【民法の規律と異なる共有者の合意の有効性と民法254条の適用】
1 民法の規律と異なる共有者の合意の有効性と民法254条の適用
共有者が共有物を使用・収益するルールは民法に定められていますが、これとは違う内容を共有者全員で作ることもあります。このように、民法の規律とは異なる合意は有効なのか、という問題と、(有効である場合に)共有持分の譲受人が承継するのか(民法254条が適用されるのか)という問題があります。
本記事では、この2つの問題について説明します。
2 日弁連意見書・民法規律と異なる合意の実用例
このテーマは令和3年の民法改正の時に議論となりました。日弁連の意見書には、現実に、民法の規律と異なる合意をするケースがある、ということを指摘しています。当然の前提として、このような合意は有効であることが前提とされた実務運用といえます。
日弁連意見書・民法規律と異なる合意の実用例
このような場面においては、あらかじめ共有関係に入る前に、共有物の管理に関する一定の事項について、
①及び③の規律等(注・民法の規律)と異なる取扱いを共有者間で合意することがある。
※日本弁護士連合会『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案に対する意見書』2020年2月p5
3 部会資料27・民法規律と異なる合意の実用例
令和3年の民法改正の部会資料の中でも、実際に共有者間で民法の規律と異なる合意をすることがあり、これを有効としても問題はないというパブコメ意見があったことが紹介されています。
部会資料27・民法規律と異なる合意の実用例
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料27』p8
4 部会資料27・民法規律の強行性→肯定・否定両説の存在
前述の分解資料は、民法の規律と異なる合意について有効と無効の両方の見解がある、と説明しています。
部会資料27・民法規律の強行性→肯定・否定両説の存在
あ 民法規律と異なる合意の有効性→明らかではない
他方で、現行法上、例えば、共有者全員の合意により、共有物の変更について共有持分の価格の過半数で決することができるとしたり、共有持分の価格の過半数で決することができる事項について共有者全員の同意がなければ定めることができないものとしたりすることなど、民法の共有の管理行為に関する規律と異なる内容の合意の可否については必ずしも明らかではない。
い 有効(民法規律は任意規定)であるという方向性
このような合意をした共有者間では、その合意の効力を認めても差し支えないとも考えられるが、
う 無効(民法規律は強行規定)であるという方向性
現行民法は、共有物の変更について全員一致ができない場合には共有物分割(民法第258条)により共有を解消することを想定していると考えられること、このような合意の効力を合意がされた後に共有持分を取得した者との関係でも認めると(民法第254条参照)、取引の安全を害する恐れがあること、さらに、建物の区分所有等に関する法律が、民法の要件を緩和し、共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)について、区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数により決する(ただし、この区分所有者の定数は、規約でその過半数まで減ずることができる。同法第17条第1項。)と規定しており、この多数決の要件は強行規定であると考えられていることに鑑みれば、民法の管理行為に関する規律については強行規定であるとも考えることもできる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料27』p8、9
5 部会資料27・民法規律と異なる合意への民法254条の適用→肯定
前述の部会資料は、民法の規律と異なる合意が共有持分の譲受人に承継されると読める説明をしています。ということは、民法の規律と異なる合意が有効であることを前提としていることになります。
部会資料27・民法規律と異なる合意への民法254条の適用→肯定
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料27』p10
6 令和3年改正議事録・民法規律と異なる合意の実用例+民法254条適用肯定実務
令和3年の民法改正の議論の中でも、民法の規律と異なる合意が実際になされていることや、その場合には共有持分の譲渡の際には譲受人に当該合意を承継することが条件とするという実例があることが指摘されています。さらに実務では、民法の規律と異なる合意には、民法254条が適用されるという解釈がとられているということも指摘しています。
令和3年改正議事録・民法規律と異なる合意の実用例+民法254条適用肯定実務
あ 民法の規律と異なる合意の実用例
(藤野委員発言)
・・・
実際、例えば不動産開発の共同事業体のようなものを想定いたしますと、共有者間にかなり複雑な合意が存在しているというところもございますし、それが民法の規律、共有の規律に反するということをもって効力が認められない、あるいは登記をしないと特定承継人に対抗できないという話になってしまうと、やはり実務的なハレーションはかなり大きくなってしまうと思います。
・・・
い 権利義務の移転を持分譲渡の条件とする実例
実務上は、共有者の一部から特定承継を受ける者に対しては、特に大きな開発案件等であればあるほど、きちんと共有者間の契約で縛って、特定承継人に権利義務を全部移転する形でないと事実上共有持分を承継できないような形になっておりますし、
う 民法規律と異なる合意が持分譲受人に及ぶ解釈による実務運用
仮にそういう契約上の取り決めがなかったとしても、実態としては現在の判例に基づく解釈のように、共有者間の合意の効力が特定承継人にも及ぶ、ということを原則とした運用になっていると思います。
※『法制審議会 民法・不動産登記法部会 第13回会議(令和2年6月2日)議事録』p16
7 令和3年改正議事録・決定要件厳格化を無効とする発想
令和3年の民法改正の議論の中では、民法の規律を決定要件を厳格化する合意を無効として、一方、決定要件を緩和する合意は有効とする、という見解(発想)も出てきています。
令和3年改正議事録・決定要件厳格化を無効とする発想
あ 保存の決定要件の厳格化→無効方向
(佐久間幹事発言)
例えば、保存行為を全員同意でなければすることができないと、そんなことを定める人がいるとは思いませんけれども、そういうことが定められた場合に、この合意が有効かといいますと、共有者間ではいいのかもしれませんが、社会における物の利用についての、公序というと言いすぎなのかもしれませんが、それを阻害する面があって、当然に効力を認めることはできないのではないかと思うのです。
い 区分所有法→要件厳格化は無効(参考)
それは、そこまで極端な例ではありませんけれども、区分所有法で区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数でもって議決しなさいというものを、過半数まで下げることはできるけれども、上げることはできないというところにも、恐らく、決定困難化というのでしょうか、あるいは決定不可能化は認めないという考え方が表れているのではないかと思うのです。
う 変更行為の決定要件の緩和→有効方向
他方で、全員同意で本来しなければいけないものを、一旦全員同意で過半数でできるようにしましょうということには、そのような問題はない。
※『法制審議会 民法・不動産登記法部会 第13回会議(令和2年6月2日)議事録』p16、17
8 荒井達也氏見解→民法規律と異なる合意は原則有効+民法254条適用は両説あり
以上のような議論を踏まえて、荒井達也氏は、民法の規律と異なる合意は原則として有効だが、不合理である場合は無効とする、民法254条の適用の有無については両方の見解があり得る、という見解を示しています。
荒井達也氏見解→民法規律と異なる合意は原則有効+民法254条適用は両説あり
あ 民法規律と異なる合意→原則有効+不合理な場合は無効
なお、私見ですが、強行法規か、任意法規かという択一的な捉え方は適切ではないと考えます。
次に述べる民法254条の解釈問題があるため、あらゆる合意を有効であると解するのは相当ではありませんが、基本的には共有者間の合意は有効と解した上で、合意の内容が物権法秩序から見て著しく乖離し、かつ、不合理なものである場合に限り、無効になる余地があると解すべきように思われます
(例:保存行為であって、かつ、他の共有者にも影響がほとんどないような行為についても、常に共有者全員の同意を要するとする合意等)。
※荒井達也著『Q&A 令和3年民法・不動産登記法改正の要点と実務への影響』日本加除出版2021年p93
い 民法規律と異なる合意への民法254条適用→両説あり
ア 民法規律と異なる合意への民法254条適用肯定説(前提)
以上を前提に、部会では、共有者間で民法の規律とは異なる内容の合意がされている場合、当該合意が共有持分を特定承継しようとする者を拘束するという考え方が示されています(部会資料27・9頁)。
・・・
イ 共有者間の合意への民法254条適用否定説(前提)
もっとも、共有者間の共有物に関する合意は、あくまでも当事者間の契約であり、その契約が当然に共有持分の特定承継人その他の第三者に及ぶことはないとする考え方もあり、肯定説が依拠する民法254条の解釈には批判が強いことも踏まえると、否定説にも十分に説得力があると考えられます。
ウ 荒井達也氏見解→両説の可能性
ただし、実務上、何ら疑義なく否定説に依拠できるほど明確なオーソリティがあるとは言い難いことも確かです。
※荒井達也著『Q&A 令和3年民法・不動産登記法改正の要点と実務への影響』日本加除出版2021年p94
9 現行民法立法経緯・立法担当者見解
(1)現行民法立法経緯→民法規律を変更する合意有効+民法254条適用肯定
ところで、現行民法の立法当時(昭和22年)にさかのぼると、立法担当者は、民法の規律を変更する合意は有効、民法254条の適用を認めるという見解をとっていました。
現行民法立法経緯→民法規律を変更する合意有効+民法254条適用肯定
あ 民法254条の適用範囲→共有者間の合意全般(前提)
しかし、起草当時の説明によれば、共有者間の契約により形成された規律が特定承継人に及ぶことを定めたものであり、旧民法になかったルールを現行民法においてはじめて採用したものである。
い 原案
ア 民法規律と異なる合意→有効(任意規定)
本条の原案(法典調査会に提出された甲号議案253条)は、1項「前四条ノ規定ニ異ナリタル契約アルトキハ其契約二従フ」(「前四条」は、現行249条[共有物の使用)、251条(共有物の変更)、252条(共有物の管理)、253条(共有物に関する負担)に相当。現行250条〔共有持分の割合の推定〕の原案は、現行254条の案の後に配置されていた)、
イ 民法規律と異なる合意への民法254条の適用→肯定
2項「此契約各共有者ノ特定承継人二対シテモ其効力ヲ有ス」というるのであった。
富井政章によれば、原案1項は、旧民法財産編37条6項(「右規定へ使用、収益又ハ管理ラ格別二定ムル合意ヲ妨ケス」)と少しも変わらないつもりのもの、同2項は、ドイツ民法第二読会草案(この点につき、新田敏「民法254条と区分所有法25条」法研47巻12号[1974]1302-1305頁)から採ったものである(法典調査会民法議事10巻30丁)。
う 修正案(結論)→形式は原案の合体+実質変更なし
ア 民法254条→形式は原案の合体+実質変更なし
法典調査会では、原案1項につき、契約の効力を肯定するのは当然のことであり、「前四条」についてのみこのような定めを置くと、かえって他の規定に反対の契約の効力は否定されるという不当な解釈を生むなどの懸念が示され、原案1項の削除が提案された。
しかし、結局採用されたのは、1項と2項を合体させた修正案だった(「前条ノ規定ニ異ナリタル契約アルトキハ其契約ハ各共有者ノ特定承継人二対シテモ其効力ヲ有ス)。
富井によれば、この修正案と原案の意味は少しも変わらない(法典調査会民法議事10巻42丁裏)。
イ 他の規定の1本化(参考)
もっとも、この修正案は、その後、共有者間の契約の効力を各共有者の特定承継人に対しても及ぼす旨の規定(項)が、前後4か所において繰り返されていたのが体裁が悪いという理由で1か所(本条)にまとめられ(富井政章の説明。法典調査会整理会議事3巻53丁裏。それ以上の説明議論もない。実質を変更する趣旨の説明もない)、規定ぶりも「共有者ノ一人カ共有物二付キ他ノ共有者ニ対シテ有スル債権ハ其特定承継人対シテモ之ヲ行フコトラ得」と修正され、法律となった。
※小粥太郎編『新注釈民法(5)』有斐閣2020年p579、580
(2)現行民法立法担当者見解→管理規定の強行性否定
立法担当者の富井氏の著書には、管理の方法に関する規定は強行法ではない、ということが示されています。
現行民法立法担当者見解→管理規定の強行性否定
※富井政章著『民法原論 第2巻』有斐閣1923年p169、170
10 法務DDの実務・共有者間の合意への民法254条の適用→否定可能性指摘
M&Aを成功に導く法務デューデリジェンスの実務(文献)では、共有者の合意が共有持分の譲受人に承継されるとは限らないという趣旨の指摘をしています(単純に、共有物の購入資金の負担など、一般的な民法254条の解釈でも否定されるものがあるという趣旨にすぎないかもしれません)。
法務DDの実務・共有者間の合意への民法254条の適用→否定可能性指摘
あ 共有者間の合意への民法254条の適用→否定可能性指摘
1「共有物件」にて記載した共有者間の協定書は共有者の間での合意事項に過ぎないので、仮に第三者が一部の共有者から共有持分を取得した場合に、当該第三者が既存の共有者間協定書に必ずしも拘束されるものではない。
い 権利義務の移転を持分譲渡の条件とする実例
したがって、共有者間の協定書において、共有持分を第三者に売却する際には、当該第三者が既存の協定書に合意するのでなければ売却してはならない旨の規定が設けられる場合がある。
※長島・大野・常松法律事務所編『M&Aを成功に導く法務デューデリジェンスの実務 第3版』中央経済社2014年p235
11 民法規律の強行性+民法254条の適用の有無の明文化→令和3年改正では見送り
以上のように、民法の規律と異なる合意の有効性と、これに民法254条が適用されるかどうか、という点については統一的見解がありませんでした。そこで、令和3年改正の際に、条文化して解釈の幅をなくそう、という意見もありましたが、最終的にはこれは見送られました。結局、現在でも、以上で説明した解釈論は生きているということになります。
民法規律の強行性+民法254条の適用の有無の明文化→令和3年改正では見送り
これらの議論を踏まえて、本資料では、これらの論点について特段の規律を設けないこととしている。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第17回会議(令和2年8月25日)『部会資料40』p5
12 私見→民法規律と異なる合意は有効+民法254条適用肯定
以上を踏まえて私見をまとめてみます。
まず、共有者間による財産の活用の自由度は確保されるべきであり(私的自治の尊重)、民法の規律と異なる合意を原則として有効であると思います。内容が著しく不合理であれば一般条項により無効とすることで妥当性を確保することで足りると考えます。
また、民法254条についても、取引の安全を害する面もありますが、財産の管理体制を持分譲渡だけで破られることを防ぐことも重要なので、適用を認める方が妥当だと思います。登記制度の改良(変更)による取引の安全の向上が望ましいという立法論については言うまでもありません。
本記事では、民法の規律と異なる共有者の合意の有効性とこのような合意への民法254条の適用の有無について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。