【協議・決定ない共有者による共有物の使用の保護(令和3年改正前の解釈)】
1 協議・決定ない共有者による共有物の使用の保護(令和3年改正前の解釈)
共有物を誰が使用(占有)するかは、共有者が持分の過半数で決することになっています。しかし、実際には、特に協議や決定をしないまま、共有者の1人が使用(居住)していることがよくあります。
たとえばABCが各3分の1の持分割合で建物を共有していて、ABCで話し合いや意思決定をしていないのに、Aが居住しているという状況です。この場合に、BとCの意向でAを退去させることができるかどうか、という問題が生じます。
これについては、以前はいろいろな解釈がありましたが、令和3年改正で新たにルールが作られました。当然、新しく作られたルールが適用されますが、以前の解釈がまったく適用されないとは限りません。
本記事では、令和3年改正前のいろいろな解釈を説明します。
2 令和3年改正による新設の規定(概要)
いろいろな解釈の説明に入る前に、令和3年改正で作られたルールを簡単に説明しておきます。新たなルールとは、令和3年改正で、民法252条1項の後段として新設された規定のことです。
共有物を使用する共有者がいる場合も、使用・収益に関する意思決定を通常どおり、つまり、持分の過半数で決することができる、ということが明記されたのです。
詳しくはこちら|協議・決定ない共有物の使用に対し協議・決定を行った上での明渡請求
一方、共有者間の合意によって共有者の1人が占有している場合であっても、この共有者の占有を否定することを決定することは、原則として管理行為となり、例外的に特別の影響を及ぼす場合だけ、当該共有者の同意が必要になる、ということになりました。
詳しくはこちら|共有者が決定した共有物の使用方法(占有者)の事後的な変更(令和3年改正後)
結局、令和3年改正により、共有者による占有は保護されない方向になった、といえるでしょう。
n 決定未了の共有者の使用の保護(令和3年改正前・まとめ)
最初に、いろいろな解釈の全体をまとめると、意思決定がない状況で単独の使用を始めた占有者に対し、協議、意思決定をした上で明渡請求をする、という前述の発想について、結論としては、否定する傾向があります。
解釈としては(共有物の)変更にあたるという見解や、権利濫用として否定するというものがあります。
4 明渡請求の否定(大原則・昭和41年最判)
以下、令和3年改正前の解釈の説明に入ります。まずスタートとなる大原則は昭和41年最判です(この判例は令和3年改正の前後を通じて生きています)。
無断で共有物を使用しているAに対して、他の共有者BやCからの明渡請求は認められない、という判断です。ただ、この判例の最後の部分で例外(明渡請求を認める)の可能性が記載されています。明渡を求める理由があれば(主張・立証できれば)明渡請求を認める、ということが書いてあるのです。
明渡請求の否定(大原則・昭和41年最判)
けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。
従つて、この場合、多数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならない”のである。
※最判昭和41年5月19日
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
5 問題解決を持ち越したという評釈
昭和41年最判の最後に、明渡を求める理由というような抽象的な言葉がぽつんと置かれていて、その中身についてヒントが一切ありませんでした。そのため、以下説明するようないろいろな解釈が登場することになってしまいました。これについて、星野氏は、この時点では、明渡請求が認められる要件としてどんなものが妥当かを決められなかったので、問題解決(規範定立)を先送りにしたのは適切だった、と指摘しています。しかし、星野氏も、まさか55年後の法改正まで規範(解釈)が統一されないまま混沌とした状態が続くとは思ってもいなかったことでしょう。
問題解決を持ち越したという評釈
※星野英一稿『持分の一二分の一を有し共同相続財産に属する家屋に居住する相続人に対する他の共同相続人全員からの明渡請求は当然には認められず、明渡を求める理由の主張立証が必要であるとして棄却された事例』/『法学協会雑誌84巻5号』1967年p689
6 決定未了の共有者の使用の保護(令和3年改正前・まとめ)
昭和41年最判の最後の明渡を求める理由の中身について、いろいろな解釈がありますが、共有者による意思決定をすることがこれに当たる、というということについてはほぼ共通しています。
その上で、単に多数決(持分の過半数の決定)をするだけでよいのか、という問題が次に立ちはだかります。多数決だけでは明渡請求を認めない、一定の制限をかける、つまり現在の共有者による占有を保護する、という解釈が優勢だったのです。
決定未了の共有者の使用の保護(令和3年改正前・まとめ)
あ 協議・決定をした上での明渡請求
共有者が、共有物の使用方法について協議、意思決定をする
Bが共有物を使用する、Aは共有物を明け渡すという意思決定がなされた
B(やC)がAに対して明渡を請求する
い 法的判断
ア 原則論
原則として、明渡請求は認められる(後記※1)(後記※2)(後記※3)
イ 「変更」分類による保護
すでに共有者による使用(占有)が始まっているので、占有者の変更を生じる意思決定は変更行為に該当する(後記※4)は、
少なくともAが反対する以上は意思決定ができない
→明渡請求は認められない
ウ 権利濫用による保護
(類型的に)Bによる明渡請求は権利の濫用にあたる(後記※5)
→明渡請求は認められない
7 富越和厚氏が指摘する原則論
まず、原則論として、つまり民法の基本的な規定である共有物の管理方法の意思決定をそのままあてはめると、過半数の持分で決定することになります。そこで、明渡を請求する側の共有者が持分の過半数を有していいれば、協議、決定を行い、その後で明渡請求をすれば認められることになります。
令和3年改正で新設された規定はこの原則論を採用した、といえます。
富越和厚氏が指摘する原則論(※1)
非占有共有者が多数持分権者であれば、多数決を経た上、占有共有者に対して明渡を求め得ることになる
非占有共有者が少数持分権者である場合にはこの方法はとれない
※富越和厚稿『共有者の一部の者から共有物の占有使用を承認された第三者に対するその余の共有者からの明渡訴訟の可否』/『ジュリスト918号』有斐閣1988年9月p78
8 川村泰啓氏が指摘する原則論
川村泰啓氏も、民法の共有の規定をそのまま適用した場合、という前置きをつけて、同じ結論を指摘します。
川村泰啓氏が指摘する原則論(※2)
あ 前提事情
共有者Aが共有建物に居住している
共有者ABCは共有建物の使用方法について意思決定をしていない
共有者の有する持分は均等(それぞれ3分の1)である
い 明渡請求(肯定)
(民法上の共有の規定をあてはめた結果(原則論)として)
だから、このような民法典の規定からするならば、設問の建物の構造とA・B両者の家族構成とがこの建物を両者で同時に使用することを許すものである場合はもとより、これを著るしく困難ないし不可能とするような場合にも、BはCの協力さえ得られるならば、この建物に住むことは可能である。
結果として、従前の居住者Aの「居住の必要」が完全に閉め出されることも生じてくる。
う 金銭請求(参考・概要)
但し、この場合には、利用を入手したBは、利用を閉めだされたA(およびC)に対して、この建物の利用の対価(勿論、市場家賃額である)をA(およびC)の相続分(割合)に応じて支払わねばならないことはいうまでもない(民206・246条)。
詳しくはこちら|単独で使用する共有者に対する償還請求(民法249条2項)
え まとめ
然し、逆に、Bがいやしくもこの対価さえ支払うならば、上のような協議をすることも決して民法典の禁ずるところではないのである。
以上が、設問をさしあたり民法の共有規定に則して眺めた場合の結論である。そうして、こうした結論は、上でふれた今日の共有理論(・・・)からの論理必然的な帰結であると共に、また今日の最高裁判決(最高裁昭和29年3月12日)の支持するところでもある。
※川村泰啓稿『共有』/谷口知平ほか編『民法演習Ⅱ 物権』有斐閣1958年p119、120
お 補足説明
最高裁昭和29年3月12日は、ストレートにこの設例のような状況について判断をしたわけではない
(参考)昭和29年判例は別の記事で説明している
詳しくはこちら|共有物の使用貸借の契約締結・解除(解約)の管理・処分の分類
9 東京家庭裁判所身分法研究会が指摘する原則論
東京家裁の身分法研究会も、民法上の共有理論をあてはめると明渡請求が認められるという見解を公表しています。
東京家庭裁判所身分法研究会が指摘する原則論(※3)
あ 前提事情
共有者丙、Eが共有建物に居住している
共有者A〜E、丙は共有建物の使用方法について意思決定をしていない
共有者丙、E以外の共有者の持分割合は過半数に達している
い 明渡請求(肯定)
(民法の共有理論の適用が前提)
のみならず、A、B、C、Dが一致協力すれば、自分達四人が入居することと丙女Eが家屋から退去すべき旨を決議し実行することさえも不可能ではない。
う 金銭請求(参考)
もちろん、この場合には家屋全部の利用権を得たA、B、C、Dは丙女とEに対しその相続分に対応する使用の対価を支払わねばならない。
え まとめ
以上に述べたところは、共同相続人全員の共有物たる相続財産―家屋の使用を含む所有権―の使用に民法上の共有理論を適用することによって当然に導き出される結論である。
※東京家庭裁判所身分法研究会稿『相続家屋における居住の保護とその評価』/『ジュリスト346号』有斐閣1966年5月p83
10 「変更」分類による保護
以上の原則論は、いずれもあくまでも形式的に民法をあてはめたものであるという位置づけです。各論者はこの原則を修正しています。
修正の仕方の1つは、すでに開始された(共有者の)占有を変更する事項を変更行為に分類する、というものです。その結果、共有者全員の賛成を要するので、占有する共有者が反対しさえすれば、意思決定ができない、つまり明渡請求は認められないという結論になります。
「変更」分類による保護(※4)
あ 奈良次郎氏見解
共有者の占有する共有物を他の共有者に移転することが民法252条の「管理事項」として多数決できめれるか、または民法251条の「変更」として全共有者の同意を要するかは、問題のあるところであり、共有者間の占有状態の変更ということで後者(変更)とみるべきでないかと思われる・・・
かりにこれを民法252条本文の管理事項に該当するとしても、相続人の一人たるYがすでに本件家屋に居住し、Xらは他の場所で生活しているような場合に、単に、共有者の多数決で、共有物の占有者を変更することができると解するのはすこぶる不合理であり、・・・
※奈良次郎稿/『法曹時報18巻7号』法曹会p148
い 原田純孝氏コメント
一般的に、一度開始された共有物の使用状況の変更は、通常の『管理』よりむしろ『変更』(民法251条)に近いものとみて全員の一致を要するという説などが有力に説かれる
※原田純孝稿『一部共有者の意思に基づく共有物の占有使用とその余の共有者の明渡請求』/『判例タイムズ682号』1989年2月p63、65
う 令和3年改正の中間試案補足説明
現行法下では、特段の定めなく共有物を使用(占有)している共有者がある場合に、本来は持分の価格の過半数で決することができる共有物の管理に関する事項の定め(共有物を実際に使用する者を定めるなど)をするにも、共有物を現に使用する者の同意なくその利益を奪うことは相当でないことを理由に、全ての共有者の同意を得なければすることができないとする見解が有力である。
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」法務省民事局2021年p31
令和3年改正により新設された民法規定には、このような例外についての記述はありません。前述のように、「変更」扱いとして共有者の占有を保護する解釈を意識的に否定する方向になったのです。
11 権利濫用による保護
共有者による占有を保護するための解釈として、明渡請求を権利の濫用にあたる、というものもあります。管理行為、変更行為の分類は原則のまま手を付けないということになります。
権利濫用による保護(※5)
あ 鈴木禄弥氏見解
もっとも、目的物が不動産で、丙が以前からこれを利用している場合には、不動産利用権保護の精神から見て、甲乙が一致しただけで丙の利用を排除することは妥当でないから、甲乙の上述の合意は、正当な理由にもとづくものでないかぎり、権利濫用として無効とされる、と解すべきである
(最判昭和41年5月19日は、この趣旨に立つものと解すべきである)。
※鈴木禄弥著『物権法講義 5訂版』創文社2007年p40
(参考)昭和41年判例は別の記事で説明している
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡・金銭の請求(基本)
い 川村泰啓氏見解
設問の建物利用をめぐるABC三者の法律関係は、原則として、民法典の「共有」規定に則して律せられることになる。
まず、Aの利用の合法性の基礎は、共同相続開始後はAの相続分に応じた持分権の中に求められる(・・・)。このAの持分権に基づく利用に対して、BとCとがその持分権に基づく利用を主張することが、場合によつて、権利濫用となる(民法1条3項)。
※川村泰啓稿『共有』/谷口知平ほか編『民法演習Ⅱ 物権』有斐閣1958年p126
前述のように、令和3年改正により新設された規定には、例外についての記述はありません。そこで、解釈としては、例外である権利の濫用も否定する方向に働くと思います。
12 遺産共有における特別扱い
さらに、解釈のバリエーションは広がります。遺産共有の場合には、特別に占有する共有者(相続人)を強く保護する、という見解です。星野氏は、相続人の全員一致がないと明渡請求はできない、という見解を示しています。この見解についても令和3年改正によって否定されたといえると思われます。
遺産共有における特別扱い
あ 相続人全員の同意の要求
本件は、多岐にわたる隣接の問題(星野・前掲評釈)のうち、分割前の共同相続財産につき、共有関係の始まる前に共有者の一部が権限に基づいて(本件では被相続人から貸与されて)使用収益をしていた場合にあたる。
このような場合については、過半数の持分を有する共同相続人だけの意思でその使用収益を奪うことは妥当でなく、全員の協議を経て全員一致で決めることが望ましいと思われる。
い 理由
そうしないと、他人が貸主の場合には、貸主の死亡を原因として貸借関係が終了させられることはないのに、被相続人が貸主の場合には、共有者にまでなっているのに、過半数の持分がないと直ちに明渡させられることになって、権衝を失する。
さらに、共同相続財産でなく、親族(特に兄弟)所有の家屋の貸借につき、明渡請求を容易に認めない最近の下級審判決(例えば、田村・親族間の不動産利用関係「契約法大系」=二九六頁以下を見よ)とも権衝を生する。(注・原文のまま)
また、その相続人が被相続人から目的物の使用収益を許されていたのにはなんらかの理由があったはずだが、それらの事情が相続開始によって変化したか否かなどを十分考慮し、目的物の種類および性質、各相続人の職業その他の事情を考慮し、当事者間で協議のできないときは、調停または審判で後の使用収益関係を決める(民法九〇六条)のがよいと思われる。
う 解決手段を遺産分割に限定
(イ)つまり、このような争は、原則として遺産分割の問題としてのみ処理するべきものであり、分割の協議、その調わないときなどは家庭裁判所によってのみ決めることができ(民法九〇六条)、それまでは従来の使用方法を多数決で変えることはできないと解したい(ほぼ同旨、我妻=唄・相続法八二頁以下。奈良本件の解説(後掲)も「私見」としてこの考え方を述べる。但し、於保・共同相続における遺産の管理「家族法大系」九八頁は、共有の規定を適用するほかはない、とする。なお、以上は、遺産の一部のみの分割が可能であるとの考え方を前提とするわけである)。
※星野英一稿『持分の一二分の一を有し共同相続財産に属する家屋に居住する相続人に対する他の共同相続人全員からの明渡請求は当然には認められず、明渡を求める理由の主張立証が必要であるとして棄却された事例』/『法学協会雑誌84巻5号』1967年p690、691
本記事では、共有者による意思決定がないまま共有者が共有物を使用しているケースについて、これを保護するいろいろな解釈を説明しました。令和3年改正後はこの解釈がそのまま適用されるわけではないと思われます。
実際には、個別的事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の使用・占有に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。