【民事訴訟における権利抗弁(弁論主義)】
1 民事訴訟における権利抗弁(弁論主義)
民事訴訟の手続のルールとして弁論主義があります。
詳しくはこちら|弁論主義と職権探知主義の基本
弁論主義の中身の1つに、当事者が主張していない事実を判決の基礎にしてはいけない(第1テーゼ)があります。
このルールに関して、権利抗弁は特殊な扱いがなされます。本記事では権利抗弁について説明します。
2 権利抗弁(と事実抗弁)の意味
権利抗弁は特殊なものですが、逆にノーマルな事実抗弁との違いに着目すると理解しやすいです。
事実抗弁については、当事者が事実を主張する(準備書面に記載する)だけで済みます。つまり判決の基礎となります。
この点、権利抗弁は事実だけを主張しても判決の中では使ってもらえません。権利を行使するという意思を表明することで初めて判決の中で使ってもらえる(判決の基礎となる)ことになります。
準備書面のちょっとした記載、記述の違いで、判決内容が違ってしまう、ということになります。
権利抗弁(と事実抗弁)の意味
あ 権利抗弁
ア 意味
抗弁を提出する際に、客観的事実の主張のみならず、当事者の権利行使の意思表示が要求される場合を権利抗弁という(伊藤眞・注釈民訴(3)67頁参照)。
イ 「権利主張」の用語→不正確
なお、司法研修所民事裁判教官室は、ここでいう権利行使の意思表示のことを「権利主張」という(司研・新問題研究74頁)が、用語として適切でない(伊藤・講義71頁、河村=中島・要件事実18頁)。
い 事実抗弁(参考)
事実の主張だけで抗弁になるものを事実抗弁という(村田ほか・30講7頁)。
※岡口基一著『要件事実マニュアル 民法1 第5版』ぎょうせい2016年p25
3 権利抗弁の具体例
権利抗弁に該当するもの(主張)にはいろいろなものがあります。同時履行の抗弁権、留置権、(保証人に与えられる)催告・検索の抗弁が代表的なものです。
ちなみに、事実抗弁の具体例としては、金銭を支払った、返還するという合意をした、というものです。
権利抗弁の具体例
※岡口基一著『要件事実マニュアル 民法1 第5版』ぎょうせい2016年p25
4 権利抗弁と弁論主義→権利行使の意思表明が必要
権利抗弁については、判決の基礎にする、つまり裁判所が使うためにはその権利を行使する意思の表明が必要です。
事実抗弁は、「◯◯という事実がある(あった)」と主張すれば足ります。ここに違いがあります。
たとえば売買契約をしたと主張すれば、(売買は双務契約なので)売主と買主は同時履行の抗弁権をもつことは分かります。しかし、当事者が、もっている権利(同時履行の抗弁権)を行使するかしないかは自由です。裁判所の立場からは、当事者が権利を行使するとハッキリ宣言しない場合には、「権利を持っていても行使しない」ものだと受け取る、ということになります。
権利抗弁と弁論主義→権利行使の意思表明が必要
あ 理由部分
・・・けだし、権利は権利者の意思によつて行使されその権利行使によつて権利者はその権利の内容たる利益を享受するのである。
い 結論部分
それ故留置権のような権利抗弁にあつては、弁済免除等の事実抗弁が苟くもその抗弁を構成する事実関係の主張せられた以上、それが抗弁により利益を受ける者により主張せられたると、その相手方により主張せられたるとを問わず、常に裁判所においてこれを斟酌しなければならないのと異なり、たとい抗弁権取得の事実関係が訴訟上主張せられたとしても権利者において権利を行使する意思を表明しない限り裁判所においてこれを斟酌することはできないのである(民訴一八六条(注・現在の246条)参照)。
※最判昭和27年11月27日
5 共有物分割訴訟における職権での引換給付判決(参考)
同時履行の抗弁権は前述のように権利抗弁なので、当事者が主張しないのに判決の基礎とする、つまり引換給付判決とすることはできないのが原則です。この例外として共有物分割訴訟(の全面的価格賠償の判決)があります。共有物分割訴訟の形式は文字どおり訴訟ですが、非訟の性質も持っています。そこで、解釈として、職権で引換給付判決をすることができるという扱いが定着しているのです。
詳しくはこちら|全面的価格賠償における賠償金支払と移転登記の引換給付判決
6 権利抗弁の権利行使の意思表明の有無が問題となる状況
実際の訴訟で権利抗弁は意思表明が必要である、ということが問題となる状況は少ないですが、確実にあります。たとえば、被告が答弁書を出さず、かつ裁判期日にも欠席したので擬制自白により原告勝訴の判決となるケースはその1つです。
逆に、単純にうっかりしていて主張(準備書面への記述)を忘れた、ということは通常起こりません。
本記事では、民事訴訟における権利抗弁の扱いについて説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に民事訴訟の審理や判決に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。