【清算的財産分与の具体的分与方法のバリエーション(現物分与の対象・債務負担など)】
1 清算的財産分与の具体的分与方法のバリエーション(現物分与の対象・債務負担など)
離婚の際の清算的財産分与は、簡単にいえば、夫婦で築いた財産(夫婦共有財産)を分ける、ということになります。理論的には、個々の財産を夫または妻の所有とする(帰属させる)といえますが、それ以外に、利用権の設定や、債務を負担させるという選択肢もあります。また、分けるのは原則として夫婦共有財産だけですが、例外的にそれ以外の財産(特有財産)が対象となることもあります。
本記事では、このように、具体的な財産分与の方法にはどのような種類のものがあるか、ということを説明します。
2 財産分与の分与方法に関係する条文規定
最初に、財産を夫婦で分ける具体的な方法について、条文ではどのように記載されているかを確認します。民法上は、「(財産を)分与する」としか書かれていません。常識的に、財産を夫または妻に帰属させる(という権利関係を形成する)ことといえますが、それ以上に詳しいことは規定されていないのです。
一方、家事事件手続法では、裁判所が(一定の権利関係を形成することを前提として)命じることができる給付の内容として、金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行の3つが例として示されています。
財産分与の分与方法に関係する条文規定
あ 民法(財産分与請求)
(財産分与)
第七百六十八条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
い 家事事件手続法(給付命令の内容)
(給付命令等)
第百五十四条・・・
2 家庭裁判所は、次に掲げる審判において、当事者(第二号の審判にあっては、夫又は妻)に対し、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
・・・
四 財産の分与に関する処分の審判
・・・
※家事事件手続法154条2項4号
3 清算的財産分与の具体的分与方法の選択肢(全体)
清算的財産分与の具体的方法の単純な例は、現預金であれば支払う、(現預金以外の)個々の財産についてはその所有権を夫または妻に帰属させるというものです。
清算的財産分与の具体的分与方法の選択肢(全体)(※1)
※犬伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p416
4 現物分与の対象(範囲)
現物分割、つまり、特定の財産を夫または妻に帰属させることになる財産はなにか、といえば、(当然ですが)夫婦共有財産です。夫婦の協力で築いた財産のことです。たとえば夫がその父から相続で得た財産は、夫婦とは関係ない財産(特有財産)ですから、これが現物分与の対象となることはありません。
現物分与の対象(範囲)
あ 新注釈民法(概要)
現物分与の対象となる財産は共同形成財産である(前記※1)
い 他の学説(概要)
家裁実務では、清算的財産分与に関する現物分与の対象を、実質的共同財産に限定している
※沼田幸雄『財産分与の対象と基準』/『新家族法実務大系Ⅰ』p486
※二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p398
詳しくはこちら|夫婦財産制の性質(別産制)と財産分与の関係(「特有財産」の2つの意味)
5 特有財産「部分」の現物分与→肯定
たとえば、夫婦でマイホームを購入する時には、夫や妻が実家から購入資金の援助(贈与)を受けることがよくあります。購入資金の10分の1が夫の実家が負担したのであれば、その不動産のうち10分の1(相当額)は夫の特有財産部分ということになります。では、共有持分10分の1の範囲は妻に分与する(妻に帰属させる)ことはできないか、というとそうではありません。計算上は10分の1は夫婦の財産としてカウントしませんが、具体的分与方法として当該不動産全体を妻に分与することは可能です。
特有財産「部分」の現物分与→肯定
あ 見解
なお、不動産等について、特有財産が原資になっている割合的部分を「特有財産部分」と説明することがあるが(大津・前掲〔注2〕124頁、岡部・前掲〔注11〕184頁、松谷前揭〔2〕136頁等)、この場合も当該財産の全部が分与対象財産となるのであって、購入価格に占める特有財産出資額の割合を寄与度の認定の際に考慮しているに過ぎないというべきである
(前掲〔注13〕東京高判平成7年4月27日、阿部・前掲(注7)29頁、東京家裁家事第6部『東京家庭裁判所における人事訴訟の審理の実情〔改訂版〕』〔判例タイムズ社、2008年〕35頁)。
したがって、このような「特有財産部分」も含めて当該財産全部を現物分与の対象とすることも可能と解される。
※山本拓稿『清算的財産分与に関する実務上の諸問題』/『家庭裁判月報62巻3号』最高裁判所事務総局2010年p19、20
い 実例・平成11年東京地判(要点)
マンション1の購入資金のうち約3分の1は被告の特有財産から支出した
マンション1を5000万円で売却し、その売却代金と銀行からの融資によって、マンション2を5700万円で購入した
マンション2は夫婦の共有(登記名義)にした
裁判所は、マンション2を原告が取得する(原告に分与する)内容の判決を言い渡した
※東京地判平成11年9月3日
6 扶養的財産分与における現物分与の対象(参考)
たとえば、夫が婚姻前から所有していた建物は、夫の特有財産そのものです(特有財産部分でもありません)。ですから、これが清算的財産分与の対象となることはありません。この点、扶養的財産分与として、特有財産である建物に、妻の利用権(賃借権など)を設定する、ということは可能です。財産分与の種類(分類)によって違いがあるので注意を要します。
扶養的財産分与における現物分与の対象(参考)
(東京高判昭63・12・22判時一三〇一号九七頁)。
※大津千明稿『財産分与の方法』/『判例タイムズ747号』1991年3月p139
7 賃借権の分与(解除の可否→否定方向)
たとえば自宅が賃貸マンションであり、夫が契約者(賃借人)になっているケースを想定します。裁判所が、「離婚後は妻が居住することが好ましい」と判断した場合には、妻を契約者(賃借人)に変更することもできます。第三者との間の契約内容を変更するなんてできないように思えますが、賃借権の譲渡として捉えると、現物分与として可能だということになるのです。
ここで、一般論として、賃貸人に無断で賃借権の譲渡をすると賃貸借契約が解除されることになります。
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸の基本(賃貸人の承諾が必要・無断譲渡・転貸に対する明渡請求)
しかし、このように(元)夫婦間の賃借権譲渡である場合には例外的に解除できない傾向が強いです。
賃借権の分与(解除の可否→否定方向)
あ 賃借権の分与→可能(前提・概要)
賃借権は現物分与の対象になる
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
い 賃借権の分与に伴う解除の問題
ア 大津氏見解
土地や建物の賃借権を分与する場合、賃貸人の承諾の要否が問題となる(民法六一二条)。
賃貸借契約が夫婦の一方の名義でなされていても、それは夫婦共同体を代表して行うものであるから、財産分与として名義人である夫婦の一方から他方へ賃借権を分与しても通常は信頼関係の破壊はないと考えられる。
したがって、特段の事情のない限り、条件付きの分与をする必要はないと解される(東京地判昭46・5・24判時六四三号五八頁)。
※大津千明稿『財産分与の方法』/『判例タイムズ747号』1991年3月p139
イ 他の見解(概要)
もともと潜在的に夫・妻ともに賃借権を有していたので、賃借権の譲渡に該当しないという見解(裁判例)もある
詳しくはこちら|特殊な事情による賃借権の移転と賃借権譲渡(共有・離婚・法人内部)
8 財産分与としての利用権設定(概要)
たとえば、建物を夫に帰属させた(夫の所有のままとした)上で、妻の賃借権を設定する、という分与方法があります。結果的に妻は毎月賃料を夫に支払うことが必要になりますが、居住は確保できる、ということになります。
詳しくはこちら|財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)
9 共有持分の分与(共有形成)(概要)
特殊な分与方法として、たとえば夫の単独所有だった不動産を夫婦の共有にするというものがあります。夫の所有権という現物の一部(である共有持分)を妻に分与した、ともいえます。一般論として、共有は、いずれは解消する(共有物分割)ことになるので、暫定的な状態、解決未了の状態といえます。夫婦の財産の清算である財産分与として行うのは好ましくないですが、他の選択肢よりはマシという場合には選択されることがあります。
詳しくはこちら|財産分与として不動産の共有関係を形成(創設)する理論と実例
10 現物分与の差額分の債務負担を命じる方法
前述のように、清算的財産分与では、個々の夫婦共有財産を夫または妻に分ける(帰属させる)のが基本です。ではたとえば夫婦共有財産が不動産(住居)、この不動産を夫に帰属させると、夫はもらいすぎになります。この場合には、もらいすぎ部分、つまり不動産の評価額の半額を夫が妻に支払うことでバランスがとれます。そこで、裁判所は、夫に評価額の半額分の債務を負わせる内容の判決(や審判)をすることができます。
現物分与の差額分の債務負担を命じる方法
あ 見解
不動産等の現物を分与するに際し、分与する物の価額が取得分額を上回る場合には、家事審判規則109条を類推適用(注・現在では家事事件手続法154条2項4号に明文規定がある)し、その差額を相手方に支払わせることができると解される
(鳥取家審昭和39年3月25日家月16巻10号106頁、大津千明「財産分与の方法」判タ747号139頁)。
※山本拓稿『清算的財産分与に関する実務上の諸問題』/『家庭裁判月報62巻3号』最高裁判所事務総局2010年p25
い 典型例
例えば、分与者側に清算対象財産の名義がある場合は、金銭による支払が命じられることが多い。
※犬伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p416
う 実例(概要)
夫婦共有財産がほぼ建物だけであった事案において、一方に現物を分与した上で建物の価値の半額分の債務負担を命じた
※鳥取家審昭和39年3月25日
詳しくはこちら|財産分与の清算金として土地の無償使用の価値を算定した裁判例(昭和39年鳥取家審)
なお、このように、現物を分けた後の不平等部分を金銭で支払う(支払債務を負わせる)ことは、共有物分割(価格賠償)や遺産分割(代償分割)でも行われます。
11 債務の分配としての債務負担命令(概要)
同じ「債務負担」でも、もともと存在した夫か妻の債務を、離婚の時にどちらに負担させるべきかということが問題となることがあります。
トータルでプラスであれば、プラス部分を分ければよい(結論として新たに債務を負担させることにはならない)ですが、トータルでマイナスの場合に、マイナス財産を与える(債務を負担させる)ことは実務では否定されています。
詳しくはこちら|清算的財産分与における債務(マイナス財産)の扱い
12 他の場面での財産の分け方(共有物分割・遺産分割)(参考)
以上のように、離婚の時に夫婦の財産を分ける(清算的財産分与)具体的な方法にはいろいろな選択肢があります。
この点、財産を分ける手続は、ほかにもあります。それは、共有物分割と遺産分割です。
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の基本(全面的価格賠償・現物分割・換価分割)
詳しくはこちら|遺産分割の分割方法の基本(分割類型と優先順序)
これらの手続での財産の分け方は財産分与と似ているところがあります。しかし細かいところでは違いも多いです。
本記事では、清算的財産分与の具体的な分与方法の選択肢を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に離婚や財産分与に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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