【営業用建物賃貸借における経営委託と転貸】
1 営業用建物賃貸借における経営委託と転貸
賃貸借契約では、賃借権譲渡や転貸が禁止され、これらを理由とする解除が認められることもあります。
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸の基本(賃貸人の承諾が必要・無断譲渡・転貸に対する明渡請求)
この点、営業用の建物賃貸借で、経営委託や営業委託として、賃貸人ではない者(第三者)が店舗などの営業を行っていた場合にはどうなるでしょうか。転貸と同じことになり、解除が認められることもありますが、そうではないこともあります。
本記事では、経営委託が転貸にあたるかどうか、という問題について説明します。
2 転貸が肯定されやすい業種
実際に、経営委託がなされて、それが転貸として扱われるケースは、業種がある程度決まっています。問題になりやすい業種を整理します。
転貸が肯定されやすい業種
あ 飲食店
飲食店、喫茶店(カフェ)、バー、スナック、大衆酒場
い 小売店
玩具店、衣料販売店、ミシン販売店、鮮魚店
う 郵便局
郵便局
え 風俗営業
パチンコ店、麻雀屋
お その他
ヨガ教室
ファスナー製造工場
※石外克喜稿/『判例評論424号』1994年6月p196
3 転貸を認める判断基準
多くの裁判例が、経営委託が転貸といえるかどうかを判断しています(後述)。それぞれの事案で、いろいろな事情を元にして判断しています。
判断基準をまとめると、経営の主導権(の所在)と占有の独立性のふたつが結論に直結しているといえます。
転貸を認める判断基準
あ 経営の主導権
賃借人に経営上の主導権がない
=第三者に経営上の主導権が移っている
※大阪地判昭和29年7月19日
※東京地判昭和60年4月17日
い 占有の独立性
第三者による独立した占有がある
=賃借人を補助する形で占有するのではない
※石外克喜稿/『判例評論424号』1994年6月p196
4 経営の主導権の判断要素の典型例
前述の2つの主要な要素のうち、経営の主導権は、多くの事情から判断します。主な判断材料として、売り上げや報酬の仕組み(損益の帰属)、指揮監督の程度などがあります。
経営の主導権の判断要素の典型例
あ 損益の帰属
ア 基本
損益が第三者に帰属している→転貸肯定方向
イ 具体例
第三者が毎日の仕入、販売を行っている
第三者がアルバイトを雇用している
第三者がガス、水道の使用料金、設備費用、諸税金といった諸経費を支払っている
※東京高判昭和51年7月28日
※東京地判昭和53年7月18日
い 固定額の店舗使用対価
第三者が賃借人に定額の店舗使用料を支払っている→転貸肯定方向
(→損益が第三者に帰属すること(あ)につながる)
※東京地判昭和60年9月9日
う 一時金の授受
第三者が賃借人に保証金や権利金を支払っている→転貸肯定方向
※東京高判昭和51年7月28日
※東京地判昭和56年1月30日
※東京地判昭和60年4月17日
※東京地判昭和60年9月9日
5 占有の独立性の判断要素の典型例
もうひとつの判断基準である、占有の独立性は、実際の建物の使用について、賃借人と第三者のどちらが強く関わっているか、ということで判断します。
占有の独立性の判断要素の典型例
あ 建物管理権の所在
第三者に建物管理権が移っている→転貸肯定方向
例=第三者が営業許可をとっている、第三者が内装工事を発注した
※東京地判昭和26年12月19日
い 占有の主体
第三者が賃借建物を独立占有している→転貸肯定方向
例=賃借人が第三者を指揮監督していない
※東京地判昭和34年2月4日
う 使用収益の主体
ア 転貸肯定方向
賃借人が第三者をして賃借建物を使用収益させている→転貸肯定方向
※大阪高判昭和25年4月6日
イ 転貸否定方向
形式的に第三者が建物を賃借していても賃借人がその建物を依然使用収益している→転貸否定方向
※神戸地判昭和25年5月26日
6 委託する契約の形式の影響
店舗などの運営を第三者に行ってもらう場合の形式(契約名)にはいろいろなものがあります。ただ、このような形式は、転貸にあたるかどうかの判断に決定的な影響を与えるわけではありません。
委託する契約の形式の影響
あ 契約の形式が判断に与える影響
契約名(契約の形式)がどうなっていても、それにとらわれずに実質的に法的契約関係が何かを判断している
→転貸に該当するかどうかを判断する
い 契約の形式の典型例
ア 組合契約
※大阪高判昭和25年4月6日
イ 営業共同経営契約
※最判昭和28年11月20日
ウ 経営委託契約
※東京高判昭和51年7月28日
※東京地判昭和56年1月30日
7 営業名義の影響
建物で行う営業で使う名義も、転貸にあたるかどうかの判断に決定的な影響を与えるわけではありません。
営業名義の影響
あ 営業名義が判断に与える影響
営業名義人が誰であるかはあまり問題にならない
経営の実体の同一性を重視して、転貸にあたるかどうかを判断する
い 営業名義と転貸判断が食い違った裁判例
ア 転貸否定
第三者が営業名義人になっているが、転貸が否定された
※仙台高判昭和34年7月7日の原審
イ 転貸肯定
営業名義人は賃借人のままであったが、転貸が肯定された
※大阪地判昭和29年7月19日
※東京地判昭和53年7月18日
8 経営委託を転貸と認めた代表的判例
以上のような判断基準が実際にどのように使われるのかをみてみると、より理解しやすいです。
まず、鳥の販売店の経営委託について、無断転貸としての解除を認めた最高裁判例を紹介します。
経営委託を転貸と認めた代表的判例
あ 規範
いわゆる経営の委任または委託の場合、法律上委任の形式をとるにかかわらず受任者が自己の計算において自己の裁量に従って経営を行い、委任者に対して一定の金員を支払うことが少なくない。
かかる場合、経営の委任といつても実質は営業の賃貸借に外ならないと解すべきである(このようなことはコンツェルン関係で屡々その例を見るところである)。
い 事案のあてはめ
しかして原審の認定によれば賃借人と訴外Aとの間において経営委託契約の形式の下に、Aは賃借人が賃貸人より賃借する本件家屋のうちの2坪余の店舗を使用し、A自身の計算において鳥禽類の仕入販売を行い、収益如何にかかわらず賃借人に対して月額6000円を下らざる金員を支払うことを約し、Aは該契約に基づいて右店舗を使用するものであるというのであって、右認定は挙示の証拠によって肯認し得る。
しからば賃借人は経営委託契約の名の下に、その賃借する本件家屋の一部をAに
転貸したものと認むべきであり、これと同旨に出でた原審の判断は正当であり、原判決には所論の違法はない。
※最判昭和39年9月24日
9 牛丼屋の営業の委任に無断転貸解除を認めた裁判例
下級審裁判例は多くありますが、その中から、牛丼屋の営業の委任契約について無断転貸としての解除を認めた高裁の裁判例を紹介します。
牛丼屋の営業の委任に無断転貸解除を認めた裁判例
あ 事案
ア 経緯
牛丼屋の店舗としての建物の賃貸借
賃借人と第三者が営業ないし経営の委任を内容とする契約を締結した
賃貸人は解除の意思表示をした
イ 営業・経営の委任契約の内容
第三者は賃借人に対し、毎月定額を支払う
店舗における営業はすべて第三者の計算において、第三者の預金口座を利用して行う
い 裁判所の判断
無断転貸に基づく解除について
実質は営業の賃貸借である
建物の利用関係の移転は、賃借人との関係では、建物の転貸借にあたる
信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情はない
解除を有効とした
※大阪高判平成5年4月21日
10 美容院の業務委託に無断転貸解除を認めた裁判例
美容院の業務委託契約について無断転貸としての解除を認めた地裁の裁判例を紹介します。
美容院の業務委託に無断転貸解除を認めた裁判例
あ 事案
ア 経緯
美容院の店舗としての建物の賃貸借
賃借人と第三者が業務委託契約を締結した
賃貸人は解除の意思表示をした
イ 業務委託契約の内容
店舗の名称については、受託者において決定し、委託者(賃借人)はまったく関与しない
受託者が、毎月定額の運営費を委託者に支払う
い 裁判所の判断
無断転貸に基づく解除について
実質は建物の転貸借であり、背信性を認め得ない特段の事情もない
解除を有効とした
※東京地判平成7年8月28日
11 経営委託の転貸該当性を判断した裁判例(集約)
以上で紹介したもののほかにも、経営委託が転貸にあたるかどうかを判断した裁判例はとても多くあります。よく詳しく調べる場合には、これらの内容を把握する必要がでてきます。裁判例だけを整理しておきます。
経営委託の転貸該当性を判断した裁判例(集約)
あ 転貸肯定
大阪高判昭和25年4月6日
松江地判昭和25年6月16日
大阪地判昭和25年9月18日
東京地判昭和26年12月19日
最判昭和28年11月20日
大阪地判昭和29年7月19日
最高裁判和29年10月26日
東京高判昭和30年8月3日
最高裁判和31年2月17日
東京高判昭和32年12月19日
東京地判昭和34年2月4日
京都地判昭和34年12月14日
大阪高判昭和37年6月15日
東京地判昭和38年1月30日
最判昭和39年9月24日
東京地判昭和41年10月22日
東京地判昭和44年5月13日
東京地判昭和44年8月27日
東京地判昭和47年6月30日
東京地判昭和49年8月8日
東京高判昭和51年7月28日
東京地判昭和53年7月18日
東京地判昭和56年1月30日
東京地判昭和60年4月17日
東京地判昭和60年9月9日
神戸地判昭和61年8月29日
東京地判昭和61年10月31日
東京地判平成4年2月2日
大阪高裁平成5年4月21日
東京地判平成7年8月28日
い 転貸否定
神戸地判昭和25年5月26日
東京地判昭和25年7月15日
東京地判昭和25年8月10日
大阪地判昭和28年3月23日
東京地判昭和30年10月24日
東京地判昭和30年12月16日
仙台高判昭和34年7月7日
松山地判昭和36年9月14日
東京地判昭和37年1月29日
東京地判昭和40年9月30日
東京地判昭和48年2月26日
12 経営委託を禁止する特約の効力
以上の説明は、一般的な建物賃貸借契約を前提とするものでした。この点、賃貸借契約書の特約として、経営委託を禁止する条項があった場合にはどうなるでしょうか。
もともと、転貸の禁止は民法612条に定められていますが、解釈上、解除は大きく制限されています。特約を定めても、この解釈による制限を回避できないという見解が一般的です。
詳しくはこちら|無断転貸・賃借権譲渡による解除の制限(背信行為論)
そこで、経営委託を禁止する特約があっても、以上で説明した内容と基本的には同じということになります。
本記事では、営業用建物賃貸借における経営委託が転貸といえるかどうかという問題を説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃貸建物の営業の委託に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。