償という分割類型を正面から認め、その後、令和3年改正の民法では条文として明記されるに至っています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
そこで、現在では全面的価格賠償を採用するということはありふれているのですが、昭和45年当時は、そもそも、全面的価格賠償という分割類型自体を否定する見解が有力だったのです。その意味で、昭和45年山口地判が全面的価格賠償を採用したのは珍しいものだったのです。
3 昭和45年山口地判の判決内容
最初に、この裁判例の判決内容を押さえておきます。
とにかく、持分割合の偏りが極端で、原告が99%以上を有していたのです。
裁判所は結論として、原告が全体を取得する全面的価格賠償を認めました。
昭和45年山口地判の判決内容
あ 事情の評価
原告の本件各不動産に対する持分の割合は全体の99.1%以上に該る1542分の1529であつて、被告らの持分の割合は併わせても0.9%に満たず、本件各土地ないし家屋を現物分割した場合にはそれぞれ殆んど利用価値のない範囲を取得するにすぎないものとうかがえるのであるから、かような形態の共有において被告らの持分が原告の持分に与える制限は質的、量的に極めて僅少であつて、もはや、原告の持分は実質的に一個の所有権全部の内容にも匹敵し、他方、被告らの持分はその割合からすれば共有物に対する利用、収益権能が著しく微弱で、その管理、処分権能の行使は専ら原告に従属する立場にあるといえるのである。
かように、被告らの地位がいわば原告の所有権に対する負担にすぎない共有関係においては、原告の共有物分割請求につき、被告らが原告の意に反してことさら現物ないし競売代金の形式的分割を固執することは権利の濫用として許されないものと解すべきである。
い 分割方法の選択
以上の説示と前記認定事実によれば、本件各不動産はこれを全部原告の所有とし、被告らは原告から本件各不動産に対する各持分の割合による評価金額の交付を受けることによつて本件共有物の実質的分割を完うすることが最も適切で妥当といいうるのである。
もつとも、民法258条2項は共有物の裁判上の分割方法につき現物分割ないし競売による代金分割のみを定めているのであるが、かかる規定は、持分の割合に差異があつても各共有者がその割合に応じて同一内容の権利を有している場合を対象とし、本件のごとき形態の共有においては必ずしも右の他に一切の分割方法を禁止しているものとは解しがたい。
※山口地判昭和45年7月13日
4 全面的価格賠償の位置付けの不明確性
前記のように、この裁判例は結論として全面的価格賠償を採用しましたが、判決の中の理由付けに苦労しています。
判決の最後の方に登場する、民法258条は現物分割と換価分割しか定めていないというところです。2種類の分割類型のどちらでもない全面的価格賠償をなぜ採用できたのか、という問題があるのです。判決文は、本件のごとき形態の共有では例外的に全面的価格賠償を認めるというように読み取れます。「本件のごとき」の内容は、極端な持分割合の差も含めて被告らの対応が権利の濫用にあたるということです(後述)。
逆に言えば、一般論として全面的価格賠償という分割類型を認めたという記述にはなっていないのです。
なお、判例として全面的価格賠償を正面から認めたのは、この裁判例よりずっと後の平成8年判例です(前述)。
全面的価格賠償の位置付けの不明確性
・・・右の判決は、現物分割や競売による分割の請求が権利の濫用とされるような場合について判示したものであり、本来の民法258条の共有物分割の方法として全面的価格賠償を許容するのか否かは、判文の上からは明らかでない。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p880
5 現物分割・換価分割の主張の権利濫用認定
昭和45年山口地判が(例外的に)全面的価格賠償を認めた特殊事情の1つは、被告らの対応が権利の濫用にあたるというものです。権利の濫用にあたると判断した理由は何でしょう。
まず、極端な持分割合の差があります。判決文では原告の所有権に被告が従属するという指摘がなされています。さらに、被告らは所在を明らかにせず、かつ、裁判期日にも出席しなかった、という事情もあります。
なお、共有物分割請求が権利の濫用にあたるかどうか、という問題はよくあります。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)
昭和45年山口地判のいう権利の濫用は、共有物分割請求を受けた側(被告)の分割類型についての希望(主張)についてのものです。これ(分割請求自体の権利の濫用)とは違います。
現物分割・換価分割の主張の権利濫用認定
原告が持分割合による現物分割を求めたのに対し、被告らは、公示送達による呼出しを受け、口頭弁論期日には出頭しなかったという特殊な事案であり、右の権利の濫用に関する判示は言わば仮定的な説示である。
・・・、右の判決は、現物分割や競売による分割の請求が権利の濫用とされるような場合について判示したものであり・・・
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p880
本記事では、共有持分割合に極端な差があるケースで全面的価格賠償を認めた裁判例を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産や共有物分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。