【全面的価格賠償の相当性判断における利用状況重視への批判】

1 全面的価格賠償の相当性判断における利用状況重視への批判

共有物分割訴訟で、全面的価格賠償が採用されるための要件の1つである相当性の判断では、利用状況が特に重視されます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
要するに、共有不動産に長期間居住していた者が当該不動産(所有権)を得られることにつながる、ということです。
このような扱いは、単純だし合理的だと思えますが、ある意味矛盾しているという考え方もあります。本記事では、相当性判断において利用状況を重視することへの批判を紹介します。

2 共有物の利用の背後には宥恕・譲歩があるという構造

たとえば、共有の土地建物の共有持分割合がA70%、B30%だとします。Bが長期間当該不動産に居住していた場合、Bが取得する全面的価格賠償の相当性が認められる傾向が強くなります。Aは所有権を奪われ、それ以降は当該不動産を使う機会が断ち切られます。
Bに退去させて今後、Aに使わせる、という選択肢よりも、Bがこのまま居住を続ける選択肢の方が合理的だ、という考え方自体は単純だし、間違ってはいないでしょう。
しかし共有持分(所有権)を奪われるAの立場にも配慮してみる必要がありそうです。Aは、「Bが居住すること」を認めていたのは、好意・譲歩の気持ちからだったということが多いです。使用対価(賃料に相当する金銭)を支払ってもらっていない、ということが実際にはとても多いです。さらに、Aは「Bが居住すること」を積極的には認めていないけれど、Bが入居してしまったので、「退去してくれ」と言えないままだった、というケースもあります。
このように、利用状況を重視する、ということは、譲歩(宥恕)した者を不利に扱うことを意味するのです。
逆に、Aとしては不利に扱われることを回避するには、多数決でAが使用する(Bは退去する)ということを決定しなくてはならないことになる、ともいえます。

共有物の利用の背後には宥恕・譲歩があるという構造

あ 多数持分権者の対抗策→使用方法の意思決定

少なくとも、現状維持の重視が結果的には少数持分権者も目的物件全体を取得し得る可能性が大きくなることであり、これを避けるためには、相当の管理の厳しさが必要である以上(このような管理方法の設定は、残念ながら、親族関係にも、一種のギスギスした関係を齎らすことになるが)、ルーズな管理方法では法的に厳しい対処方法をとることが必要であり、かつ、それが別な意味での法的紛争を的確に避ける結果に結びつくことを考えざるを得ないことになったというべきである。
(2)多数持分権者は、自分の権利を確保するためには、明確に目的物件の管理方法を定めるべきである。

い 宥恕(譲歩)が不利に働くという構造

宥恕の心では法律的に不利になる結果を招く可能性が大きいことを改めて考えると、法律的に、確実的な安全性を確保するためには仕方がないことである(従来はそれでも多数持分権者の権利確保はなされたことであろうが、最近の判例理論のように、まず、基本的に、現状重視の形での法的解決がなされる傾向が強まっているようでは、一辺の情を与えることは必ずしも法的に自分たちに有利な解決を齎らすことにはならないことに注意が必要である)。
※奈良次郎稿『共有物分割訴訟と全面的価格賠償について』/『判例タイムズ953号』1997年12月p54

3 使用継続を中止させる方法(参考)

前述のように、Bの利用状況(使用継続)を解消するには、AはBを退去させる必要があります。
この点、すでに居住(占有)をしている共有者(B)を退去させるためには、通常の持分の過半数の決定(管理行為)では足りず、結果的にBの同意も必要になる、という解釈になる可能性があります。特に令和3年の民法改正の前まではその傾向が強かったです。
しかし、令和3年改正により、すでに居住している共有者を退去させる意思決定はやりやすく変わっています。ただし、過半数の持分さえあれば確実に退去させられるわけではない、ということは変わっていません。
詳しくはこちら|協議・決定ない共有物の使用に対し協議・決定を行った上での明渡請求
また、共有持分の過半数を持っていない場合には原則としてBを退去させる決定はできません。その場合はBに対して金銭(賃料相当額)の請求をするしかない、ということになります。
詳しくはこちら|単独で使用する共有者に対する償還請求(民法249条2項)

4 非占有共有者の不満への着目

前述のケースで、そもそもAが共有物分割を請求したのはなぜか、ということを考えてみます。通常、Aは、自分は共有持分をもっているのに、居住もしていないし、対価(賃料相当の金銭)ももらっていないという不満を感じるようになったから、共有物分割を請求した、という経緯であることが多いです。
共有物分割訴訟になっている時点ですでに、長期間不利な状況に置かれていたということなのです。裁判所が、長期間の居住(利用状況)を理由にAから所有権を奪う、というのは、今まで不利益を被っていた者を、さらに不利益に扱うことになる、という見方もできるのです。

非占有共有者の不満への着目

物件利用状況の重視は、ある意味では、誰にでも理解できることではあるが、占有者は、既に何年間も現実に利用していたのであり、共有物分割請求は、その利用状況の変化を本権である共有物持分権者からの不満の申出という性質の面もあることが大きいことも配慮する必要があるのではないのか。
※奈良次郎稿『共有物分割訴訟と全面的価格賠償について』/『判例タイムズ953号』1997年12月p59

5 批判が実務に与える影響

以上のように、全面的価格賠償の相当性の判断で利用状況を特に重視することについては、批判があります。しかし、実務では利用状況を重視する傾向は依然として強いです。
ただし、個別的な事案内容、特に特定の共有者が居住(占有)するに至った経緯によっては、しっかりと主張、立証をすれば、利用状況の重視が弱まることはあります。

6 離婚における親権者指定との類似性(参考)

以上で説明したように、全面的価格賠償の判断の中で現状維持の傾向は強いのですが、これと同じような構造になっているものとして、離婚の際の親権者の指定もあります。子供をどちらが引き取るべきか、という判断で、それまで育てていた方が優先されるというものです(継続性の尊重)。
詳しくはこちら|親権者指定での『子の利益』では4つの原則が基準となる
このような判定基準があるため、養育実績を作るための子供の奪い合いが誘発、助長されるという構造があります。本記事で紹介した全面的価格賠償に関する批判は、この構造が共有関係にも当てはまることを指摘している、ともいえます。

本記事では、共有物分割の全面的価格賠償の相当性の判断で利用状況を重視することへの批判を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有物分割などの共有不動産の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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