【借地権優先譲受申出(介入権)の対価の計算で私的鑑定を採用した裁判例】
1 借地権優先譲受申出(介入権)の対価の計算で私的鑑定を採用した裁判例
2 介入権の裁判における対価の計算(概要)
3 対価の計算(評価額の採否)の要点
4 裁判例(評価額の採否)の引用
5 不動産鑑定士による評価と裁判所の採用傾向(概要)
1 借地権優先譲受申出(介入権)の対価の計算で私的鑑定を採用した裁判例
借地権譲渡の許可の裁判で,地主が第三者に借地権を譲渡するなら自身が買い受けるという対抗策があります。正式には借地権優先譲受申出といいますが,介入権と呼ばれることも多いです。
介入権の行使があれば,地主が一定の代金を支払って借地権を得ることになります。裁判所が,代金(金額)を定めることになります。
本記事では,裁判所が,鑑定委員会の評価額を否定して私的鑑定を採用したという裁判例を紹介します。
2 介入権の裁判における対価の計算(概要)
この裁判例における計算内容の説明に入る前に,基本的部分を押さえておきます。
地主が介入権を行使し,裁判所がこれを認める場合,裁判所は対価(金額)を付随的処分として決めることになります。
対価(金額)の内容としては,借地権価格と建物の価格の合計額から,譲渡承諾料相当額を差し引く,というものになります。
手続としては,当事者が評価額を主張するのは当然として,鑑定委員会が評価額(意見)を示した上で,最終的に裁判所が判断(金額を決定)します。
詳しくはこちら|借地権優先譲受申出(介入権)の基本(趣旨・典型例・相当の対価)
3 対価の計算(評価額の採否)の要点
鑑定委員会の評価(意見)は中立なものなので,一般的に,裁判所はこれを採用する傾向が強いです。しかし,裁判所は鑑定委員会の評価を鵜呑みにするわけではありません。
当事者は,鑑定委員会の評価の不合理性を指摘し,合理的な計算方法を示します。具体的には,不動産鑑定士による私的鑑定書や意見書を裁判所に提出します。
鑑定委員会の評価の不合理性がはっきりした場合は,裁判所が鑑定委員会の評価を修正することに成功することもあります。この裁判例では,修正がうまくいって,鑑定委員会の意見が全面的に否定され,私的鑑定の内容に沿った計算方法が採用されました。
裁判所が判断した対価(結論)は,鑑定委員会の出した金額の68.82%(3割以上低い金額)ということになっています。
<対価の計算(評価額の採否)の要点>
あ 採用した計算の枠組み
対価=借地権価格(後記※1)+建物の価格(後記※2)
(※1)譲渡承諾料相当の10%を減額している
(※2)建物が第三者に賃貸されているため,借家権相当額を差し引いている
い 裁判所が採用した評価の要点
― | 鑑定委員会 | 私的鑑定 | 裁判所の判断 |
借地権価格 | 2150万3259円 | 1829万6000円 | 1829万6000円 |
建物の価格 | 1009万円 | 968万2000円 | 968万2000円 |
対価(結論) | 3197万円 | ― | 1646万6000円 |
※横浜地決昭和54年3月9日
4 裁判例(評価額の採否)の引用
以上のように,この裁判例では,鑑定委員会の出した金額(対価)と裁判所の出した金額が大きく異なっており,異例といえます。
実際には,裁判所は,鑑定委員会の意見と私的鑑定の内容について詳しく検討し,合理性を評価しています。評価額の検討,採否をしている主な部分を引用しておきます。実際には附属設備の評価(計算)方法など,ここには引用していない事項も検討されています。
<裁判例(評価額の採否)の引用>
あ 更地価格
・・・第二回鑑定委員会の意見書は,本件土地の更地価格を金三,三〇八万一,九九三円と評価するにあたり,昭和五一年土地課税台帳面の価格金七三五万一,五五四円に取引事例による四倍ないし五倍の中間的係数四・五を乗じて金三,三〇八万一,九九三円(一平方米当り金一五万二,三二七円)の金額を算出しているが,右倍率四・五倍の数値を選択した根拠は必ずしも明らかでない。
これに対しK鑑定評価書は,取引事例比較法を適用して求めた比準価格一平方米当り金一三万四,〇〇〇円,収益還元法を適用して求めた収益価格一平方米当り金一二万五,〇〇〇円に,標準価格(神奈川県基準地5-4)に比準した価格一平方米当り金一二万二,九〇〇円との均衡を考慮し,本件土地の更地価格を一平方米当り金一三万円と評価しているが,右鑑定評価は事情補正,時点修正,標準地補正,地域格差,個別格差等本件土地の個別的要因を具体的,総合的に検討した結果得られたものであつて,前記鑑定委員会の意見に比し,より妥当性を有するものと認められるので,本件土地の更地価格については当裁判所は右固武鑑定評価書の意見に従い一平方米当り金一三万円,総額金二,八一四万八,〇〇〇円(一,〇〇〇円以下四捨五入)と認める。
い 借地権価格
本件土地の借地権割合は第二回鑑定委員会及び固武鑑定評価書の意見に従い更地価格の六五パーセントと認めるのが相当である。
したがつて,本件土地の借地権価格は前記認定の更地価格に六五パーセントを乗じた金一,八二九万六,〇〇〇円となる。
う 譲渡承諾料相当の減額
ところで,土地所有者が借地権を買い取る場合には名義書替料の問題が生じないから右相当額を控除すべきこととし,固武鑑定の意見に従い約一〇パーセントの割合にあたる金一八三万円を差引き申立人が買い取るべき本件土地の借地権価格は金一,六四六万六,〇〇〇円とするのが相当である。
え 建物の価格
・・・第二鑑定委員会の意見によれば,本件建物の取得価格及び増改築等の費用価格は総額金八四一万五,八二〇円から耐用経過各年数による建物償却率四五パーセントと建物値上率二七〇パーセントとを勘案して,本件建物の評価額を金一,〇〇九万円(万未満切捨)と評価する。
これに対し,K鑑定評価書は再調達原価を平均一平方米当り金七万五,〇〇〇円と定め,全体の価格を金一,六五九万七,〇〇〇円と算出し,実質的経過年数一〇年,経済的残存耐用年数一四年を減価修正要素として本件建物の価格を金九六八万二,〇〇〇円と決定している。
したがつて,両鑑定の差異はその評価額に比べれば極めて僅かなものに過ぎないから,当裁判所は両鑑定の評価の一致する限度において本件建物の価格を金九六八万二,〇〇〇円と認める。
※横浜地決昭和54年3月9日
5 不動産鑑定士による評価と裁判所の採用傾向(概要)
不動産鑑定士は,一定の基準に基づいて各種の評価(金額算定)をしますが,評価には一定の幅があります。裁判所は,鑑定委員会の意見のような中立な立場の評価を重視し,私的鑑定を採用しない傾向が強いです。だからといってあきらめず,私的鑑定として説得的,合理的な内容のものを提出し,これに沿った丁寧な主張をすれば,裁判所がこれを採用(重視)することもあります。
詳しくはこちら|不動産鑑定士による鑑定の種類と裁判所が採用する傾向(反論の重要性)
以上で紹介した裁判例は,裁判所が私的鑑定を採用した実例のひとつです。
本記事では,介入権が行使されたケースにおける,対価の計算で私的鑑定が採用された裁判例を紹介しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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