【解雇無効の紛争中→失業保険の『仮給付』を受けられる】
1 解雇無効の紛争中には失業保険の仮給付を受けられる
2 失業保険の仮給付でも待機時間は通常の場合と同じ
3 失業保険仮給付申請は争っている場合に,その資料があれば申請できる
4 最初に通常の失業保険給付→後から仮給付への切り替えが可能
5 失業保険の仮給付金の返還
6 和解内容によって失業保険の仮給付金の返還の要否が変わる
1 解雇無効の紛争中には失業保険の仮給付を受けられる
従業員が解雇は無効と主張し,各種手続を行っている間は,ある種のジレンマが生じます。
当面の生活費として,失業保険を受給する必要があります。
しかし,失業を認めると,「解雇が有効」ということになります。
解雇無効という主張と矛盾するのです。
このジレンマを解消するために「仮給付」という手続が用意されています。
従業員が解雇無効を主張し,紛争となっている場合に,一定の要件のもとで,仮の給付を受けられる,というものです。
この制度は,実務上の工夫が運用として定着しているものです。
法律上,具体的な明文があるわけではありません。
『失業の認定』(雇用保険法15条)の一環として,運用上類型化されているということになります。
2 失業保険の仮給付でも待機時間は通常の場合と同じ
失業保険の仮給付の場合は,失業(=解雇有効)かどうかが不確定ということです。
支給自体はしっかりとなされます。
つまり,通常の給付,と同じルールです。
待機期間については,次のとおりです。
<失業保険給付の待機期間>
失業の経緯 | 待機期間 | 条文(雇用保険法) |
原則 | 7日間 | 21条 |
重責解雇 | 3か月間 | 33条 |
実際の仮給付申請の場面では,重責解雇に該当するかどうかの判断が曖昧です。
元々,会社・従業員の主張が食い違う,という場面です。
解雇の有効/無効,が争われているのです。
さらに解雇が有効だとした場合の,その理由が従業員の重大な理由に該当するかということについても,当然,双方の主張は180度異なるでしょう。
よほど従業員の重大な理由がない限りは,原則である待機期間7日間が適用されています。
3 失業保険仮給付申請は争っている場合に,その資料があれば申請できる
どのような場合に失業保険の仮給付の申請ができるのでしょうか。
会社と(元)従業員との間で解雇の有効性が争われている場合に,仮給付の申請ができます。
<失業保険仮給付申請ができる要件>
雇用主と従業員の間で,解雇の有効/無効について主張が食い違っている=争っている場合
労働委員会のあっせん手続や裁判所の労働審判や訴訟などの手続を申し立てていれば,争っていることが明確です。
また,正式な手続を行っていなくても,内容証明郵便で通知書を送付している,というような場合でも争っていると認められることがあります。
仮給付の申請時に,添付資料として,これらの裏付けが必要となります。
<失業保険の仮給付申請時の必要資料;例>
・労働委員会作成のあっせん手続申立受理証明書,申請書
・裁判所作成の労働審判申立や訴状受理証明書
・弁護士作成の内容証明郵便による通知書(控え)
4 最初に通常の失業保険給付→後から仮給付への切り替えが可能
失業保険の仮給付申請は,争っていることが分かる資料が必要です。
まだ,このような資料がない段階では,一旦通常の給付申請をする,という方法もあります。
その後,労働審判の申立をして,受理証明書を入手した段階で,仮給付に切り替えるという運用もされています。
通常の給付のままでもダメではないのですが,解雇を認めたという状態に近い印象となります。
仮給付への切り替えをしておく方がベストではあります。
5 失業保険の仮給付金の返還
失業保険の仮給付は,解雇の効力が争われ,有効・無効の結論が出ていないという状態で支給されます。
あくまでも仮としてですが,失業(=解雇有効)が前提とされています。
最終的に失業(=解雇)の結論が解雇無効となった場合は,前提が崩れます。
そこで,支給済みの失業保険の給付金は返還すべきことになります(雇用保険法10条の4第1項類推)。
仮である,つまり確定的ではない,ということの本質です。
返還すべき場合をまとめると次のとおりです。
<失業保険の仮給付を返還する典型例>
・解雇を無効とする審判,判決が確定した
・解雇を無効とする和解(調停)が成立した
6 和解内容によって失業保険の仮給付金の返還の要否が変わる
紛争中に失業保険の仮給付を受け,その後,紛争は和解で終了する,ということがあります。
『退職日を確認(特定)する条項』によって,仮給付の返還義務の有無が変わることがあります。
条項作成時には,配慮する必要があります。
退職日を確認(特定)する条項です。
具体的に示します。
<和解条項中の退職日と失業保険仮給付金の返還義務>
あ 前提
3月1日 | 解雇通告日 |
3~7月 | 失業保険仮給付実施 |
8月1日 | 和解成立日 |
い 条項の例
『3月1日(解雇通告日)に解雇されたことを確認する』 | 返還義務なし |
『8月1日(和解成立日)に解雇されたことを確認する』 | 返還義務あり |
なお,条項として,解雇よりも退職という穏便な用語を使うこともあります。
その場合は,自己都合か会社都合かによって,3か月の待機期間が適用されることもあります。
その後の就職活動での前職退職の経緯の説明との兼ね合いも含めて,慎重に表現を考慮・判断するべきです。
条文
[雇用保険法]
(返還命令等)
第十条の四 偽りその他不正の行為により失業等給付の支給を受けた者がある場合には、政府は、その者に対して、支給した失業等給付の全部又は一部を返還することを命ずることができ、また、厚生労働大臣の定める基準により、当該偽りその他不正の行為により支給を受けた失業等給付の額の二倍に相当する額以下の金額を納付することを命ずることができる。
2 前項の場合において、事業主、職業紹介事業者等(職業安定法 (昭和二十二年法律第百四十一号)第四条第七項 に規定する職業紹介事業者又は業として同条第四項 に規定する職業指導(職業に就こうとする者の適性、職業経験その他の実情に応じて行うものに限る。)を行う者(公共職業安定所その他の職業安定機関を除く。)をいう。以下同じ。)又は指定教育訓練実施者(第六十条の二第一項に規定する厚生労働大臣が指定する教育訓練を行う者をいう。以下同じ。)が偽りの届出、報告又は証明をしたためその失業等給付が支給されたものであるときは、政府は、その事業主、職業紹介事業者等又は指定教育訓練実施者に対し、その失業等給付の支給を受けた者と連帯して、前項の規定による失業等給付の返還又は納付を命ぜられた金額の納付をすることを命ずることができる。
3 徴収法第二十七条 及び第四十一条第二項 の規定は、前二項の規定により返還又は納付を命ぜられた金額の納付を怠つた場合に準用する。
(失業の認定)
第十五条 基本手当は、受給資格を有する者(次節から第四節までを除き、以下「受給資格者」という。)が失業している日(失業していることについての認定を受けた日に限る。以下この款において同じ。)について支給する。
2 前項の失業していることについての認定(以下この款において「失業の認定」という。)を受けようとする受給資格者は、離職後、厚生労働省令で定めるところにより、公共職業安定所に出頭し、求職の申込みをしなければならない。
3 失業の認定は、求職の申込みを受けた公共職業安定所において、受給資格者が離職後最初に出頭した日から起算して四週間に一回ずつ直前の二十八日の各日について行うものとする。ただし、厚生労働大臣は、公共職業安定所長の指示した公共職業訓練等(国、都道府県及び市町村並びに独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が設置する公共職業能力開発施設の行う職業訓練(職業能力開発総合大学校の行うものを含む。)その他法令の規定に基づき失業者に対して作業環境に適応することを容易にさせ、又は就職に必要な知識及び技能を習得させるために行われる訓練又は講習であつて、政令で定めるものをいう。以下同じ。)を受ける受給資格者その他厚生労働省令で定める受給資格者に係る失業の認定について別段の定めをすることができる。
4~5(略)
(待期)
第二十一条 基本手当は、受給資格者が当該基本手当の受給資格に係る離職後最初に公共職業安定所に求職の申込みをした日以後において、失業している日(疾病又は負傷のため職業に就くことができない日を含む。)が通算して七日に満たない間は、支給しない。
第三十三条 被保険者が自己の責めに帰すべき重大な理由によつて解雇され、又は正当な理由がなく自己の都合によつて退職した場合には、第二十一条の規定による期間の満了後一箇月以上三箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間は、基本手当を支給しない。ただし、公共職業安定所長の指示した公共職業訓練等を受ける期間及び当該公共職業訓練等を受け終わつた日後の期間については、この限りでない。
2 受給資格者が前項の場合に該当するかどうかの認定は、公共職業安定所長が厚生労働大臣の定める基準に従つてするものとする。
3 基本手当の受給資格に係る離職について第一項の規定により基本手当を支給しないこととされる場合において、当該基本手当を支給しないこととされる期間に七日を超え三十日以下の範囲内で厚生労働省令で定める日数及び当該受給資格に係る所定給付日数に相当する日数を加えた期間が一年(当該基本手当の受給資格に係る離職の日において第二十二条第二項第一号に該当する受給資格者にあつては、一年に六十日を加えた期間)を超えるときは、当該受給資格者の受給期間は、第二十条第一項及び第二項の規定にかかわらず、これらの規定による期間に当該超える期間を加えた期間とする。
4 前項の規定に該当する受給資格者については、第二十四条第一項中「第二十条第一項及び第二項」とあるのは、「第三十三条第三項」とする。
5 第三項の規定に該当する受給資格者が広域延長給付、全国延長給付又は訓練延長給付を受ける場合におけるその者の受給期間についての調整に関して必要な事項は、厚生労働省令で定める。