【共有物の変更・管理・保存の分類(判定)の個別性・困難性(リスク)と対策】
1 共有物の変更・管理・保存の分類(判定)の個別性・困難性(リスク)と対策
共有物を使う・活用することは、具体的な内容ごとに、変更(処分)・管理(狭義)(軽微変更を含む)・保存行為の3つに分類されます。分類の判定については、多くの判断が蓄積されており、行為の類型ごとの分類(判断基準)が一応あります。
詳しくはこちら|共有物の変更・管理・保存行為の意思決定に必要な同意の範囲と大まかな分類
しかし、その類型的な判断基準はあくまでも原則的なものであり、個別的な事情によって別の分類になることが比較的多いです。このように、分類の判定では個別性が強く、別の言い方をすると、特定の行為について明確に分類を判断することは難しい、ということになります。
本記事では、このような特徴や、その特徴から生じるリスク、リスクを回避する方法、について説明します。
2 変更・管理・保存の分類(判定)の個別性・困難性
(1)新版注釈民法(川井健氏)
昭和39年最判は、使用貸借の解除(解約)の分類について管理であると判断しました。
詳しくはこちら|共有物の「貸借契約」の解除を管理行為とした判例(昭和39年最判)
これに関して、「分類の困難性」が話題(議論)となりました。
まず、新版注釈民法は、抽象化・類型化した「使用貸借の解除」ではなく、当該解除(本件における解除)について分類を判断している、という指摘をしています。そして、多数決で決めるか共有者単独で決定(実行)するのとどちらがよいかという結論の妥当性で判断する、つまりなまの形で利益較量(裸の価値判断)である、と指摘します。最後に、このような判断だと説得的ではないとコメントしています。
新版注釈民法(川井健氏)
「このさい、解除は『保存行為』にあたるか『管理行為』にあたるかという形で議論がなされることが多い……が、どんなにこれらを眺めても決まらないのであって、保存行為とされ管理行為とされることによってどのような効果の違いが生ずるか、どちらをとるのが妥当か、という見地からこそ判断されるべきである。
同じく管理行為といっても、場合によりかなり内容の異なりうる」
との立言がある(星野英一〔判批〕・法協84巻5号〔昭42〕770)。
もとより当該解除が「管理」に当たるか否かの判定にあたり、問題の貸借が賃貸借か使用貸借か、その他の事情や利益較量判断をする必要のあることは当然だが
(川井健〔判批〕・法協74巻1号〔昭32〕79も単なる「解除」が管理行為か否かを問題にしているのではなく、「本件使用貸借の解除」が財産の「従前の維持方法と相容れない経済的に重大な行為であるか否か」を問題にしている)、
結論を下す判断過程としては、やはり当該解除は「管理」か「保存」かを問題にした上で、その効果を判定せざるをえず、逆に当該解除は多数決によるのがよいから「管理」、単独でやるのがよいから「保存」となると、なまの形で利益較量を行い、それに基づき直ちに結論を導く判断のしかたとなり、説得に必要な論理を満たさないこととなると思われる。
※川井健稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(7)』有斐閣2007年p456
(2)星野英一氏見解
星野英一氏は、抽象的に「解除」がどれに分類されるか、と議論しても決まらないと述べ、どちらが妥当かという見地で判断すべき、と指摘します。具体的事案ごとに裸の価値判断で決める、という意味です。
星野英一氏見解
※星野英一稿/『法学協会雑誌84巻5号』1967年p770
(3)川井健氏見解
川井健氏も同様に、分類の判断では、抽象的な「使用貸借の解除」ではなく、当該ケースにおける解除の内容、具体的には経済的に重大か否か、を基準(標準)にする、という指摘をしています。この見解も、具体的事案ごとに裸の価値判断で決める、というものです。
川井健氏見解
この場合、解除は形成権の行使であるから、處分行爲となるとの立場・・・がある。
しかし管理行爲か處分行爲かは、結局共有物の性質が變更される程度の利用・改良行爲か否かによるのであり、その性質が變更されたか否かは、行爲の形式的分類によるべきでなく、社會の取引觀念(・・・)、すなわち當該の場合に、もはや財産の従前の維持方法と相容れない經濟的に重大な行爲であるか否か、の標準によるべきである。
※川井健稿『共同相續人の一人が相續財産たる家屋の使用借主である場合と他の共同相續人のなす使用貸借の解除』/『法学協会雑誌74巻1号』p79
(4)平成14年11月東京地判→過半数決定が相当であれば管理
昭和39年最判を離れて、多くの裁判例でも、類型的(原則的)な分類を前提としつつ、個別的な事情によって分類を変更する(例外扱いをする)、という手法がとられています。分かりやすいものとして、平成14年11月東京地判があります。
賃貸借契約の締結(賃借権設定)の分類が問題となった裁判例です。
詳しくはこちら|共有物の賃貸借契約の締結の管理行為・変更行為の分類
まず、類型的には、長期賃貸借(民法602条(現在は民法252条4項)の期間を超える賃貸借)は変更(処分)分類である、ということを前提として、持分の過半数で決定することが不相当ではない場合には持分の過半数で決定してよい(管理分類とする)、という規範を立てました。裸の価値判断をする、と明言した、といってよいでしょう。
平成14年11月東京地判→過半数決定が相当であれば管理
※東京地判平成14年11月25日
3 実務におけるリスク回避(安全マージンをとる)
(1)令和3年改正の議論(分類の不明確性→実務ではリスク回避)
以上のように、変更・管理・保存の分類は、類型的な分類(判断基準)は一応ありますが、個別的事情によって変わります。判断基準が大まか(大雑把)なものにとどまる、といえます。
令和3年の民法改正では、これが問題視されました。
実務の現場では、自信を持って分類の判断ができない場合、誤って軽い方の決定要件に分類してしまった場合に生じる法的責任を意識してしまいます。そこで、そのリスクを回避する、つまり安全側である重い方の分類(共有者全員の同意(変更分類)を選択せざるを得ない、という事態が生じている、ということが指摘されています。
令和3年改正の議論(分類の不明確性→実務ではリスク回避)
あ 中間試案・補足説明
(2)もっとも、共有物の管理に関する規律を適用する場面をみると、問題となる行為が変更・処分に該当するのかについて実務上議論が分かれているため、実際の事案を処理するに当たっては、慎重を期して共有者全員の同意をとらざるを得ず、共有者の一部に反対する者がおり、又は共有者の一部に所在等が不明な者がいて全員の同意を得ることができない場合には、当該行為を実施することを断念せざるを得ないといった事態が生じている。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p3
い 実務家指摘→判断ミスによる損害賠償責任
神谷
・・・
仮に、変更行為に該当するものについて、管理行為であると考えて共有者の過半数の同意で足りるものとして処理した際に、後に同意していない共有者から損害賠償請求を求められることにもなりかねないわけですので、実務家の立場としては慎重な判断が必要になりそうですね。
※中里功ほか著『所有者不明土地解消・活用のレシピ』民事法研究会2023年p185
なお、令和3年改正では、分類の明確化として、管理分類で設定できる利用・収益権(賃借権など)の期間の上限が明文化されました。ただ、分類の明確化はこれにとどまります。しかも、上限期間内(短期賃貸借)も上限超過(長期賃貸借)も例外が多く、改正前よりも分類が明確化したとはいえないように思えます。
詳しくはこちら|共有物の賃貸借契約の締結の管理行為・変更行為の分類
(2)大規模取引では分類に関係なく全員関与が必要になる実情
共有物の賃貸借契約など、「共有者」と第三者の間の契約については、それが仮に管理分類と思われる場合であっても、実務では(規模が大きい場合は特に)共有者全員の関与が必要になることも多いです。というのは、契約の相手方(賃借人)の立場では、共有者全員が関与する(賃貸人となる)のでなければ不安があるのです。令和3年改正の議論の中で、改正後も分類が不明確であるため、このような状況は変わらないということが予測されています。
大規模取引では分類に関係なく全員関与が必要になる実情
・・・実務上、幾つかの場面においては、結局取引の相手方になる人から見ると、過半数とか管理者とか言われても困りますと感じられ、もうここに共有者の全員が来てください、その上でなければ、重くて危ない手続ですから進められませんというふうに段取りを重ねていかなければならない局面というものは最後まで残るかもしれませんね。
※『法制審議会 民法・不動産登記法部会 第13回会議(令和2年6月2日)議事録』p29
4 分類(判定)の客観性(民法103条・参考)
共有物の保存・管理・変更の分類と同じものが、民法103条でも登場します。
詳しくはこちら|権限の定めのない代理人の代理権の範囲(民法103条)の基本
民法103条は権限の定めのない代理人の代理権の範囲を定めるものですが、2号の「性質の変更がない範囲内の利用・改良行為」は共有物の狭義の管理行為の判断で流用されているくらいです。
詳しくはこちら|民法103条2号の利用行為・改良行為の意味
民法103条での分類については、行為の性質によって客観的、抽象的に判定することになっています。この判定の客観性が、以上で説明した判定の個別性と矛盾するように感じるかもしれませんが、客観性と個別性は別概念なので矛盾していないと思います。つまり、共有物の保存・管理・変更の分類も、客観的・抽象的に判定する、ということはあてはまると思います。
分類(判定)の客観性(民法103条・参考)
あ 新版注釈民法
(注・民法103条について)
本条によって代理権が認められる行為に該当するか否かの判断本条によって代理権が認められる行為に該当するか否かは、行為の性質により客観的抽象的に判断される。
結果として本人の利益になったか否かによって左右されることはない。
本条によって代理権があると認められる行為の結果として本人に不利益が生じた場合には、代理人に本人との内部関係上の義務違反があったならば、代理人が本人に対して損害賠償義務を負う(→旧注民第4巻50〔浜上〕)。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p90
い コンメンタール民法
保存行為・利用行為・改良行為は、いずれも行為の性質によって客観的、抽象的にきまる。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p230、231
5 分類の判断ミスによる責任(概要)
前述した、分類の判断ミスによって生じる責任ですが、物理的変更であれば原状回復や損害賠償であり、第三者への利用権設定であれば、損害賠償や償還義務ということになります。ただ、第三者の利用権の扱いの理論は簡単ではありません。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有物の変更・管理・保存の分類ミスにより発生する責任
6 倉田和宏氏指摘→変更・管理決定の裁判の手続の選択
前述のように、「管理と思うけど変更かもしれない」という場合には、安全側をとる(事後的に法的責任が生じないようにする)には、変更として扱う、つまり、共有者全員の同意をとるということになります。この局面で、共有者の1人の所在が分からないという場合には結局予定している行為を断念することにつながります。この問題については令和3年改正で解決しています。解決手段は変更決定の裁判です。
この新制度には別バージョンの管理決定の裁判もあり、こちらは共有者が所在不明の時だけでななく、賛否を明らかにしない場合にも利用できます。
詳しくはこちら|所在等不明共有者がいる場合の変更・管理の裁判手続(令和3年改正)
詳しくはこちら|賛否不明共有者がいる場合の管理の裁判手続(令和3年改正)
ここでまた問題が生じます。これらの新制度(裁判手続)を利用する時に、目録に、予定する行為を記載(特定)するのですが、これが変更・管理のどちらなのか、によって利用する手続(申立書の内容)が違ってきます。保存なのに、管理決定の裁判の申立をするのは誤った対応、ということになります。
このように、新制度を活用する前提として、またまた分類問題が立ちはだかっている、ということが実務家から指摘されています。
倉田和宏氏指摘→変更・管理決定の裁判の手続の選択
今、説明いただいた共有物についての一定の法律上または事実上の行為は、いわゆる「保存行為」「管理行為」「変更行為」のいずれかに分類されるということは基本的情報としてご理解いただいていると思いますが、新設された共有物変更許可決定・共有物管理許可決定を利用するにあたっては、共有物に係るどのような行為が変更行為に該当し、あるいは管理行為に該当するのか、さらには保存行為に該当するからそもそも許可を求める必要すらないのかという点をしっかり理解しておかないと、変更許可の申立てをすべき事案であるのか、あるいは管理許可の申立てをすべき事案であるのかという手続選択の段階で誤った対応をしてしまうおそれもあります。
※中里功ほか著『所有者不明土地解消・活用のレシピ』民事法研究会2023年p172
7 管理決定の裁判による「管理・変更分類」の裏とり
前述の発想をさらに押し進めてみましょう。
保存に分類される行為、または変更に分類される行為ついて、管理決定の裁判の申立をしてしまったらどうなるでしょう。裁判所としては、「これは管理行為ではないのでこの手続は不適切である、だから却下にする」となるのでしょうか。
仮にこのような判断をしてくれるなら、分類に自信がない場合に、裁判所に分類を判断してもらう手段として管理決定の裁判が使われる、ということが起きるかもしれません。私見としては、変更・管理決定の裁判では、一応は分類も検討、判断はする、と考えています。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有物の変更・管理決定の裁判で審査する範囲(変更・管理の分類・特別の影響の判断)
本記事では、共有物の「変更・管理・保存」の分類(判定)の個別性や判断の困難性について説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産(共有物)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。