【不正な登記について原告の持分を超える抹消を認める根拠(保存行為・共有持分権)】

1 不正な登記について原告の持分を超える抹消を認める根拠(保存行為・共有持分権)

共有不動産について、不正な登記がなされている場合、一定の関係者は、登記の是正(抹消や更正登記)を請求することができます。これについて、いろいろな法的問題がありますが、そのひとつとして、状況によっては原告の持分の回復を超えた抹消を認めるというものがあります。
詳しくはこちら|共有不動産の不正な登記の是正の全体像(法的問題点の整理・判例の分類方法・処分権主義)
原告の持分の回復を超えた抹消を認める根拠(理由)には主に保存行為と共有持分権の性質が挙げられます。この理論によって、いろいろな解釈に影響が出てきます。
本記事では、このことについて説明します。

2 保存行為を理由とする見解

原告の持分の回復を超えた抹消を認める理由は、共有物の保存行為だからである、という考え方が、以前は主流でした。

保存行為を理由とする見解

あ 過去の通説

甲類型事件についての上記各判例は、共有者の1人が自己の共有持分を超えて登記(登録)の抹消手続を求めることができることの根拠を「保存行為」に求めている。
昭和31年一小判例の判例解説(長谷部茂吉調査官)は、これは通説の立場を採ったものであるとしている。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p391

い 甲類型の判例(参考)

昭和31年判例を含めて、甲類型の判例については別の記事で紹介している
詳しくはこちら|第三者(共有者以外)の不正な登記の抹消請求の判例の集約

3 保存行為の本来の意味と登記請求との整合性

不正な登記が抹消されることは、共有者全員の利益になる、というような大雑把な意味では、保存行為という説明はわかりやすいです。
しかし、本来の「保存行為」とは、共有物の滅失(消滅)や毀損を防止する(現状を維持する)行為のことをいいます。
不正な登記の抹消は、共有物が毀損された後に、回復するというものといえます。つまり、本来の保存行為ではないのです。正確にいえば、保存行為の延長線上にある、ということになるのです。

保存行為の本来の意味と登記請求との整合性

あ 「保存行為」の本来の意味

各共有者が単独でし得る民法252条ただし書の保存行為は、本来は、共有物の滅失・毀損を防止してその現状を維持する行為をいう。

い 共有物の妨害排除請求と保存行為の整合性

ア 共有者全員による妨害排除請求(前提) 共有物全体についての妨害排除請求や返還請求は、共有者が一致して行うべき共有権に基づく物権的請求権であり、これを保存行為ということは立法者の予想していなかったことである
イ 共有者による妨害排除請求(平成15年判例) 本件において問題となっているような持分を有する者による不実の登記の抹消まで保存行為ということになると、保存行為の概念をかなり広げたものといえなくもない。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p393
(過去の)判例が、これを保存行為であるとしているのは、自己の権利の範囲を超えた部分の、共有物における他人物的性質と、その者の権利の客体でもある共有物を媒介とする共通の利益保護の必要性とがあいまって、これらを民法252条ただし書でいう保存行為の延長線上に位置付けているものである
※新田敏『共有の対外的主張としての登記請求』/『不動産登記をめぐる今日的課題』日本加除出版1987年p191

4 知的財産権の無効などの取消訴訟と保存行為(参考)

前述のように、共有物不動産の不正な登記の抹消を含めた妨害排除請求は、共有物の滅失・既存を防止するものにはあたらないと考えられます。これが保存行為という判断の批判のベースになっています。
この点、準共有の知的財産権の無効や取消という行政処分の取消を請求することは、共有財産の消滅を防ぐものであると、問題なくいえます。そこで、共有者の1人がこれらの取消訴訟を提起することを保存行為で説明することができます。
詳しくはこちら|無体財産権の準共有の具体例とこれに関する訴訟の当事者適格(共同訴訟形態)
このように比較すると、共有物の妨害排除請求保存行為が整合しないことがよく理解できます。

5 保存行為の見解と甲乙分類(従来方式)の関係

ところで、共有不動産の不正登記の抹消請求に関して、過去の多くの判例があり、その整理の方法うち、従来方式の判断基準では、保存行為の理屈が登場します。
不正な登記名義を有する者が第三者(共有者以外)である場合には、原告の持分の回復を超えた抹消を認める、という結論で、その理由が保存行為が使われることがよくあるのです。
この説明に対しては、共有者に対する抹消請求であっても、登記のうち不実(不正)な部分については保存行為の理屈が適用される(だから原告の持分の回復を超えた抹消を認めることになる)という指摘(批判)があります。

保存行為の見解と甲乙類型(従来方式)の関係

あ 従来方式判別基準(前提)

不実の登記の抹消請求を、対第三者(甲類型)と対共有者(乙類型)に分類する方法がある
そして、甲類型では保存行為により、原告の持分の回復を超えた抹消請求が認められる
乙類型では(処分権などの理由により)原告の持分の回復を超えた抹消請求を否定する
詳しくはこちら|共有不動産に関する不正な登記の是正方法の従来方式判別基準

い 保存行為と旧方式判別基準の関係

もっとも、乙類型でも、一部共有者の登記に他の共有者の権利を侵害する不実の部分がある場合、その限りでは第三者の不実の登記による侵害と選ぶところはないので(前記藤井論文)、甲類型の保存行為論を適用すると、この場合も不実の部分についての一部抹消登記(更正登記)を原則として求め得るとすべきではないかとも思われる。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p393

6 持分権の性質を理由とする見解

原告の持分の回復を超える抹消請求を認める理由のうち、現在の主流は共有持分権の性質です。
平成15年判例の判決文がとてもわかりやすいです。保存行為の概念(説明)を使っていません。もともと共有持分権は、共有物の全体の使用、収益ができるというものであり、所有権と同じ性質があります(所有権説)。そこで、共有物に妨害(侵害)がある場合には、原告の持分割合が小さくても、完全に妨害を排除する(解消する)ことを請求できる、という理論(説明)です。共有の本質をベースとする理論です。

持分権の性質を理由とする見解

あ 平成15年判例

ア 判決文 不動産の共有者の一人は,その持分権に基づき共有不動産に対して加えられた妨害を排除することができるところ,不実の持分移転登記がされている場合には,その登記によって共有不動産に対する妨害状態が生じているということができるから,共有不動産について全く実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し,単独でその持分移転登記の抹消登記手続を請求することができる・・・。
※最判平成15年7月11日
イ 最高裁判例解説 本判決の共有持分権についての理解としては、前記我妻説のように、共有持分権は共有物の全部に及ぶものであり、その円満な状態を回復するためには、物の上の妨害(違法な登記によるものを含む。)を排除することができるという説明をすることも考えられる。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p396
ウ 主要民事判例解説 すなわち,本判決は,これまでの判例理論を踏襲しつつ,共有持分権に対する妨害共有不動産に対する妨害とを明確に区別し,共有者の一人は,自己の共有持分権に対する妨害がなくとも,単独で共有不動産に対する妨害を排除しうることを明らかにしたものである。
※川崎聡子稿/『判例タイムズ臨時増刊1154号 主要民事判例解説』p38〜

い 我妻榮氏見解

持分権は共有物の全部に及ぶものであり、その円満な状態を回復するためには、物の全部の上の妨害の全部を除去すべきだからである。
妨害が違法な登記・登録による場合にも同様である。
このような場合に、判例は保存行為を理由とする場合が少なくないが、持分権に基づいて請求している場合はそういう必要はない。
※我妻榮『物権法(民法講義Ⅱ)』1983年p327
※藤井正雄『登記請求権』/『民法と登記(中)香川最高裁判事退官記念論文集』1993年(同趣旨)

う 川井健氏見解

判例は持分権に基づく登記請求その他の請求「保存行為」だという。
中でも・・・とする判例(大判昭和15年5月14日)は、「保存行為」の典型として学説上しばしば引用され支持されている。
しかし、この場合も、持分権から派生する登記請求権の性質に基づき各共有者が単独でこれをなしうるといえば足り、共有物の利用関係についての「保存行為」に無理にあてはめる必要はない
この点で、不動産の共有者の一人は、共有不動産について実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し、単独でその持分移転登記の抹消登記を請求できるとした判例(最判平成15年7月11日)が、保存行為を理由としていないのが注目される。
※川井健稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(7)物権(2)』有斐閣2007年p457

7 「共有不動産に加えられた妨害」の考え方

前述のように、平成15年判例をはじめとして、最近の判例は、保存行為の理論を使わずに、共有持分権の性質を理由とする傾向になっています。
改めて共有持分権の性質を理由とする抹消登記請求を考えてみます。共有者が排除の請求をすることができるのは、共有不動産に対して加えられた妨害です。平成15年判例は、不実の持分移転登記が存在することを、共有不動産に対する妨害(状態が生じている)と判断しています。
これだけで十分に理解できますが、さらに、不実の登記があるとなぜ共有物に対する妨害といえるか、というところまで分析してみましょう。一般的に共有者同士の人的関係は、共有関係維持の重要な要素であるという指摘があります。
この点実務では、単に、実体に合致しない登記は是正(抹消)されるべきものなので、正常な登記の実現を妨害していると考えるのが一般的だと思います。

「共有不動産に加えられた妨害」の考え方

あ 判決文の要点(引用・前提)

不動産の共有者の一人は,その持分権に基づき,共有不動産に対して加えられた妨害を排除することができる・・・
不実の持分移転登記がされている場合には,その登記によって共有不動産に対する妨害状態が生じているということができる
※最判平成15年7月11日

い 妨害状態といえる理由

(平成15年判例について)
Xらによる本件持分移転登記の抹消登記手続請求を肯定するためには、本件持分移転登記が共有物に対する妨害になっていることをいう必要がある。
共有物に関しては、共有者間の人的関係が共有関係の維持の重要な要素になっているので、本件持分移転登記が共有者の1人でないYを名義人とする不実のものである以上、Yによる妨害行為が完全に排除されてはいないという説明になろうか。
※尾島明稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成15年度』法曹会2006年p397

8 不可分債権の規定の類推を理由とする見解

以上のように、原告の持分の回復を超えた抹消を認める理由は、以前は保存行為、現在では共有持分権の性質、ということになっていますが、これらとは別にマイナーな見解もあります。それは、共有持分権に基づく請求、ということを前提として、不可分債権の規定を類推適用するというものです。

不可分債権の規定の類推を理由とする見解

共有者の一人が、持分権にもとづいて第三者の不正登記の抹消を請求する場合には、―各共有者はそれぞれ抹消登記請求権を持ち、そして、抹消登記をすることは性質上不可分と見られるから―不可分債権の規定の類推により、単独で訴を提起しうる
※舟橋諄一『物権法』1960年p380

本記事では、原告の登記の回復を超えた抹消登記を認める根拠(の種類)を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、共有不動産の不正な登記に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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