【共有持分の担保権を全面的価格賠償の賠償金に反映しなかった裁判例(平成15年広島高判)】
1 共有持分の担保権を全面的価格賠償の賠償金に反映しなかった裁判例
共有物分割訴訟で全面的価格賠償が主張されることはとても多いです。全面的価格賠償の要件は平成8年判例が明示しましたが、抽象的なものであって、はっきりと判定できるわけではありません。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
実際に裁判所が全面的価格賠償を選択した事例で、賠償金の決定やその他の判断に特徴がある裁判例(広島高判平成15年6月4日)を、本記事では紹介、説明します。
2 平成15年広島高判の事案の要点
平成15年広島高判の事案の要点をまとめます。判決の中の、支払能力(資力)や賠償金額の決定でこれらの事情をどう考慮するかが問題となります。
平成15年広島高判の事案の要点
本件土地上にはXら所有の建物がある(+Xらが居住している)
本件土地のY持分には担保権が設定されている
本件土地のX持分には以前、市による差押がなされたがその後解除されている
※広島高判平成15年6月4日
3 現物分割の否定
判決は、現物分割を否定します。主な理由は、接道を確保できないということです。接道の支障は、現物分割を否定する典型的事情の1つです。
詳しくはこちら|「土地だけ」の現物分割の可否の判断(類型別)
また、隣接するY所有の土地と一体利用をする前提であれば支障が生じないで済みましたが、Yが一体利用を希望していないことから、この分割案は考慮対象外としました。
現物分割の否定
・・・双方が東側公道への通路を確保しながらこれを現物で2分することは、その形状や面積からして実際的ではなく(戦後の復興に伴う区画整理では、狭小な宅地を生じさせないため、本件土地の面積が最小区画とされたことは前記のとおりであり、それ以下の分筆が制限されていたほどである。)、現物で分割することは困難というほかない。
Xらは、Y所有の南側隣地を考慮して現地分割をすべきである旨主張し、Yにおいても南側隣地と西側土地を合わせて利用する計画があったことは前記認定のとおりである。
しかし、Yは現時点においてはそのような計画を中止し、競売による分割を希望しているうえ、西側土地と南側隣地が同一人の所有となったのは、たまたまYの前主の意思と負担で実現しただけのことであるから、Yが南側隣地との一体分割に同意している場合であれば格別、そのような事情もないのに、当該土地の存在を考慮に入れることは当事者間の公平にそぐわず(Yが本件土地の共有持分とは別個に南側隣地を処分することは可能かつ自由であり、上記のような所有関係を当然の前提とすることはできない。)、Xらの主張は採用できない。
※広島高判平成15年6月4日
4 全面的価格賠償の相当性の肯定
次に、全面的価格賠償を選択できるかどうかの判断に入ります。全面的価格賠償の要件は、平成8年判例が基準を立てています。平成15年広島高判も、平成8年判例の基準に沿って判断しています。
判決はまず、全面的価格賠償の要件のうち相当性を認めます。
なお、判決文では「代償金」と表記していますがこれは遺産分割で使う用語であって、共有物分割では「賠償金」の用語が一般的です。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の「賠償金」の用語と性質
全面的価格賠償の相当性の肯定
※広島高判平成15年6月4日
5 裁判所が指摘した相当性を肯定する事情
この判決の中で、全面的価格賠償の相当性を認める事情として指摘されているのは2つの事情です。いずれも、全面的価格賠償の相当性を認める事情の典型的なものです。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
裁判所が指摘した相当性を肯定する事情
あ 居住維持(利用状況)
取得希望者Xらは共有土地上の(Xら所有の)建物に居住している
い 他の共有者の分割方法の希望
Yは換価分割を希望している
※広島高判平成15年6月4日
6 不動産の評価(実質的公平性の内容)
全面的価格賠償の要件のふたつ目は実質的公平性です。実質的公平性を判断するためには、(共有物分割の対象財産の)適正評価が前提となります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における価格の適正評価と共有減価・競売減価
この判決では、建物が存在することにより土地の価値が下がっている(いわゆる建付減価)という評価を用いました。一般論としては、建付減価を適用しないということもよくあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金算定における建付減価・使用貸借相当額減価
この判決では、具体的評価額として、2つの鑑定(書)の平均をとりました。
なお、判決文では「建付地の価格」と記述されていますが、これは不動産鑑定評価基準における「建付地」(の鑑定評価)とは違う意味で使われています。
詳しくはこちら|「建付地」の鑑定評価と「建付減価」の意味
不動産の評価(実質的公平性の内容)
あ 2つの鑑定書
本件土地の評価について、Yはs鑑定書に基づき5270万円(1㎡当たり53万1000円)であると主張し、Xらはt鑑定書に基づき4627万円(1㎡当たり46万7000円)であると主張する。
両鑑定書は、いずれも建物取壊しを前提とする建付地としての価格を求めるものであり、その骨子は以下のとおりである(金額は、特記ない限り1㎡当たりである。)。
い s鑑定書(価格時点平成14年5月1日)
最有効使用は、現在建物の取壊しを前提とする中層の店舗兼事務所ビル等の敷地利用である。
標準画地(間口10m、奥行18m)を対象地の位置に想定し、比準価格を60万円、収益価格を53万7000円、地価公示価額から規準した価格を59万7000円とし、これらを、比準価格を中心に総合勘案して標準価格を60万円とする。
個別格差率を90%として対象地の更地価格を54万円(総額5360万円)とする。
建物取壊費用1万2000円(総額86万3000円)を控除し、本件土地の評価額を53万1000円(総額5270万円)とする。
う t鑑定書(価格時点平成14年4月17日)
最有効使用は、現在建物の取壊しを前提とする店舗兼事務所・共同住宅の敷地利用である。
標準画地(間口11m、奥行18m)を近隣地域内の幅員30m舗装市道に等高接面する位置に想定し、比準価格を54万5000円、収益価格を49万2000円、地価公示価額から規準した価格を59万5000円とし、これらを、比準価格を中心に総合勘案して標準価格を54万1000円とする。
個別格差率を88%(面積過小0.98、間口狭小0.95、奥行長大0.95)として対象地の更地価格を47万6000円(総額4720万円)とする。
建物取壊費用1万3000円(総額93万円)を控除し、本件土地の評価額を46万7000円(総額4627万円)とする。
え 裁判所の判断
以上のとおり、両鑑定書における結論に差異が生じた重要な要素は比準価格にあるところ、両鑑定書において選択された取引事例や、これに対する事情補正、時点補正等の補正事由や補正率に特段不合理な点はなく、いずれか一方のみが妥当ということはできない。
そして、差異の生じた原因が上記のように参考とした取引事例の差異に由来するものであるとすれば、比準価格の設定としては、両鑑定書において選択、補正評価された取引事例を全て考慮することがより妥当なものというべきである。
また、個別格差率、建物取壊費用についても、その差は僅かであり、いずれか一方のみが妥当であるとする事由は見当たらない。
これらの事情からすれば、本件土地の評価額は、両鑑定書の評価額の平均である49万9000円(総額4948万5830円)に基づき、4950万円とするのが妥当である。
※広島高判平成15年6月4日
7 支払能力(実質的公平性)
実質的公平性の内容の重要なものは、支払能力です。適正評価から賠償金額を計算し、(支払うことになる共有者に)その金額を支払う資力(と支払意思)があるかどうかの判定です。通常、預金通帳や残高証明書を証拠として用います。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
この判決でも、残高証明書で、賠償金額程度の残高が確認できました。ただし、預金というのものは一般に、即座に引き出して使ってなくしてしまう、ということがあり得ます。そこで判決では、一応は資力が認められるが、リスクもある、ということを指摘しています。
支払能力(実質的公平性)
あ 賠償金額の決定
・・・本件土地の評価額は総額4950万円であるから、Yの持分2分の1に対応する金額は2475万円であり、・・・その支払が確保される限り、Yの持分をXaのみに取得させることが許されるものというべきである。
※広島高判平成15年6月4日
い 預金残高証明書による資力の証明
この点、Yは、Xaの支払能力を疑問視し、本件土地についてのXらの共有持分についてn市による差押えの登記がされていることをもってその現われであるとする。
しかし、・・・上記差押えはその後解除されているのみならず、・・・、Xaは、平成14年10月7日の時点では、同人名義で約2460万円の銀行預金(普通預金)を有していることが認められ、この金額は上記判示の2475万円をほぼ満足させるものであり、Xaにはその支払能力があることが一応認められる(ただし、・・・上記時点における銀行預金の残高証明書であって、継続的な預金保有状況を示すものではない。)。
※広島高判平成15年6月4日
う 資力の変動リスク
もっとも、Xaの上記の資力が将来においても確実に継続すると認めるに足りる的確な証拠はなく、将来においてその資力が低下する危険性があることは否定できない。
これを無視して価格賠償の方法による分割を命ずることは他方に資力不足の危険を負担させることになり、当事者間の実質的公平を害することとなるが、他方、その危険性のみを理由に価格賠償の方法による分割を否定するとすれば、現に支払能力を継続し、支払が可能な場合であるのに妥当な分割が実現できない結果ともなる。
※広島高判平成15年6月4日
8 履行確保措置
一般的に、全面的価格賠償の賠償金の支払能力に関しては、リスクを回避するために、いろいろな履行確保措置がとられます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
この判決では、判決を条件付にする、具体的には3か月以内に賠償金の支払がない場合には換価分割とするという設定にしました。さらに、持分移転登記の給付判決もつけた上、賠償金の支払との引換給付(同時履行)としました。
履行確保措置
あ 条件付+複数の分割方法の設定
これらの事情を考慮すると、支払がされないのに分割の効果を発生させるのは妥当ではなく、本判決確定後一定期間内にXaにおいて上記金員の支払をすることを条件にYの持分を取得させ、これがされない場合には競売の方法による分割を命ずるのが相当である。
・・・
そして、本件に現われた諸事情、ことに滌除の手続や、担保権者が増価競売を選択した場合に滌除できないことが確定するまでに要する期間を考慮すると、Xaが代償金を支払うべき期間は3か月とするのが相当である。
・・・
い 引換給付・登記手続の債務名義化
なお、Xaの申立てに基づき、Yに対し、上記金員の支払を受けるのと引換えに本件土地の共有持分全部の移転登記手続をすることを命ずることとする。
※広島高判平成15年6月4日
9 対価取得者の持分が負担する担保への配慮
(1)本判決における担保負担への配慮
以上のように判決はXaがYの共有持分を取得することを認めましたが、Yの持分には根抵当権が設定されていました。要するに、XaはYから担保の負担のついた持分を取得したことになるのです。
一方、Xaは、担保権を強制的に消滅させる滌除(現在の抵当権消滅請求)の制度を利用できます。その場合にXaは金銭的な負担をすることになりますが、物上保証人と同じ構造となるので、求償権の行使でYから回収することになります。
たとえば、根抵当権の被担保債権残額が少ない(またはゼロ)という事情やYの資力不足のリスクが小さいという事情があれば結局Xaの負担が現実化しないことが見込まれます。賠償金額に担保負担を反映しなかったことから、このケースではそのような事情があったと予測されます。
本判決における担保負担への配慮
あ 判決文
なお、Yは、本件土地の共有持分について、他の物件(少なくとも南側隣地を含む。)との共同担保として、信用組合pに対して信用組合取引等を被担保債権として極度額1億2000万円の根抵当権を設定しているが、このことは、競売手続によらないと共有物分割ができないとする根拠にはならない。
Xaは、本判決によりYの持分の譲渡を受けることとなり、上記の根抵当権は同持分の上に残存するからである。
もっとも、Xaは同持分の取得者として、同信用組合の根抵当権を滌除する手続を取ることができるというべきであり(自ら条件を満足させることができる場合であるから、民法380条には当たらない。)、これにより負担のない同持分を取得しうると解される。
※広島高判平成15年6月4日
い 滌除の制度(概要)
滌除の制度は別の記事で説明している
なお、滌除の制度は廃止され、現在では抵当権消滅請求となっている
詳しくはこちら|滌除(平成15年改正民法施行前)の基本(第三取得者の主張・抵当権者の対応)
民法380条は、(主)債務者による滌除権の行使を否定する規定である
う 担保負担額の控除の有無の検討
Xaが滌除権を行使しても、Xaが被担保債権額相当の負担を負う
一方、XaはYに対して、その負担相当額の求償権を得る
詳しくはこちら|物上保証人の求償権(委託の有無による求償権の範囲)
しかし、XaはYの無資力リスクを負う
このYの無資力リスクが低い場合は賠償金の算定において担保負担額の控除をしない方向性となる
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金算定における担保負担額の控除
この事案では、Yの無資力リスクが低いという事情があったのかもしれない
(2)共有物分割における担保責任
ところで共有物分割にも担保責任が適用されます。
詳しくはこちら|共有物分割の法的性質と契約不適合責任(瑕疵担保責任)
担保権の負担がある場合については、担保責任の前段階の措置として代金支払拒絶権があります。
詳しくはこちら|抵当権や仮登記の負担つきの不動産売買(担保責任・支払拒絶権)
しかし、本事例のように判決による全面的価格賠償の場合でも支払拒絶権の行使が認められるのか、ということはハッキリしないと思います。
本記事では、共有持分に担保権が設定されてる土地を対象とする共有物分割訴訟で全面的価格賠償を選択した裁判例を紹介、説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。実際に共有不動産や共有物分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。