【土地の使用借権の評価額(割合方式・場所的利益との関係)】
1 土地の使用借権の評価額(割合方式・場所的利益との関係)
土地と建物の所有者が異なり、地代などの使用対価の支払いがないというケースがあります。法的には、土地の使用貸借ということになります。
このようなケースでは、土地の使用借権(土地を借りる権利)の評価額を計算することがあります。
本記事では、土地の使用借権の評価額の計算方法を説明します。
2 土地の使用借権の評価を行う状況
使用借権の評価額の計算の内容に入る前に、どのような状況で計算することになるのか、ということを押さえておきます。
簡単にいえば、土地と建物の全体を借主の所有とするケース、貸主(土地所有者)の所有とするケース、第三者の所有とするケース、というように整理できます。
このみっつとも、強制的に行われることはありません。通常は、関係者が交渉して任意に合意(取引)することで行われます。
土地の使用借権の評価を行う状況
あ 借主による土地取得
貸主(土地所有者)が使用貸借の借主に土地を売却する状況
い 貸主による明渡請求
貸主が貸主に補償をして土地を明け渡してもらう(退去してもらう)状況
う 共同売却
土地と建物を一体として第三者に売却する状況
代金の配分を決めることになる
※鵜野和夫著『不動産の評価・権利調整と税務 第42版』2020年p677
え 全面的価格賠償(共有物分割)
共有物分割の方法の1つである全面的価格賠償を採用する場合、共有物の適正評価を行う
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金算定における建付減価・使用貸借相当額減価
お 遺産分割
遺産に含まれる不動産の評価額を算定する
か 財産分与
夫婦共有財産に含まれる不動産の評価額を算定する
3 使用借権の評価の方法(2種類)
使用借権の評価をしようとした場合、大きくふたつの種類の計算方法があります。
まず、使用貸借では借主が、無償で使用する利益を得ていることに着目し、毎月、地代相当の金銭を得ていると考えます。そこで残存期間中の地代相当額の利益を借主が持っている、として計算する方法があります。
ところで、賃借権(借地権)の場合には、借地権割合を使って借地権価格を計算します。そこでこれと同じように、一定の割合を使って計算するという方法もあります。
使用借権の評価の方法(2種類)
あ 地代相当額ベースの計算
使用貸借の残存期間中の地代相当額の現在価値の総和をもって、この使用借権の価額として評価する
い 割合方式の計算
使用借権というものは、借地権とくらべて非常に弱い権利であるが、土地を長期にわたって使用できる権利であることに着目する
借地権割合から評価額を求める
※鵜野和夫著『不動産の評価・権利調整と税務 第42版』2020年p678、679
4 割合方式の使用借権の評価の相場
一定の割合を使って使用貸借の評価額を計算する方法では、この割合として、借地権価格(借地権割合)の3分の1や、20%を使うことが多いです。
割合方式の使用借権の評価の相場
あ 借地権価格の3分の1
統計的にみると、通常の借地権価格の3分の1程度を中心として成りたっている
※小森佐久夫『借地権の鑑定評価について』/『不動産鑑定』1974年7月
い 更地の20%
実際の取引にあたって土地の使用借権を更地価格の20%程度とみて金銭が授受される例はよく目につく
※鵜野和夫著『不動産の評価・権利調整と税務 第42版』2020年p679
う 更地の1〜3割(特別受益における扱い・参考)
(土地の無償使用における使用借権相当額の評価について)
評価はなかなか難しいが、通常、更地価額の1割から3割までの間で事情によって決定されているようである。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p261
詳しくはこちら|不動産の権利・利益や資金の供与(贈与)と特別受益(実例と判断)
5 収用における公的な基準(割合方式)
前述のように、使用借権の評価をする場面は、通常は任意の取引です。ただし、使用貸借の対象の土地が(強制)収用となったケースでは、使用借権の評価が行われます。公的な基準の中に使用借権の評価も定められており、それは借地権の3分の1程度となっています。
これが、前述の使用借権の評価の相場として使われているともいえますし、逆に、任意の取引の相場が公的基準に取り込まれたともいえます。
収用における公的な基準(割合方式)
あ 損失補償基準
使用貸借による権利の補償について
当該権利が賃借権であるものとして前条の規定に準じて算定した正常な取引価格に、当該権利が設定された事情並びに返還の時期、使用及び収益の目的その他の契約内容、使用及び収益の状況等を考慮して適正に定めた割合を乗じて得た額をもって補償するものとする
※公共用地の取得に伴う損失補償基準13条
い 細則
賃借権に乗ずべき適正に定めた割合は、通常の場合においては、1/3程度を標準とするものとする
※公共用地の取得に伴う損失補償基準細則第3
※土地評価理論研究会著『新版 特殊な権利と鑑定評価』清文堂2012年p198
6 貸主による明渡請求の裁判例(割合方式)
前述のように、使用借権の評価が強制的に行われることは通常はないので、裁判所が評価額を判断することはないのですが、裁判所が判断したレアケースもあります。
この裁判例は使用貸借の対象の土地の使用利益の計算の中で更地価格の40%という割合を使っています。割合方式を採用したという意味では前述の一般的な手法に沿っていますが、割合(数値)については理由、根拠が示されていません。40%という割合は一般化できないものと思われます。
貸主による明渡請求の裁判例(割合方式)
あ 事案
使用借権の残存期間は20年であった
貸主(所有者)が中途解約を申し出た
い 裁判所の判断
使用利益について、土地について更地価格の40%、建物について建物価格の20%と認定して評価した
※東京地判昭和46年10月8日
う 評釈
割合を認定した計算の基準については具体的には明らかにされておらず、また、この割合のパーセンテージの適否についても疑問がある
それはともかくとして、割合方式による評価も有力な方法として、裁判上も認められていることを示している
※土地評価理論研究会著『新版 特殊な権利と鑑定評価』清文堂2012年p197
7 全面的価格賠償(共有物分割)の裁判例(概要)
使用貸借相当額の控除が適用される状況として、共有物分割訴訟があります。全面的価格賠償という方法を選択する場合、適正な評価額を出します。評価額を出す中で、控除する使用貸借相当額として10%を採用したものがあります。
いずれにしても、控除する使用貸借の金額については、いろいろな計算方法がある、ということが分かります。
全面的価格賠償(共有物分割)の裁判例(概要)
賠償金の算定としてはさらに調整を行っている
※非公開裁判例令和3年(当事務所扱い事例)
詳しくはこちら|全面的価格賠償の賠償金算定における建付減価・使用貸借相当額減価
8 財産分与において借地権相当額の半額とした裁判例(概要)
あくまでも離婚に伴う財産分与における判断である、という前置きつきで、無償で使用していた土地(建物の敷地)について、結果的に借地権の価値の半額を使ったという裁判例があります。使用借権の評価として一般化はできないですが、参考となります。
詳しくはこちら|財産分与の清算金として土地の無償使用の価値を算定した裁判例(昭和39年鳥取家審)
9 場所的利益と使用借権の比較
ところで、借地(土地の賃貸借)において、一定の場合に、建物買取請求がなされることがあります。この時には借地権は存在しないのですが、その代わり場所的利益があるものとして買取の金額が計算されます。なお、場所的利益の目安は土地価格の15%程度です。
詳しくはこちら|建物買取請求における代金算定方法・場所的利益の意味と相場
借地権未満の一定の評価額という意味では、場所的利益と使用借権は共通します。もちろん、このふたつは別の物(概念)です。その上で、どちらの評価(金額)の方が高いのか、ということについては両方の見解があります。
場所的利益と使用借権の比較
あ 前提
使用貸借期間中に、土地所有者の申し出等により、使用借権を消滅させるときの対価を評価する場合
(使用貸借が終了した場合は対象外である)
い 使用貸借の評価が高いとする見解
場所的利益は、借地権が消滅した状況における評価である
残存期間が10年なり20年なり残っている場合の使用借権が、借地権が消滅した後の「場所的利益」より価値が低くなるということは合理的ではない
使用借権に基づくものであっても、そしてそれが借地権にくらべてはるかに弱い保護であっても、一応の法律上の保護は与えられ、残存期間中はそれなりの経済的利益は享受できるからである
※鵜野和夫著『不動産の評価・権利調整と税務 第42版』2020年p680
※土地評価理論研究会著『新版 特殊な権利と鑑定評価』清文堂2012年p203
う 場所的利益が高いとする見解
場所的利益は、借地人の保護、特に生存権(生活権)を享受するのに必要最低限を保障するものである
たとえ更新が行われなくなった場合においても、その前までは正当な地代を支払っていたのであるから、これを支払っていなかった使用貸借契約より法益を享受できるものと考察するのが自然である
借地人が生存権を享受できる最低限度の範囲は使用借権における権利を下まわらないようにすべきである。
※飯田武爾著『借地権と鑑定評価』ダイヤモンド社1978年
10 土地の使用貸借が保護される傾向(概要)
以上で説明したように、土地の使用貸借の権利(使用借権)は金銭的に評価されるもので、実際に大きな金額となることがよくあります。このことは、建物所有目的の土地の使用貸借は、(一般的な使用貸借より)強く保護されるということが背景にあるといえます。
強い保護の具体的内容は、たとえば、借主が亡くなっても終了しない、契約期間(終了するまでの期間)が比較的長くなる、というような法的扱いです。
詳しくはこちら|借主の死亡による使用貸借の終了と土地の使用貸借の特別扱い
詳しくはこちら|建物所有目的の土地の使用貸借における相当期間を判断した裁判例
本記事では、土地の使用借権の評価額の計算について説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に土地の使用貸借(貸し借り)や明渡に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。