【土地の買主による明渡請求は明渡料支払により権利濫用を避けられる】

1 土地の買主による明渡請求は明渡料支払により権利濫用を避けられる

占有者のいる土地の売買がなされたケースで,買主に対抗できる占有権原がない場合には,買主の明渡請求は認められるのが原則です。しかし実際には,権利の濫用として明渡請求は認められないことも多いです。
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
その場合でも,明渡料の支払によって,権利の濫用を否定できる傾向があります。本記事では,そのような判断をした裁判例を紹介しつつ,この理論(解釈)について説明します。

2 平成30年東京高判の要点

明渡料の提供によって権利の濫用を否定した裁判例として,有名なものが2つあります。順に紹介します。
まず,平成30年東京高判から紹介します。最初に要点をまとめます。結論として1億円を払わなくてはならないという結論がショッキングですが,1億円で済んだともいえます(後述)。

<平成30年東京高判の要点>

あ 当事者と関係者

原告(控訴人)=土地の譲受人(三為買主)
被告(被控訴人)=土地の使用借人
売買契約(三為)の売主=D
売買契約(三為)の中間者=f

い 結論

1億円の支払と引き換えに明渡請求を認める
※東京高判平成30年5月23日

3 平成30年東京高判の内容(判決文引用・前半)

平成30年東京高判の内容を紹介します。長いので2つに分けます。まずは前半です。
流れとしては,対抗できる占有権原がないから明渡請求は認められる,という原則を確認した上で,安く買ったことや,明渡請求を認めると占有者がつらいというような事情から,権利の濫用にあたるという判断になります。ここまではよくある流れです。

平成30年東京高判の内容(判決文引用・前半)

あ 枠組み=原則論

本件土地の所有権は控訴人に帰属しており,被控訴人らは本件土地上に本件建物を共有し本件土地を占有しているが,その占有権原は使用貸借であって,控訴人に対抗し得る占有権原を有していないから,権利の濫用に当たるとの特段の事情が認められない限り,本件土地の所有権に基づき,控訴人は,被控訴人らに対し,本件建物を収去し,本件土地の明渡しを求めることができる

い 前提事情(認定事実)

以下,上記特段の事情が認められるか否かについて検討するに,認定事実によれば,
①控訴人及びf社は,本件第1及び本件第2売買契約(以下「本件順次売買」という。)の締結に当たって,被控訴人らが本件土地上に本件建物を所有し,被控訴人Y1が居住していることを認識していたこと,
②本件土地の所有者で売主であるD(大正9年○月○日生)は,本件順次売買の当時,既に高齢で,意思能力には問題がないものの年相応に判断能力が低下しており,本件土地をめぐる法的な権利関係を十分に認識していなかったこと,
③控訴人及びf社は,Dがそのような状況にあることを認識しつつ,Dから本件土地の利用について地代等の支払いがないことを確認し,その権利関係が使用貸借であると判断し,被控訴人らと一度も接触を図ることなく,短期間のうちに,本件順次売買の締結手続を進め,本件土地の更地価格の3割にも満たない極めて低廉な売買価格(約6400万円)で本件土地を購入し,所有権移転登記手続を完了させたこと,
被控訴人Y1は,幼少の頃から家族と長期間にわたって本件土地上で居住してきたものであり,昭和52年から本件建物に居住し,現在は80歳を超える高齢となっており,健康状態も芳しくなく,本件建物に居住し続けるために本件土地を利用する必要性が高いこと,
被控訴人Y2においては,本件建物の共有持分権を取得してからもそれを親族であるDや被控訴人Y1に利用させるばかりで,その対価は何ら得ていないにもかかわらず,控訴人の本件主位的請求が認められれば,多額に及ぶと想定される本件建物の収去費用を負担して本件土地を明け渡さなければならなくなるという不利益を被ること,
⑥被控訴人らの本件土地の敷地利用権は使用貸借に基づくものであって,被控訴人らの地位は,本件土地の所有権を譲り受けた第三者(控訴人)には対抗できない上,しかも,使用貸借は借主の死亡によって終了するから(民法597条3項),被控訴人らの年齢に照らすと,今後の使用貸借の存続期間はそう長くないこと,
⑦被控訴人らによる本件土地の利用は,Dによる本件建物の一部利用(もともと1階部分にDが居住していた。)している限りにおいて安定したものであったが,Dが本件建物から退去し,本件土地を処分することを決意したのは,被控訴人Y1のDに対する暴言等があったためであり,その時点で,本件土地の使用貸借に係るDと被控訴人らの信頼関係はかなり損なわれていたものといわざるを得ないこと,
⑧本件順次売買の締結に当たって控訴人が被控訴人らと接触を図らなかったのは,本件土地の売主であるDが,被控訴人らに知らせないように強く希望していたことが理由となっていること,
⑨本件土地の売買代金が著しく低廉なものとなったのは,控訴人において本件土地と本件建物との占有・権利関係等に未解明の部分が存することに基因するリスクの存在を考慮する必要があったことも影響しており,控訴人側の利益追及に向けた思惑だけが原因ではないこと,
⑩控訴人は,被控訴人らに対し,被控訴人らの本件建物の収去費用の負担(2000万円程度とみられる。)に配慮して,昭和51年築(築40年余経過)の本件建物を5000万円で買い取る旨を申し出たこと,しかし,
⑪控訴人は,Dに対し,被控訴人らから1億円で本件建物を買い受けると説明しており,Dは,それは被控訴人らにとっても良い話であると判断して,本件第1売買契約に至ったこと・・・,等の各事情が認められる。
※東京高判平成30年5月23日

4 平成30年東京高判の内容(判決文引用・後半)

平成30年東京高判の判決文の後半です。
権利の濫用にあたることを前提としつつ,最後に,1億円の支払(提供)があれば権利の濫用とはならないという結論になります。なお,1億円の支払は,法律上も講学上も特定の名称がありません。立退料,明渡料,補償金,濫用阻却料など,いろいろな名称で呼ばれています。本記事では基本的に明渡料といいます。

平成30年東京高判の内容(判決文引用・後半)

う 無償での明渡請求についての判断=権利濫用肯定

上記各事情を総合すると,控訴人は,本件土地上に被控訴人らが本件建物を所有して,被控訴人Y1が本件建物で生活していることを認識しつつ,高齢で本件土地をめぐる権利関係を十分に把握しているとは思われないDから,極めて低廉な底地価格でもって本件土地を購入して巨額な経済的な利益を得た上,本件建物の敷地利用権が使用貸借であって対抗力を有しないことを奇貨として,本件土地の使用借人である被控訴人らの生活等に及ぼす影響等を考慮せず,Dに対して説明した1億円での本件建物の買い取りも提案することなく,巨額な利益を保持したまま本件主位的請求をしていることになるから,権利の濫用に当たるものというべきである。

え 有償での明渡請求についての判断=権利濫用否定

Dは,控訴人から被控訴人らに対して1億円で本件建物を買い取るという提案がされるとの前提で,本件第1売買契約に踏み切っており,控訴人もそのような説明をしたところ,仮にこのような高額の立退料が支払われるのであれば,控訴人の利益も著しい暴利とまではいえないし,被控訴人らの使用貸借に基づく本件土地の占有権原の予想される残存期間がそう長いものとは考えられないことからすれば,被控訴人Y2の利益は十分に保護されているとみられるし,被控訴人Y1については,本件建物での居住を継続したいとの心情は理解できるものの,客観的に見れば,残された老後の生活を維持するのに十分な資金を得られる上,そもそも今回の事態を招いたのは,自らのDに対する言動に原因があることを総合すれば,本件予備的請求は,被控訴人らに対し1億円の支払いをすることが引き換えであれば,権利濫用とはならないと考えられる。

お 結論

以上によれば,控訴人の被控訴人らに対する本件主位的請求は理由がなく,本件予備的請求は1億円の支払と引き換えに本件土地の明渡しを求める限度で理由があり,その余は理由がない。
※東京高判平成30年5月23日

5 借主の死亡による使用貸借の終了(参考)

少し本題から外れますが,平成30年東京高判(前記)の判決文の中に,使用貸借は借主の死亡によって終了するという規定(民法597条3項)の指摘があります。この点,本件のように建物所有目的の土地の使用貸借については,この規定は適用されないことが多いです。
詳しくはこちら|借主の死亡による使用貸借の終了と土地の使用貸借の特別扱い
平成30年東京高判では,判決文には書いてないですが,当事者間に借主の死亡で終了するという認識(合意)があったという考えがあったのだと思います。

6 明渡料の金額算定に関係する情報(平成30年東京高判)

前述のように,平成30年東京高判では最終的に裁判所が定めた明渡料は1億円でした。この金額はどこから出てきたのか,という問題については後述しますが,その前提として,金額を考える際に使う情報(各種金額)を整理しておきます。買主の立場で,支出する金額,(転売で)入ってくる金額に着目すると理解しやすいです。要するに転売利益がいくらになるか,ということを意識するのです。
ところで,実際には,買主は売主に対しては,「土地の使用借人に明渡料1億円を支払う」と説明して購入していました。一方,購入後に土地の使用借人に対しては,「明渡料5000万円を支払う」ことを提案していました。5000万円を節約しようとしたともいえますし,その後の交渉の中で譲歩する幅(ゆずりしろ)として余裕をもたせた,ともいえます。
仮に明渡料が1億円だとすると,支出金額は約1億9000万円(100万円単位は切上)になり,売却金額約2億6000万円との差額約7000万円が転売利益となります。
一方,明渡料が5000万円だとすると,支出金額は約1億4000万円になり,転売利益は1億2000万円となります。

明渡料の金額算定に関係する情報(平成30年東京高判)

あ 転売に要する金額

取得した売買の代金額=約6400万円
建物の収去に要する金額=約2000万円
明渡料→(う)

い 売却が見込まれる金額

本件土地(更地)の評価額=2億6000万円(超)

う 明渡料

売主に説明した明渡料の金額=1億円
実際に占有者に提示した明渡料の金額=5000万円
裁判所が定めた明渡料の金額=1億円
※東京高判平成30年5月23日

7 平成30年東京高判の評釈

平成30年東京高判については,いろいろな方が検討しています。
まず全体をとおして,単純に明渡請求を肯定しても否定しても不合理(不公平)になるため,不公平な結論を回避したという指摘があります。
次に,明渡料の金額の算定については,買主が売主に説明した明渡料の金額を採用した,という自然な考え方が指摘されています。ただ,この「1億円」というのは当事者(明渡請求を受ける者=土地の使用借人)は聞いていません。それでも「1億円」を採用したのは,禁反言(矛盾行為禁止)のルールを使ったのかもしれない,という指摘もあります。つまり,その後の提示額が5000万円と大きく下がったことを問題視した,という発想です。ただ仮に「実際に土地の使用借人に1億円を提示した」とすれば,ますます裁判所は明渡料を1億円と定めたと思えます。
さらに言えば,仮に「当初から一貫して明渡料は3000万円」と説明・提示していたら裁判所は3000万円と定めたのか,という疑問も浮かびます。
とにかく,平成30年東京高判の判決文からは明渡料の金額の理由として,(明渡料が1億円であれば)売主に説明した金額である,著しい暴利ではなくなる,土地の使用借人の利益は十分に保護されている”ということだけが指摘されています。定量的(金額レベルの解像度)での説明はなされていないのです。
今後の同種案件での予測可能性は低いといえます。

平成30年東京高判の評釈

あ 背後にある検討内容

これは,ある程度の金銭を支払えば「濫用性を買い取れる」としたわけではなく,やはり無償契約たる使用貸借での明渡請求それ自体は原則として認められるという立場から,双方の利益を総合的に考慮して不公平な結論を回避したと考えるべきであろう。
※鈴木尊明稿『建物収去土地明渡請求が権利濫用となる場合の立退料支払いの意義』/『新・判例解説Watch 民法(財産法)No.182』2019年12月p3

い 明渡料の金額の根拠

ア 鈴木尊明氏コメント 筆者には,更地価格2億6,000万円超の本件土地を,1億4,000万円弱で取得することと1億9,000万円弱で取得することとの間にどの程度の差が存在するのかわからない。
判決は,Xによる明渡請求の権利濫用というよりも,本件順次売買にあたってXら三社がAに対して,Yらから本件建物を1億円で買い取るという説明をしていたにもかかわらず,実際には5,000万円を提示したことを問題視したのではないだろうか
だからこそ,引換給付判決にあたって支払いを1億円としたのだと思われる。
そうすると,本判決の結論は,明渡請求の権利濫用性が1億円で払拭されるとしたのではなく,目的物の譲受人が前主に約束した内容を破ったことが禁反言(矛盾行為禁止の原則)に抵触することを理由として1億円の支払いを命じられたと理解できないだろうか。
※鈴木尊明稿『建物収去土地明渡請求が権利濫用となる場合の立退料支払いの意義』/『新・判例解説Watch 民法(財産法)No.182』2019年12月p4
イ 近江幸治氏コメント 平成30年判決では,申出額5千万円に対し認定額は1億円である
1億円としたのは,借主のあずかり知らない土地売主の言を基準としたものである。後者では,貸主が土地を更地にして転売すれば,1億円の利益が入ることになる)。
※近江幸治稿『使用貸借の明渡請求が権利濫用とされる場合に立退料を支払えば権利濫用でなくなるか』/『判例時報2410号』判例時報社2019年8月p129

8 平成5年東京高判の要点

もうひとつの裁判例として平成5年東京高判を紹介します。
最初に要点をまとめます。土地を購入した者が土地の使用借人に対して明渡を請求しました。裁判所は,明渡料5000万円を支払うことを条件に,明渡請求を認めました。明渡料の金額以外は平成30年東京高判と同じです。

<平成5年東京高判の要点>

あ 当事者

原告(控訴人)=土地の譲受人(買主)
被告(被控訴人)=土地の使用借人

い 結論

5000万円の支払と引き換えに明渡請求を認める(権利濫用が阻却される)
※東京高判平成5年12月20日

9 平成5年東京高判の内容(判決文引用)

平成5年東京高判の判決文の重要部分を引用します。
明渡請求を受けた者(被控訴人)は,死因贈与として土地の所有権を得ていたのですが,登記をしていない間に,土地が売却され,買主(控訴人)への移転登記がなされてしまいました。
結果として,土地の所有権は買主(控訴人)にあり,被控訴人は土地の使用借権だけをもつ状態になりました。この登記で判断するというルールには例外(背信的悪意者理論)もあるのですが,裁判所はこの理論は採用しませんでした。
権利の濫用については,認める方向の事情と否定する方向の事情がそれぞれありました。買主は,土地の占有者の存在を知った上で,購入後,明渡請求をする,という前提で購入していました(認める方向)。一方,買主は特に安い金額で購入したわけではなく,使用貸借の内容を詳しく説明を受けていませんでした(否定方向)。
ところで,買主は訴訟の中で,「補償金」として4200万円を支払うことを提案していました。
結論として裁判所は,補償金5000万円を支払うことを条件に,明渡請求を認めました。
提示した金額4200万円から800万円を上乗せした理由としては,4200万円では周辺に同程度の不動産を取得できないという指摘があるだけです。5000万円であれば同程度の不動産を購入できる,というようにも読めますがはっきりしません。仮にこの読み方が合っているとすれば,明渡料(補償金)の金額は,周辺の同種不動産の相場価格である,という考え方が採用されたことになります。ただ,この考え方を前提にすると,使用借権は目的物の譲受人にも対抗できるのと実質的に同じことになります。物権と債権の区別や対抗要件制度といった民法の基礎的な規律を根底から覆すことになってしまいます。
いずれにしても,明渡料(補償金)の算定方法は確立していないといってよいでしょう。

平成5年東京高判の内容(判決文引用)

あ 使用貸借の認定

本件土地の実質的所有者は,Uから死因贈与を受けた被控訴人といってもよいと考えられるが,少なくとも,被控訴人は・・・本件土地につき,本件建物所有を目的とし,期間を被控訴人の生存中とする使用借権を有していたということができる。

い 背信的悪意者の否定

しかし,本件土地の所有権を,Uの唯一の相続人であるSの相続人であるTから買受けたHから取得して,これを被控訴人に対抗することができる控訴人は,右事情,特に本件土地の実質的所有者の点を知っていたとまでは認めることができないし,また被控訴人としては,右使用借権という権利の性質上,控訴人から本件土地の所有権に基づき,本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求められたときには,これを控訴人に対して本件土地の占有権原として主張することができるとは,当然には言えない。

う 土地の取得経緯

ア 建物収去土地明渡請求前提での土地取得 控訴人代表者は・・・当初,被控訴人を本件土地の所有者と考えたぐらいだから,被控訴人が土地の所有者でないことが分かった後も,本件建物の所有者である可能性が高いと考えていたと推認でき,その上で,控訴人は,被控訴人が,登記した賃借権など控訴人に対抗できる占有権原はなく,法律的に明渡請求は可能であると考えて,本件土地を取得したものと考えられる。
イ 生涯の使用貸借の説明の有無 控訴人は,仲介者であるTから,被控訴人に対し本件土地を将来にわたり使用することを許諾している旨の説明を受けていたとまでは認められない
ウ 購入金額 ・・・本件土地の取得価額が時価より異常に低廉であること,控訴人に被控訴人に対する不当な害意があること,本件土地の取得に当たり被控訴人に対し強迫,詐欺などの不相当な行為があったこと,本件土地の取得目的が公序良俗に違反するものであることを認めることはできない

う 権利濫用の判断

ア 判断要素 (1)他方,控訴人が知らなかったとはいえ,被控訴人は,本件土地の実質的所有者ともいえる者であって,本件土地上の本件建物に適法に既に五〇年近くも居住し,本件土地に深い愛着を有していること,
(2)被控訴人は現在高齢で病弱であること,
(3)控訴人代表者は,不動産取引についての知識も有している者であるのに,本件土地の所有権取得に当たり,その地上建物の所有者が有する利用権限の有無を調査していないし,被控訴人と十分に明渡しの交渉をしたとも言い難いこと,
(4)控訴人が,本訴で補償金として支払うことを申し出ている四二〇〇万円では,熱海市での不動産取引の実情からみて,被控訴人が,本件土地の利用を含む本件建物と同程度の土地建物を,本件土地周辺で取得することは困難であること,
イ 金額決定 その他,本件記録に現れた一切の事情を考慮すると,控訴人の被控訴人に対する本件土地の明渡請求は,控訴人が被控訴人に補償金として五〇〇〇万円を支払うことにより初めて,権利の行使として是認され,濫用にはならないものと認められる。
※東京高判平成5年12月20日

10 建物の使用貸人による明渡請求における金銭による濫用阻却(参考)

以上の2つの裁判例は,土地の明渡請求についてのケースでしたが,似ている事案として,建物の使用貸借のケースで,買主(譲受人)ではなく,貸主自身が明渡を請求したのに対して,裁判所が,明渡料を支払えば権利濫用を回避できると判断したものがあります(大阪高判平成2年9月25日)。この裁判例の明渡料の算定は,買主の提示した金額825万円に若干上乗せして850万円にしたというものです。ここでも提示額がベースになっています。
詳しくはこちら|建物の使用貸借の前提事情変更による解約・金銭による権利濫用阻却

11 明渡料提供により明渡請求を認める(流動化)傾向

以上のように,いろいろなケースで,明渡請求が権利の濫用にあたることを前提として,明渡料を支払えば権利濫用を回避できる(明渡請求を認める)という判断がなされています。
提示額を低くしておけば裁判所が定める明渡料が低くなるという(ように読める)指摘もあります。裁判所が,大きな転売利益を確保し,「地上げ」(不動産の流動化)を促進(助長)している,という指摘もあります。
ただ,もともと民法の基礎的構造として物権と債権は区別され,対抗要件のルールも整備されていて,その中で使用借権は弱い(買主に劣後する)という規律が形成されています。そもそも,権利の濫用を使ってその規律を否定する,ということの弊害も大きく,抑制すべきであるという考えも強いです。

明渡料提供により明渡請求を認める(流動化)傾向

あ 明渡認容の方向性

各判決の実情を見ても,「金さえ払えば賃借人を追い出すことができる」ことが現実となっているのである。
使用貸借で貸主の明渡請求が権利濫用とされた場合でも,立退料による引換給付判決では,「低額な」立退料の支払との引換給付を申し立てることにより,容易に借主を追い立てることができるのである。
※近江幸治稿『使用貸借の明渡請求が権利濫用とされる場合に立退料を支払えば権利濫用でなくなるか』/『判例時報2410号』判例時報社2019年8月p128,129

い 転売利益

ちなみに,平成5年判決では,申出額4200万円に対し認定額は5千万円,平成30年判決では,申出額5千万円に対し認定額は1億円である(1億円としたのは,借主のあずかり知らない土地売主の言を基準としたものである。後者では,貸主が土地を更地にして転売すれば,1億円の利益が入ることになる)。

う 明渡料と物件取得費用の比較

いずれも,同程度の土地建物を近隣で取得することが困難であるとされた。

え 不動産流動化への影響

要するに,判例のような法理論ならば,「地上げ」に対する歯止めがきかないのである。
※近江幸治稿『使用貸借の明渡請求が権利濫用とされる場合に立退料を支払えば権利濫用でなくなるか』/『判例時報2410号』判例時報社2019年8月p129

本記事では,土地の買主による明渡請求が権利の濫用にあたる場合に,明渡料を支払えば濫用ではなくなる,という理論や実例を説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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